一章
第74話 柊士の呼び出し
―――春。
いろいろあった高校生活も終え、晴れて大学生になった。
尾定さんに自分の後を継げと言われた事もあったが、医学部になんて行けるはずもなく、普通の学部に進学した。少し遠いが、自宅から通える範囲の大学だ。
ちなみに、尾定さんの弟子は、俺でも潤也でもなく、聡が目指している。
そもそも成績優秀だった聡は、蛙の毒をくらい、鬼のバスジャックに巻き込まれ、俺が妖界の戦に乗り込んで行くところを目の当たりにしたことで、完全に “こちら側” に足を踏み入れていた。
「放っておけるか、ばーか。」
初めて尾定さんの弟子になると言い出した時、驚きに目を見張っている俺に、聡は呆れ果てた目でそう言った。
潤也は俺と同じ大学に通っている。意図して同じ学校を選んだ訳では無いが、結果的には俺が無茶をしでかさないよう、御目付役になると意気込んでいる。
まあ、今のところ、事件らしい事件は起こっていないけど。
聡にしろ潤也にしろ、高2の夏から高3の晩春にかけて起こった出来事が、相当本人達の生き方に影響を与えていそうだ。
なんだか申し訳ない気持ちになってくる。
柊士は、本家の次期当主として本家に定着している。ハクを追いかけたあの日は一時帰宅のつもりだったらしいが、本家の炎上、伯父さんの怪我、その中での立て直し、ハクから投げかけられた課題などがいろいろ重なって、本家から離れる訳には行かなくなったようだ。
ハクからも時折手紙が届いているようで、ハクの開けた結界の穴を通って、金の足輪をつけた小鳥が書状を運んでくるらしい。
中身の詳細を見た訳では無いが、しょうもない愚痴や世間話が八割だと柊士が零していた。
「あいつ、文通じゃないんだぞ。」
そう言いながらも、しっかり返事は書いているらしい。
柊士に本家へ呼び出されたのは、汐から亘の謹慎がもう直あけるだろう、と聞いたある日の事だった。
座敷の部屋に通されると、ポツンと置かれた机の上に、書類や巻物、メモのような紙切れを散乱させながら、何かを書き留めている柊士の姿があった。
俺が部屋に入ると、柊士はチラッとこちらを見たあと、また自分の手元に視線を落とす。
そして、何かの書類を手に取りながら、
「お前、まだ妖の里に行ったことないだろ。祭りの準備を見てこいよ。」
と、視線を上げることなく、脈絡もなくそう言い放った。
「妖の里……?」
「汐達が住んでいるところだ。」
柊士はそう言いながら、再び手元の書類に何かを書き込む。
そう言われてみれば、俺は汐や亘が普段どこに居るのかを知らない。合うときは、俺の家に迎えに来るか、本家で待っているかのどちらかだからだ。
「里なんてあるんだ? しかも、祭り?」
俺が尋ねると、柊士はようやく手を止めて、こちらに視線を向けてきた。
「今年は、十年に一度の大きな祭りがあるんだ。」
「へぇ。何だか面白そうだね。」
俺がそう言うと、柊士は口角を吊り上げる。
「じゃあ、視察はお前に任せる。よく見てこい。」
「……は? 視察を任せるってどういうこと?」
ただ遊びに行ってこい、ではなく、祭りの視察?
首を傾げて柊士を見るが、柊士はそれに答えず、無造作に置かれた書類をバサバサと漁って、その中からクリップで一つに纏められた書類の束を拾い上げる。
「言葉の通りだ。詳しいことは汐に聞け。」
そう言うと、手に持っていた紙束を、バサッと俺の方に放った。
「え、いや、ちょっと待ってよ。全然話がみえないんだけど。」
「面白そうって言っただろ。書類に目を通して、様子を見てくるだけでいい。あとは報告な。」
「いや、だから……」
しかし、柊士はそれだけ言うと、これ以上取り合うつもりがないのか、用は終わりだとばかりに、しっしと俺を部屋から追い出すように手を振った。
何だか忙しそうなのはわかるが、対応が雑すぎる。
それに、紙束を放られ、詳しいことは汐に聞けとは、デジャヴだろうか。
そう思っていると、柊士の合図を待っていたかのように、ひらりと青い蝶が舞ってきて、俺の前でふっと人の姿に変わった。
「私がご案内します。奏太様。」
……ああ、デジャヴだ。
外は日が沈んで薄暗くなってきている。妖連中には動きやすい時間帯だ。
柊士は自分の話の後にそのまま妖の里に行かせるつもりでこの時間を指定したのだろう。
汐についていくと、亘が人の姿のまま、本家の庭で待ち構えていた。
ここもまた、以前までと同じだ。
「もう、外に出ていいの?」
「奏太様をお迎えに上がるだけならば、と。御役目の方も直に許可を頂ける予定ですが。」
「そっか。」
俺がそう答えると、亘はからかうように、ニヤと笑う。
「寂しかったでしょう? 私に会えず。」
亘に会うのは久々だが、全然、変わっていないようだ。こういう鬱陶しいところは、さっさと変わってほしいものだが。
「あぁ、はいはい。寂しかったよ。」
俺が流すように答えたのが気に入らなかったのか、亘は眉を顰める。
「奏太様は、更に可愛げが無くなりましたねぇ。もう少し、健気で純粋だったような気がしますが。」
ちょっと前の俺の何を見てそう思ったのかは知らないが、勝手な思い込みで勝手にがっかりされても困る。
亘の悪ふざけに付き合っていても仕方が無いので、俺は無視をして汐に向き直った。
「それで、汐に聞けって柊ちゃんに丸投げされたけど、俺は妖の里に行って何をすればいいの?」
「主には祭りの準備の進捗状況の確認ですね。柊士様の元に、計画書が提出されていたので、そのように進んでいるかを確認いただければ大丈夫です。」
汐はいつ拾ったのか、先程柊士に放られた紙束を俺に差し出す。
「……何で俺がそれを? 妖の里のことだろ?」
「妖の里を治めることも、本家御当主の御役目なのです。御当主が次期御当主となる柊士様に御指示を出されたようなのですが……」
汐は眉を下げて、言葉尻を濁した。
「……面倒事を俺に押し付けたってわけだ……」
俺が口に出して言うと、汐は困ったように微笑んだ。
今からでも引き返して、柊士に計画書とやらを叩きつけたって、柊士は文句を言えないだろう。
実際問題、柊士の仕事を肩代わりしてやる理由はないし、このまま引き受けるのは何だか癪だ。
ただ、妖の里も祭りも、気にならないと言ったら嘘になる。
うーん……と悩んでいると亘が首を傾げた。
「グズグズせずにさっさと行ってさっさと帰って参りましょう。まさか、乗り方を忘れた訳では無いでしょう。」
亘はそう言うと、いつもの大鷲の姿に変わる。
「そんなわけ無いだろ。」
俺がそう答えると、汐も俺に紙束を押し付けて、さっと蝶の姿に変わった。
「では、お早く。あまりあちらを待たせるわけにはいきません。」
何だかんだ、いつもの流れだ。急ぐ理由もないだろうに、亘と汐に急かされ、二人のペースに無理やり乗せられる。
一年ぶり。懐かしいんだか、なんなんだか。
俺はハアと息を吐きだして、亘の方に一歩踏み出した。
「行けばいいんだろ、行けば。」
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