第101話 黒の鬼灯③
「で、詳しい話を聞かせてくれるんだよね?」
一通りの処理が終わると、俺は真っ直ぐに淕に向き合う。
さっきの淕の発言は忘れていない。
俺の周りで不審な動きがあるから様子を伺う者をつけていた、と言ったのだ。しかも柊士の命令で。
「あの、そのお話は本家にお戻りになってからのほうが……」
と淕は言うが、俺はここで聞くまでテコでも動かないつもりだ。今までの経験上、戻ったら柊士に蚊帳の外に出されることは目に見えている。
「あいつら、
「しかし、柊士様が……」
「なら、淕は何も言わなくていいよ。」
俺はさっさと淕に見切りをつけて亘に目を向ける。
「亘は当事者なんだから、心当たりくらいあるだろ。」
「私も詳細まではわかりませんよ。恐らく淕もそうでしょう。尻尾が掴めぬ状態ですから。」
「分かってるところまででいい。ここまで巻き込まれておいて、何も知らない方が不安だ。」
「まあ、それはそうでしょうね。」
亘はそう言うと、肩を竦める。それに、淕が咎めるような声を上げた。
「おい、亘。柊士様のお言いつけに背くつもりか。」
「淕、お前の主は柊士様だろうが、私の主はあくまで奏太様だ。何も知らず、何者にも害意を向けられていなかった時ならばいざしらず、事ここに至っては、主が望まれているのに、それに答えぬ訳にはいかぬだろう。奏太様にも自身を守る為の心構えくらい必要だ。」
「それはそうだが……」
淕はまだ何か言いたげに俺と亘を見る。ただ、亘は説明する気になっているのだ。このまま聞けるところまでは聞いておきたい。
「それで、何がどうなってるんだよ?」
俺が先を促すと、亘は思い出すようにしながら話しを始めた。
発端は、あの雪の日。
俺と汐が捕まっている間に起こった出来事に遡る。
亘と汐が俺のもとに向かう途中、
ここまでは汐に聞いていた通りだ。問題はそこから。
地面に激突する寸前で何とか食い止め、鬼を始末したはいいが、襲われていた喬が動く気配はなく、それどころか、背後に迫った別の鬼に、亘は背を引き裂かれた。
その鬼も何とか始末したが、相手が想定よりも手強かったために、胸を一突きにされて亘は死にかける事になった。
「喬は飛んでる最中鬼に襲われ、首を掻っ切られ、喰いつかれていました。死因はそれでしょう。」
「え、鬼って飛べるの?」
「そういう種もいます。ただ、喬の背に乗っていた者に翼はありませんでした。」
「じゃあどうやって……」
「地上に居たところを襲われ振り払おうとして飛び立ったが鬼を落とすことができなかった、といったところでしょうか。ただ……」
亘はそこまで言うと、考えを巡らすように言葉を切る。
「ただ、なんだよ?」
「私の意識のあった範囲の話になりますが、あの雪の日にあの場に居たのは鬼二体、私、喬、樹の三名でした。」
「樹? それってさっきの?」
「ええ、同一人物です。あの日、樹は “何故急に暴れ出したのだ” と言っていました。
今日の樹の様子を見るに、鬼を誘き出そうとしていた節があります。そして、“何故急に” の言葉の前に “鬼が” とつくのであれば、話が変わってきます。」
亘の言葉に、背筋がゾクっとする。
「……つまり、偶然鬼に襲われたわけじゃなく、自分達で呼び寄せて襲われたってこと?」
今回も、前回も、仲間であるはずの里の者が、故意に鬼を呼び出した可能性がある、ということだ。
「ええ。しかも、自らの意思で運んでいた、という可能性すらありますね。喬は死んでいて、樹はその後姿を消していましたから、確かめようがありませんでしたが。」
「でも、何でそんなこと……」
それに、ずっと黙っていた汐が口を開いた。
「御役目の妨害、もしくは亘を始末する為、でしょうか。先程の様子を見るに、樹は執拗に亘を殺害しようとしていました。それに、関わっているのは、喬、樹、碓氷。全員、拓眞様の取り巻きです。」
淕はハアと息を吐き出す。
