終章

第164話 遥斗の来訪①

 家に温泉水のストックがあって良かった。父と母は危ない状態だったけど、温泉水のお陰で一命を取り留め、今は本家に運ばれて尾定の治療を受けている。


 俺も同様に、再び本家に逆戻りだ。

 一体いつになったら、自宅に帰ってゆっくり出来るのだろう。


 今、俺の家では侵入者の調べが進められている。とはいっても、亘の最後の一撃で死んでしまったので、現場検証のみ粟路主導で行われているそうだ。

 ついでに荒れまくった家を直してくれるらしいので、お任せすることにした。以前、亘と柾が大穴を開けた本家の壁もキレイに直っているし、里の職人は腕が良いのだろう。

 

 

 男が俺の家に押し入ったという知らせが湊を連行していた柊士達に届けられた時、突然湊が狂ったように高笑いを始めたらしい。


『主を奪われる絶望を味わえばいい』


 そう言って。

 

 ただ、その時には全てが終わったあと。男が始末されたと聞くと、今度は一転、激昂しだしたそうだ。


「あいつの様子からして、これ以上は企んでることはなさそうだ。」

「そっか。良かった。」

「良い訳無いだろ。お前、死にかけたんだぞ。」


 俺の様子を見に来ていた柊士が呆れたような顔で言う。でも、痛い思いはしたし実際死にかけたけど、真犯人は捕まったし、俺も両親も死んでない。結果オーライだ。


「まあ、護衛役と案内役が優秀で助かったよ。」

  

 そう言って笑うと、柊士に大きな溜息をつかれた。



 それから数日、絶対安静を尾定に言い渡され、俺は日がな一日を部屋でゴロゴロして過ごしていた。


 村田と汐がこまめに世話を焼いてくれるし、亘と椿が代るがわる護衛に着いてくれている。巽がいないので柾も駆り出されているし、柊士がちょこちょこ様子を見に来たり、忠が見舞いついでに泣きつきにやって来たりと、俺の周りは意外に賑やかだ。

 

 尾定も頻度高く様子を見に来てくれている。弟子である聡も一緒だ。尾定から怪我の状態を聞かされた聡が青い顔で部屋に飛び込んできた時には驚いたけど、意外に元気な俺の顔を見たらホっとしたのか、妖界への手紙を頼んだ時のこととセットで、こんこんと苦言を呈された。


「いくらよく治る薬があるからって、不死身じゃないんだ。お前が普通の立場じゃないことはよくわかったから、それならそれで、頼むから、もうちょっと気をつけて行動してくれよ。」


 心配と疲れが混じった様な顔でそう言われた。今回のことは不可抗力だと思うけど、何となく言い返すこともできず、俺は黙って聡の言葉にうんうんと頷いた。

 


 そうやって過ごしていたある日、いつものようにトントンと部屋の扉が二度ノックされた。


「御友人がお話があるそうですよ。」


 外で扉を守っていた柾の顔が覗く。また聡が来たのだろうか。そう思い、あまり考えずに許可を出す。

 

 しかし、そこに現れたのは、少しやつれたように見える遥斗の姿だった。


 亘と汐がピリッと警戒して身構え、俺の前に立つ。


「柾、この小僧を奏太様に近づけるな。」


 亘が低く厳しい声音で柾に言う。しかし、柾は面倒そうに亘と汐を見た。


「人相手だぞ。何をそんなに警戒することがある。過保護もいい加減にしろよ。何かあれば取り押さえればいい話だろう。お前らがそのような調子では、奏太様は一人で外も歩けぬではないか。むしろ、人間の小僧ごときから護るのではなく、自分の身くらい自分で守れるよう鍛えて差し上げたらどうだ?」


 柾の言い分は尤もだ。でも、俺一人で外を歩かせる事すら厭うほど、今、汐と亘、それから椿はピリピリしている。本家の中でトイレに行くのにも後を着いてくるくらいだ。湊が引き起こした出来事が色々ありすぎた。本当に。もう少し時間が経てば落ち着くんだろうけど……


 俺は、ハアと一つ息を吐く。


「汐、亘、二人共下がってて。柾も戻って良いよ。」


 俺が言うと、柾は小さく肩を竦めたあと、パタリと戸を閉じて扉の外の警護に戻る。ただ、亘も汐も、俺の前から動こうとしない。


「あのさ、下がっててって言ったんだけど。」

「しかし、奏太様に何かがあっては……」

「いいから。もう大丈夫だよ、遥斗は。」


 汐は、不満げに俺を見る。

 でも、俺は遥斗としっかり話がしたいのだ。怪我が落ち着いて尾定の許可が出たら自分から行こうと思っていたくらいだ。遥斗の方から来てくれるなら、話は早い。


「汐、亘。」


 もう一度呼びかける。すると、亘は警戒した状態のまま俺と遥斗を交互に見てから、仕方が無さそうにスッと一歩下がった。


「少しでも妙な真似をしたら斬り捨てます。貴方の承諾は得ません。」

「子どもの喧嘩くらいまでなら、許容してくれないかな? あと、斬り捨てるんじゃなくて、取り押さえるくらいにしておいてほしいんだけど。」

「状況によります。」

「…………わかった、それでいい。」


 言っていることは過激ではあるけど、何だかんだ言っても、亘ならきちんと見極めてくれるだろう。


「汐も、それでいいか?」 

「……はい。」


 汐もようやく、しぶしぶではあるが頷いた。


「遥斗、聞いたとおりだ。申し訳ないけど、二人が同席する。話をするだけなら、手出しはしないから。」


 そう言うと、遥斗はチラと亘と汐を見る。それから、その場に立ったまま、じっと俺を見据えた。

 

「…………お前、一体、何なの?」


 この質問は、二度目だ。遥斗の話を初めて聞かされたあの日以来。あの時とは違って落ち着いている。それでも、俺が何者かを確かめ見定めようとする目は同じだ。


「人だよ。」


 俺はあの時と同じ答えを返す。でも、ここから先は、あの時のように誤魔化したりするつもりはない。


「――けど、普通じゃない。きちんと話すよ。」


 そう言って真っ直ぐに見返すと、遥斗は眉根を寄せて、少しだけ俯いた。

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