第126話 祭の力比べ③
「亘、柾、前へ。」
そう呼ばれた二人は、いつもと変わらない様子で土俵の上で向き合っている。
一回戦、バチバチと火花を散らして攻撃力を見せつけようとしていた相手に、亘は呆れ顔で何事か言うと、いつものようにヒラリと飛び上がり刀と爪を使って身軽に攻撃を加えていき、瞬く間に相手の首に刀を突き付けて、「参った」と言わせてしまった。
一方の柾は、恐らく相手の術で呼び出された小さな蜂の大群をものともせず、驚くような大きさまで黒犬の体を巨大化させて、鋭い牙と爪、その体全体を使って、まるで戯れて遊ぶように結界内を蹂躙した。
二回戦、亘の相手は亘と同じく空を飛び刀を使う相手だった。空中や土俵上で激しい剣戟が交わされる。ただ、亘は危なげなく相手の動きに合わせて対応し、最後は相手を地面に叩き落としてのしてしまった。
柾の方は、最初のうちは刀と毒針を器用に使い分けながらチョロチョロと攻撃を加える相手を鬱陶しそうにしている様子が見えたのだが、痺れを切らしたように、鼓膜が破れるかと思うくらいの大声で吠えて、相手を失神に追いやった。
結界の外までそれなりの衝撃があったので、失格にするか否かで審議が行われたが、大きな被害が無かったことで、厳重注意として処された。
そして、なんやかんや柾が望んだ通りに、土俵上で二人は向き合う事になったのだ。
紬がそうであったように、里の強者である二人にはそれなりにファンがついているのか、一回戦、二回戦同様、キャーキャーと黄色い声援が送られている。
亘と柾が揃っているのでその数は倍だ。
ただ、中には罵声のようなものも混じっているので、寄せられるのは好意的な視線ばかりではなさそうだった。
二人はそんな周囲の様子も他所に、何やら言葉を交わし合っている。
ここからでは何を言っているか分からないけど、柾が徴発するような表情で何事か言うと、亘は余裕な様子でそれに応じる。しかし、柾が更に言葉を重ねると、その顔がヒクッと引き攣ったのがわかった。
亘がスラっと刀を抜き放つと、柾が嬉しそうにニヤと笑う。
そして巨犬の姿に変わった柾に、亘は人の姿のまま向き合った。
相手の出方を探っているのか、互いに睨み合い時が止まる。
ピンと張りつめた息を殺すような緊張感の中、先に飛び出したのは柾の方だった。
二回戦で放ったような咆哮を上げて、亘に飛びかかる。
観衆があまりの音に耳を塞いでいる間に、亘はそれをものともせずに背に翼を生やして飛び上がった。
そして、そのまま刀を真下に向けて柾の大きな背を目掛けて直滑降する。しかし柾は巨体を翻しながら体を普通サイズに縮めて身軽に亘の攻撃を避ける。
亘はそれを予見していた様に姿を小回りの効く普通の鷲に変え、バサリと一度羽ばたきスゥっと向きを変えてその背を追う。鷲爪を構えて捉えようとしたところで、柾が再び巨大化してその口をガバっと大きく開けた。ぬらりと鈍い光を帯びて牙が光る。そして、直ぐに止まれず真っ直ぐに向かっていく亘を見定めて、ガキン! と嫌な音を立てて柾の口が閉じられた。
一分にも満たない、ほんの僅かな時間に起こった出来事に、俺は唖然とする。更に、周囲から悲鳴の声が上がった。
しかし直ぐに、柾が、グガア!! と呻き声を上げて口を再びガバっと開く。
そこから、舌打ちでもしたそうなほど苦い表情を浮かべた亘が、唾液と血で全身ベトベトになりながら出てきた。
亘は手を鷲の爪の形に変えていて、柾の上顎から血が滴っているところを見ると、血は亘のものではなく柾のものだろう。
俺はそれにほっと息を吐き出す。
亘はこれ以上柾に喰われては堪らないとでも言うように、いつもの大鷲の姿に変わって柾を見定める。
そこから繰り広げられたのは、海外のネイチャー番組もかくやという様な、肉食鳥と大型犬の壮絶なる攻防戦だった。
普通と違うのは、その規格外の大きさだ。
柾が亘を避けるために飛び跳ね地を踏みしめる度に地が鳴り震え、亘が羽ばたく度に結界内に突風が吹き荒れる。
気づけば、結界を張っていた人数がそれまでよりも倍に増員されていた。
「やっぱり、亘さんの方が押してますが、御二方とも術もなしに、相変わらず派手ですねぇ。」
と巽が懲りずに感心したような声を出したが、俺は気が気ではない。
亘は間一髪避けたものの、柾の牙がかすって結構な量の血を流してるし、柾も亘の鷲爪で肉を抉られて大きな傷を作っている。
亘が押しているとは言うが、なかなか決着がつかず、互いにボロ雑巾のようになるまで戦い続けるのではと不安になる。
「……あの二人、いつもああなの?」
「気兼ねなく戦う事が許されている分、何時もよりも派手に戦っているかもしれません。」
汐が巽を睨みながら、俺の問に冷静に答える。
「……大丈夫かな……」
「時間制限もありますし、程度は弁えているはずです。御心配なさらずとも、死ぬようなことはないでしょう。」
……いや、死ぬような事はないと言われても……
手を緩める様子のない結界内の二人を、俺はハラハラしながら見つめる。
それは決して俺だけではなく、観衆皆が土俵上に目を奪われ、固唾をのんで戦いの行方を見守っていた。
息をするのも憚られるような緊張感。
しかしその雰囲気は、俺達のすぐ近くで突然鳴った、ビッと布が切り裂かれる音と
キャア!