「拓眞様の周囲で妙な動きがある、という話もあります。」
「いいのか、淕。」
亘が言うと、淕は睨むように亘を見た。
「ここまで御話しておいて、口止めも何も無いだろうが。中途半端に御耳に入れて、突っ走った行動をされる方が問題だ。」
……突っ走った行動、ね。淕の俺への認識はよくわかった。まあ、省みるつもりはないけど。
「それで、妙な話って?」
「鬼界の穴が見つかったら真っ先に拓眞様に知らせる事、奏太様に御役目の機を探っていること、あとは亘をどのように追い落とすかという相談などでしょうか。」
淕の言葉に、俺は眉を顰める。
「なんだよそれ。そんなの拓眞の仕業で決定じゃん。」
「いえ、それが、話していたのは拓眞様本人ではなく、皆周囲の者達なのです。御本人が指示を出したかどうかが掴めません。それに、鬼をどの様に操ったのかも分からぬままです。もちろん御本人は否定していますし。」
それに亘も仕方のなさそうな声を出す。
「故意に御役目を妨害したのだとすれば、それは、奏太様を危険に晒すのと同義です。易易と認めるわけがありませんからね。」
「実行犯と思しき三名の内、一名は死亡、二名は捕らえています。今はそこが限界でしょう。今日捕えた二人から話が聞ければ良いですが、あの様子では難しいかもしれません。一応、証拠になりそうな物は回収しますが。」
淕はそう言うと離れたところで取り押さえられている者達に目を向けた。
「でも、今まで妨害なんて無かったのになんで今さら……」
すると汐は小さく首を横に振るう。
「今までも小さなものならいくらでもありました。動きが激しくなったのは、先の戦で再び亘の立場が不安定になったことや、祭りが近づき護衛役交代の機が巡ってきたからかもしれません。」
「不安定って?」
「以前拓眞様が仰っていたとおりです。戦に奏太様を連れ出し、お怪我を負わせて帰ってきたのです。本来、許されざることです。
奏太様御本人と白月様の嘆願、柊士様のお口添えが無ければ、今頃どのようになっていたか……」
以前拓眞にも言ったが、あれは、俺が望んだ事だった。でも、周囲からはそう見えないままなのだろう。
亘は戦場に赴く前、柊士に、俺を戦場に連れ出したことへの咎めは覚悟していると言っていた。俺もそれが気になって、ハクに手紙を書いてもらったのだ。自分で伯父さんと粟路のところへも行ったし、口ではああ言っていたけど、柊士も助け舟を出してくれた。
あれで問題は解決したと思いこんでいたけど、そうじゃなかったということだ。
「あの一件に加え、次に奏太様に何かあれば、亘の処分を問うことが容易になります。
雪の日の一件で亘が御役目を外されていれば状況は違っていたかもしれません。しかし、奏太様は亘をお許しになったでしょう。結果的には、あちらの目論見が外れた事になったのだと思います。」
「それで、御役目のタイミングが狙われたと。柊ちゃんはそれを見越してたってこと?」
俺が淕を見ると、淕はコクリと頷いた。
「はい。雪の日の一件について柊士様自ら亘に事情を確認されていましたから。御役目の最中、密かに周囲を探れるよう信頼できる者に後をつけさせていたのです。」
「拓眞の尻尾を掴むために、柊ちゃんの掌の上で踊らされてたってわけか。」
淕は俺の言葉に、困ったように眉尻を下げた。
「柊士様とて、そこまで悪辣なことはなさいません。何かあった時に助けを呼べるようにと陰で様子を見守らせていただけで……」
「まあ、そういうことにしておくよ。淕達が来てくれて助かったのは事実だし。」
それにしても、随分手の込んだやり方だ。しかも、ただ亘に失敗させようとしたというだけではない。明らかに殺害を目的にしていた。
雪の日には実際に亘は死にかけているし、今回も淕達の助けが無ければどうなっていたかわからない。どう考えたってやりすぎだ。
そう思っていると、亘がハアと息を吐いた。
「まあ兎に角、今回のことで、私が狙いであることがはっきりしました。」
