第125話 祭の力比べ②

 力比べは、前回大会の上位者と、昨夜の予選で勝ち抜いた者数名の勝ち抜き戦で行われる。


 前回大会の上位者といっても、こちらも今回は任意参加。

 淕は、亘と柾の分も護衛役に徹するらしい。

 柾は不満そうな顔をしたが、亘で我慢しろと柊士に窘められていた。

 有無を言わさず人身御供に差し出された亘もまた、不満顔ではあるけれど。


 人数を絞っているとはいえ対戦数がそれなりに多くなること、実践で鬼が出た場合に速やかに処分できることが求められることから、一試合一試合は時間制限あり。

 周囲に被害を広げないよう狭い空間で戦いを強いられるケースもあるので、土俵外に出ることは許されない。


 力比べは里の多くの者の観戦が許されている。戦闘が激化して外への被害がないよう、念のため結界も張るそうだ。


 もちろん俺達の護衛役達は交代で土俵とそれぞれの守るべき対象との間に立って、何かあった時に対処出来るように備えている。


 土俵際には引退した元武官が審判に立っていて、勝敗や違反行為を確認する。


 地面に腹や背、両膝をついて十を数える間に立てなければ負け。相手を死に至らしめたら失格。結界を破るような攻撃を行った場合にも失格となる。

 逆に、上記のどれにも当てはまらなくても、相手に「参った」と言わせれば勝ちとなる。


 時間内に決着がつかなかった場合、誰の目に見ても戦況が明らかな場合には審判によるジャッジが下され、難しい場合には、護衛役を選ぶ側である柊士と俺が勝者を判断するらしい。


「え、なんか凄く責任重大じゃない?」

「そりゃ、元を辿れば自分の護衛役を選ぶための行事だからな。」


 柊士は、当たり前の顔で言う。


「でも、こういうのの審判なんてしたことないし……」

「深く考えなくていい。自分が命を託せると思える方を選べばいいんだよ。こっちに回ってくるのは、主審が迷うような状況の時だけなんだから。」

「そうはいっても……」


 両者の納得の行く判断をしないと、拓眞みたいなやつに恨まれそうだ。


 そう思ったところでふと思い出した。


「そういえば、今回、拓眞は参加するの?」

「いや、予選免除の対象だったが、辞退したそうだ。護衛役を選ばないなら意味が無いと思ったんだろ。」


 力比べのどさくさに紛れて何かを仕掛けてくるのではと少し心配してたけど、どうやら杞憂で済んだようだ。



 準備が整ったのか、大きな太鼓の音がドンと鳴り響いた。それと共に周囲のざわめきが瞬く間に収まっていく。


「では、我らは少しだけこちらを外します。淕、頼んだぞ。」


 亘は俺と淕にそう言うと、柾と共に複数の武官が集まる場所に向かっていく。


「あれ、巽は予選敗退だったって聞いたけど、椿は?」


 護衛の立ち位置から動こうとしない椿を見遣ると、椿はゆっくり首を左右に振った。


「私は辞退しました。せっかく奏太様の護衛の任に就けたのです。御役目を全うしたくて。」


 何だか凄く真面目だ。案内役を除いて、俺の護衛役の中では一番まともだと思う。こういう者が居てくれると安心感が違う。


「そっか。じゃあ、護りを頼むよ。」


 俺がそう言うと、椿は嬉しそうにコクと頷いた。


 ドン、ドン、ドン、と三度太鼓が鳴ると、しんと静まり返った中で主審となるだろう初老の男の声が朗々と響いた。


「これより、力比べの奉納を行う。呼ばれた者は土俵へ上がるように。」



 そこから始まった力比べは、思っていたものと全く違うものだった。


 当初、人の姿であろうがなかろうが、刀や竹刀を交わし合ったり、肉弾戦で戦ったり、そういうのをイメージしていた。


 しかし、ある試合では赤や青の炎が飛び交い、ある試合では大きなひょうが複数の石つぶてにぶつかり砕けて巨大スノーボールの中ように結界内でキラキラした氷の結晶を降らせ、ある試合では中が見えなくなるくらいに霧が充満し、晴れたと思えば洪水に呑まれる者の姿があった。突風が吹いて竜巻は起きるし、稲妻が走る試合もある。


