第110話 御伴の交代②
とりあえず、亘と柾をその場で正座させ、村田に詫びさせる。
「どうすんだよ、こんなにしちゃって。今回は庇えないからな。ちゃんと怒られろよ。」
「私は巻き込まれただけなんですが……」
亘は不満げにそう零す。
「仕掛けられてそれを受けた時点で同罪だよ。しかも、これから綻びを閉じに行くんだぞ。何考えてんだよ、ホント。」
喧嘩両成敗。止めるわけでもなく挑まれて戦ったのなら、悪いのは二人共、だ。
そもそも何でこんな事態になるのか、本当に理解できない。
「ひとまず俺達は結界の綻びを閉じてくるから、亘は片付けな。」
「一人でですか?」
「亘以外に誰が居るんだよ。帰ってきたら柾にも手伝わせるけど、伯父さんと柊ちゃんが帰ってくる前に少しでも片付けておいたほうがいいだろ。村田さんに迷惑かけるなよ。」
亘は未だに納得いかなそうにこちらを見ている。でも、自業自得だ。もの言いたげなのを無視して、俺は柾に目を向ける。
「今回の護衛役は柾だろ。とにかく綻びへ向かおう。事情は行きながら聞く。戻ったらお前も片付けだからな。」
そう言うと、柾は悪びれた様子もなく、
「ええ、承知しました。亘よりも綺麗に復旧してみせましょう。」
と爽やかな笑顔をこちらに向けた。
……そういう問題じゃない。
亘に戦いを仕掛けた事にせよ、本家の壁に大穴を開けたことにせよ、反省しなければならないのは柾も同じだ。それなのに反省の欠片もみられない。むしろ悪いと思っていなさそうな分、亘よりもたちが悪い。
……なる程、問題児か……
聞いていた話との合致を見て、これが今日から護衛役かと思わず俺は頭を抱えた。
亘と柾の戦いを一人で止めようとしていた女性が、今回動向する武官の最後の一人だった。椿という名の
とはいえ、二人がそのまま彼女に乗るのは難しかったので柾には黒い犬の姿に変わってもらった。小さな晦と朔に比べて随分と大きい。
聞けば、もっと大きな姿に変わることもできるのだそうだ。
巽は柾の上に、トンボの姿でピタリととまる。
ブワっと空に舞い上がると、すごく優雅に夜空を進み始めた。如何に亘が普段荒っぽく飛んでいるかがよくわかる、丁寧な飛び方だ。
それに、なんだかいつもより周囲が明るく見える。
「……っていうか、なんかちょっと光ってない?」
よくよく見下ろすと、椿の体が青白く発光しているように見える。
「ええ、真っ暗な闇の中を進むより、その方が宜しいかと。」
ふふっと笑いながら言う椿に、俺は目を見開く。
「や、やめてよ! 夜空に飛行機以外で光る何かが飛んでたら、騒ぎになるから!!」
慌てて半分叫びながら言うと、椿はビクッと体を震わせ、
「も、申し訳ありません!」
と言いながら、ふっと体の光をかき消した。
体が光るというのは驚きだし、場合によっては凄く役立つ能力だろう。それに、良かれと思ってやってくれたのもわかる。でも傍から見たら完全にUFOだ。
不思議な現象を撮影してやろうというやつは何処にでもいる。小鬼から隠れていた子どもも、悪鬼の封印を解いた男女も、遥斗だって。
俺は、ハアと息を吐き出した。
「気持ちは嬉しいけど、できるだけ他の人間に気づかれないようにしたいんだ。頼むよ……」
「……はい。申し訳ございません……」
いつも通りに綻びを閉じに行きたいだけなのに、着く前から前途多難だ。本題の前にこれ程疲れるのはいつ振りだろうか……
そもそも今思えば、亘と汐は結の時から役目をこなしてきている分、だいぶ守り手に同行することに慣れていた。
小さく気遣うように呼びに来るし、役目の前に妙な騒動は起こさないし、他の人間に気付かれる事には十分注意を払っている。
自分で思っていた以上に、亘と汐と共に結界を閉じに行くことが当たり前になっていたのだと、別の者と行動することで実感する。
まさか、あの二人が恋しくなるなんて。