亘はそう言うと、スッと俺の前に移動して膝をつく。
「どうしたんだよ、急に。」
思いがけない亘の行動に戸惑いつつ見下ろすと、亘はそのまま頭を深く下げ、真面目な声音をだした。
「このまま私が御役目についていれば、奏太様に危険を齎すことになりましょう。どうか暇を頂きたく。代わりの者の手配は、私から柊士様へお願いに参ります。」
「暇? 休みってこと?」
「事態が解決しなければ、そのまま護衛役の任を解くこともご検討ください。護衛役が原因で危険を招いては元も子もありません。」
「は? 解任? でも……」
まさか、そんな事を言われると思わず目を見開く。しかし言葉を続ける前に、それを肯定する淕の声が響いた。
「奏太様、その方が宜しいでしょう。護衛役が亘でなければ、御身を危険に晒すようなことにはならなかったかもしれません。」
「いや、でも亘のせいじゃないだろ。」
「亘のせいでなくとも、実際に貴方を巻き込んでいるのです。御役目から亘を外すのは妥当でしょう。」
……亘を護衛役から外すなんて、考えてもみなかった。
力比べでそうなる可能性があるとは聞いていた。でも、亘が負けるとも思えなかったし、ずっと話半分に流していたのだ。
それがこんな形で本人から申し入れられるなんて。
ずっと一緒に役目をこなし、戦場を駆け抜けた相棒のような存在が離れて行き、別の者に代わるなんて想像できない。
俺は亘と淕を見ながら、何とか否定しようと頭を巡らせる。すると、スッと汐が俺の方に進み出た。
「奏太様、今回、あの者たちの処分対象には私も含まれていました。念の為を考えれば、私も奏太様の御役目にお供できなくなると思います。」
「汐まで、何言ってんだよ!」
俺は思わず怒声を上げる。何とか亘を踏み止めようとしているのに、なんで汐まで、そんな事を言い出すのだろう。
しかし、汐は怯むことなく淡々と続ける。
「我らが貴方の足枷になるわけには参りません。我らは貴方をご案内し御守りするのが御役目です。本来の目的を考えれば、我らで無ければならない理由はないのです。」
「ちょっと待ってよ。二人揃って、勝手なこと言うなよ。」
目元に手を当てて呻くように言うが、汐の声音は変わらない。
「全ては、守り手様の安全と、貴方の担う御役目の遂行の為です。」
……何なんだよ。
今回の事を仕組んだのが拓眞だったとして、結局あいつの思惑通りじゃないか。
「ふざけんなよ。」
思わずそう呟くと、我儘を言う俺を宥めようとするかのように、汐の声が少しだけ柔らかさを帯びる。
「里の者は優秀です。我らがそばに居ずとも、奏太様の御役目は問題なく遂行出来るはずです。ご安心ください。」
「……そういう問題じゃないんだよ。」
汐は何もわかってない。簡単に解任しろなんて言う亘もだ。
普通の学生には絶対にあり得ないような危険の中、二人を信頼して、命を託してここまで一緒にやってきたんだ。
それが急に、他人の手で妨害されたから役目を外せだなんて、納得できない。
「ふざけんなよ。」
俺はもう一度繰り返す。
それから、目元の手を離し、汐と亘を真っ直ぐに見据えた。
ごちゃごちゃ理由を考えたって、二人を止める方法なんて見つからない。なら、俺が言えることは一つだけだ。
「二人共、解任なんて絶対にしない。休みはやるから、問題事を解決して必ず戻ってこい。言っとくけど、これは命令だからな。」
できれば二人に偉そうに命令なんてしたくない。でも、そうでもしないと、本当に離れて行ってしまうような気がしたのだ。
俺がそう言うと、汐は眉根を寄せ、亘は仕方がなさそうに顔を上げて俺を見た。
それから揃って溜息を付いたあと、汐は亘の隣に膝をつく。
そして、二人並んで俺に向かって頭を下げた。
「守り手様の仰せのとおりに。」
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