というハクの鋭い悲鳴によって破らることとなった。
護衛以外の皆の注目が土俵の上に集まっていた。護衛も意識の大部分は土俵側への警戒に向けられていた。亘と柾が派手に戦闘していた分、尚更だ。背後を守る者達もいたが、この天井のある里で、上空への注意まで及んでいなかった。
だから、上から音もなく加えられた何者かの攻撃に咄嗟に対応することが出来ず、動きがほんの僅かに出遅れた。
更に、ハクを囲う様に降ろされた御簾が邪魔となり、護りの動きを阻害する。
周囲を護っていた者たちが御簾を薙ぎ払うと同時に、中で頭に二本の角を生やした黒い体躯が、ハクの上に乗り片手を押さえ込んだまま鋭い爪を突き立て小さな体を切り裂くのが目に入った。
「ハク!!」
「白月様!!」
鬼がニヤと薄気味悪い笑みを浮かべて爪を引き抜き、周囲に鮮血が飛び散る。
数人がビリビリに切り裂かれて垂れ下がった天蓋の布の下に入り、ハクから鬼を引き剥がす。更に、直ぐ側に控えていた湊が飛び込んで行き、白い布を広げてハクの傷を押さえた。
「私が止血している間に薬を! 早く!」
湊が叫ぶように言う。
事態が飲み込みきれず、目を見開いてその様子を見つめていると、今度は、
ドシン!!
と地を鳴らす様な大きな音が土俵の方で鳴り響いた。
ビクッと肩を震わせてそちらを見ると、こちらの騒ぎに気づいた亘と柾が戦いを止め、未だ張られたままの結界を体ごとぶつけて破ろうとしているところだった。
「結界はもういい! 亘と柾を出して周囲の警戒に当たれ!」
淕が怒号を響かせる。
更に、それとほぼ同時に、土俵を挟んだ向こう側からも
キャー!!!
ウワァ!!
誰か助けて!!
という叫び声が上がった。
向こうで何が起こっているのか分からない。でも一気に広場が混乱状態に陥ったことだけは分かった。
緊迫した空気の中、土俵を覆っていた結界全体にピキピキとヒビが入りパリンと割れると、亘が慌てたようにこちらへ飛んで来る。
柾も亘の後を追いながら、状況を探るように周囲へ視線を走らせていた。
「奏太様、白月様に何が!?」
人の姿に変わりながら亘にそう問い掛けられる。でも、俺にだって何がなんだか分からない。
「何処からか鬼が急に現れて、ハクを……」
「鬼? この里にですか? それに、何故白月様を……」
しかし亘が全てを言い切る前に、叫ぶような紅翅の怒声に遮られた。
「待ちなさい! その様に雑にかければ、傷の治りが悪くなるでしょう!」
「今はそんな悠長なことを言っている場合じゃない! 他にも鬼が複数迫っている今、傷を塞いで一刻も早く白月様をここから運び出す事が先決だ!」
反論する湊の声もだ。
どうやら、あちらの騒ぎも鬼によるものらしい。何で里の中に、これ程まで鬼が出るような事が起こるのか。
「柊士様、傷は塞ぎました! 白月様を御本家へ!」
「わかってる! 奏太、お前は先に行って村田さんに伝えろ! 亘、椿、巽は奏太の護衛、汐と栞は親父と粟路さんに報告! 柾は指揮官と共に他の鬼の対処、淕、那槻、
「「「はっ!」」」
揃って了承の意が示されると、グイっと俺の腹のあたりに亘の腕が回される。そして、亘はそのままバサリと翼を広げた。
「わ、亘っ! まだ、ハクと柊ちゃんが!」
「白月様と柊士様は大丈夫です。ここには、里の武官も妖界の軍団の者も揃っています。まずはここを出ましょう。」
その声と共に、俺の体は亘に抱えられて宙に浮き上がった。
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