それもこれも、里の状況が安定していないのが原因だ。早く二人に戻ってきて欲しい。
「三人は、里の状況がどうなってるか聞いてる? 主に拓眞周辺。」
「いえ、我ら下っ端には情報はあまり……今回の御役目を頂いたときに気をつけるようにと言われたくらいで、他には何も。」
巽は困った様な声音で言う。
「鬼を操っているかもしれぬなど、里の者に広まれば混乱しますからね。恐らく情報統制されているのだと思います。我らも口外しないように言われましたし。」
椿も殆ど何も知らないようだ。
確かに、里の上位に位置する者が鬼を使って守り手や護衛役を襲ったとなれば大問題だし、いつ来るともわからない鬼への恐怖に里は混乱するだろう。
「柾は? 何か聞いてる?」
俺は、眼の前の黒い犬に声をかける。
「詳しく調べるよう柊士様に言われましたが、私が次の護衛役になったのもあるのでしょうが、どうにも近づくのが難しいですね。」
「そもそも、何で亘をあんなに執拗に殺そうとしたんだろう。護衛役を狙ってるってレベルじゃないだろ。それに、御役目の妨害に樹と碓氷が関与して拓眞が疑われる結果になるなんて、どう考えても悪手だ。」
「まあ、小難しいことは私には良くわかりませんが、拓眞様御自身が直接亘に勝負を挑めばこんな面倒なことにはならなかったのにとは思いますね。」
……まあ、それはそうなんだろうけど、さっきのように場所も考えず戦いを仕掛けるようなやつばかりになったら、それはそれで、別の混乱が起こりそうだ。
むしろ、柾にはできたら考え方を改めてもらいたい。
すると、巽は悪意なく面白がるようにクスクス笑う。
「柾さん、それじゃあ、拓眞様が瞬殺されちゃいますよ。」
「そんなに力量差があるの?」
「拓眞様も力が無いわけではありませんが……淕さん、亘さん、柾さんと比較するとどうしても……」
椿はそう言葉を濁すが、巽の方は拓眞を侮る様な言い方を止めようとしない。
「拓眞様との手合わせは、皆、何かと気を使いますから、御本人にはあまり自覚はないでしょうね。その点、亘さんも柾さんも、手心を加えることは一切ありませんし、淕さんも、守り手様の護衛役である以上負けるわけにはいきません。柊士様の護衛役はなんとしても守り抜きたいでしょうから。」
まあ淕の場合、守り手の護衛役というより柊士の護衛役の座を譲りたくないって感じなんだろうけど。
そして、拓眞については忖度で勝たせてもらって、思い上がっていると理解した。亘があいつに手加減なんてするわけないし、瞬殺は言い過ぎだろうが、結果的にはそういう事になるのだろう。
「亘さんも、奏太様の護衛役を譲るつもりは無かったようですが、今回の件は相当悔しかったのでしょうね。里での稽古はまるで鬼気迫るように厳しかったですから。」
不意に、椿が思い出すようにポツリとそう零す。
「へぇ。いいこと聞いた。」
からかうネタを手に入れたという意味でも、少し安心したという意味でも。
役目を一時的にでも離れる事になったことを、汐と亘自身はどう捉えているのだろうと今まで気になっていたのだ。本人達はあんな感じだし、亘に至ってはどうせ聞いたところで話をはぐらかすか、からかわれて終わりだ。
だから、他の者から見たそういう話が聞けるのは素直に嬉しい。
「稽古で手合わせしても誰も相手にならず、溜まった鬱憤を晴らそうとした結果がさっきの惨事だったんでしょうけどね。」
付け加えられた巽の一言は、ひとまず聞かなかった事にしておくことにした。
帰ってからの伯父さんと柊士の反応なんて想像したくない。
ていうか、何が巻き込まれただけ、だよ。
俺の護衛役であるはずの二人が引き起こした事態に、無関係を貫き通せる訳がない。
一瞬よぎった二人の顔を、俺はすぐに頭の隅から追い出した。
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