 背後を守っていた巽が、護衛の役目もそこそこに、覗き込むようにちょこちょこ解説してくれたが、全く耳に入って来ない。それくらい、衝撃的な光景だ。


「……え、なにこれ」

「はは、皆、張り切ってますよねぇ」


 唖然としながら呟くと、巽から呑気のんきな返事が戻ってくる。


「いや、そうじゃなくて。さっきから、あの中だけ災害が起こってるんだけど。」


 そう言うと、巽はポンと手を打った。


「ああ、そうか。周囲への被害も出るので、通常の御役目では術の類はあんまり使いませんから、御覧になることはあまりないですかね。見栄えは派手ですけど、結局刀や武器を持って戦った方が効率が良かったりしますし。」

「え、ってことは、皆何かしらああいうの使えるってこと? 巽も?」

「皆ってことはありませんね。僕も使えるのは幻覚くらいですし。それに、使えても使いたがらない者も居ますよ。亘さんとかはそうですね。僕も亘さんが術の類を使うのを見たことがありませんし……」


 巽がそう言ったところで、


「巽、いい加減にしろ! 今日は護衛の手伝いだろうが!」


という淕の怒声がとんだ。


「守手様の護衛につけるせっかくの機に無駄話ばかりして、何が護衛役になりたいだ!」

「は、はいぃ! 申し訳ありません!!」


 巽は悲鳴をあげるように返事をしてから、慌てて体の向きを変えてピシィっと背筋を伸ばし、真っ直ぐ前を見据える。


 その様子に、椿が呆れたようにチラと巽を見やり、俺のすぐ近くに控えていた汐がハアと息を吐いた。


「奏太様も、任に着く護衛役に声をおかけになるものではありませんよ。」

「そんなこと言ったって……」


 汐は聞いても必要なことしか教えてくれないし……という言葉をぐっと飲み込む。


 気を取り直して姿勢を戻し、


「ねえ、汐は亘の術? を見たことあるの?」


と尋ねると、汐は首を横に振った。


「いえ。小回りが効かないので不便だと零していたことはありましたが、何が、とまでは聞いていません。刀や爪を使う方が無駄もなく動きやすいそうです。」


 いつも一緒に行動する汐も見たことが無いらしい。


「汐自身はどうなの?」

「私は、眠っている者に悪夢を見せることができます。万が一御役目前に奏太様が眠ってしまったとしても、慌てて飛び起きるくらいの夢をお見せすることはできるかと。逆に栞は幸せな夢を見せられます。」


 何だか嫌がらせのような汐の能力に、一瞬言葉につまる。


「……あの……俺、できたら幸せな夢で起きたいな……」


 思わずそう零すと、汐は不思議そうに首を傾げた。


「幸せな夢では起きられませんよ。最悪、夢から抜け出せず、永遠に眠ったままです。」


 淡々と言い放つ汐の言葉に、背筋がゾッとした。


 チラと栞の方を見ると、いつものようにニコニコとした笑みでこちらを見ている。

 うっと息を飲んで汐に視線を戻すと、汐もまた珍しくニコリと笑みを浮かべた。


「いつか柊士様と二人きりで永遠の時を夢の中で過ごせるようになったらいいのに、というのが、栞の口癖です。」


 誰にも聞こえないように、そっと耳元でささかやれたホラーの様な話に絶句する。

 悪夢なんかよりもよっぽど怖い。


「……ご、ごめん、俺は悪夢でいいです……」


 柊士に知らせた方が良いのだろうかとも思ったが、先程の栞の表情が頭を過り、口を噤んだ。


 汐の姉妹がそんな真似を本当にするとは思えないし、万が一何かあっても、汐や淕がどうにかしてくれるだろう。


 う、うん。きっと大丈夫だ。


 浮上した懸念を、俺は努めて頭の隅に追いやった。

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