第165話 遥斗の来訪②
それから、遥斗を座らせて全部を話した。
人界と妖界と鬼界の話、日向家の話、俺達守り手の役割や里の役割。遥斗はそれを、何も言わずにじっと視線を下げて聞いていた。
「本来、鬼や妖が侵入しないように結界を守るのが俺達守り手の仕事で、守り手を護り、侵入した鬼や妖が悪さをしないように取り締まるのが里の役割なんだ。それなのに、里の者が本来守るべき人界にいる者に手を出した。それは、俺達が気づいて止めなきゃならないことだった……ごめん。申し訳ないと思ってる。」
遥斗の両親を殺したのも、無関係の遥斗を巻き込んだのも、里の……しかも上位にいるべき二貴族家のうちの一つが起こした騒動が原因だった。
調べによって判明したのは、榮が見目美しい鬼を捕らえて監禁したことが全ての始まりだったということ。その鬼を生きながらえさせる為に、遥斗の親を含む無関係な人間が犠牲になった。
更に、その鬼の子である湊が、自らの復讐に自分の母親であるはずの鬼を利用し、里の者達や遥斗を巻き込んで今回の騒動を起こしたのだ。
謝って済むような問題じゃない。罵声を浴びせられても仕方が無い。殴りかかられても抵抗するまいと、そう思った。もしそうなったとしても、子どもの喧嘩の範疇だと亘に手出しをさせるつもりもなかった。
でも、頭を下げた俺に返ってきた反応は、小さく呟く声だけだった。
「……お前はやっぱり、そっち側なんだな……」
意味がわからなくて、視線を上げて遥斗を見る。遥斗は何故か少しだけ悲しそうな顔をして俺を見ていた。
「……そっちって?」
「……見方が人間の側じゃないだろ。お前の言う里側の視点だ。つまり妖怪側の。……自分だって妖怪に酷い目に合わされたのに。お前だって……刺されて死にかけたのに……」
遥斗の様子に、俺は少しだけ言葉に詰まる。でも遥斗の言うとおり、俺はもう里の側にいる。いつの間にかこちら側が自分の身内になっていて、自分の居場所になっている。今回の事件も、身内が起こした事件だったと思ってる。
「……うん。そうだな。」
俺がそう答えると、遥斗は眉根を寄せて俯いた。
「……妖怪がいて、そいつらに俺の親は殺された。そう言っても誰も信じてくれなかった。親を亡くして混乱してるだけだろう、犯罪者の子が嘘で周囲の気を引こうとしているだけだ、可哀想な子なんだ仕方ないって……
……お前だけだったんだ。お前だけが、俺の話を真っ直ぐに信じてくれたんだ。同じ被害者じゃなくても、隠し事をされていても、せめてお前が人間の側にいるなら、俺は……」
それは、失望だろうか。体は人間であっても、遥斗にとっての味方ではなかったと、そう捉えたのだろうか。
でも、俺は少なくとも遥斗の敵ではない。以前、遥斗にそう言ったように。
こんな話をしたあとで、遥斗本人は納得できないかもしれない。でももう一度、きちんとそれだけは伝えておきたかった。妖の側にいるけれど、決して誰かを傷つけるために俺達が居るわけではないということを。
「……俺さ、この役目を負うようになったの、二年くらい前からなんだ。」
唐突だったからだろう。遥斗は訝しげな顔で俺を見る。でも、話をするならそこから知ってもらった方が良いと思った。普通の平凡な高校生が、妖と出会って見てきたこと、感じたことを。
「それまでは本当に普通の生活をしてた。だから、はじめは何が何だかわからなくて、妖がいるって言われても直ぐには理解できなかった。役目を負うようになってからも、急に鳥や蝶に姿を変えて今までの日常からかけ離れた言動をする妖連中に戸惑いっぱなしだった。」
そう、最初はそうだった。急に役目を負えと伯父さんに言われて、柊士に突き放され、頼るべき者が汐と亘しかいなかった。でも、眼の前で蝶に変わった汐は感情があんまり表に出ないせいで何を考えてるか良くわからなかったし、亘は初対面から俺のことをからかってくるような嫌な奴で、これから仲間だと言われても、正直うまくやっていける気がしなかった。
妖にも鬼にも遭遇して、怪我をして、何で自分がこんな目にと、何度も思った。
「でも、戸惑いながら接してるうちに、ちょっとずつわかってきた。人に迷惑をかけるやつも傷つけるやつもいるし、逆に人を守ろうとするやつもいる。でも、妖にだって行動の理由があって、感情があって、泣くし、悩むし、苦しむし、怒るし、憎むし、逆にちょっとしたことで喜んだり笑ったりもする。そういうのを見てて、普通の人間と同じなんだって思うようになった。」
汐や亘の抱える苦悩、怒り、悔やみ、不安や、素直に笑う顔を見て、二人の感情に触れるたび、少しずつ、『ああ、俺達と同じなんだ』と、そう思うようになった。
「俺が今更言っても信憑性はないかもしれないけどさ、人か妖かなんてそんなに違わないんだ。」
ただ寿命が長くて、奇妙な力を使えて、常に危険と隣合わせにいるってだけ。人に人種があるように、種族が違う、ただそれだけ。
「敵か味方かなんて、種族で変わるようなものじゃない。善も悪もあるのは人も同じだ。人だって、強盗もすれば通り魔みたいに誰かを無差別に殺すようなやつだっている。大切な者を取り返すために、妖の都を焼いた人間もいたよ。」
……元人間、だけど。
俺は心の中でそう付け足す。
「お前だって、妖への憎しみを晴らしたくて、情報を持っていそうな俺にナイフを突きつけたんだろ。」
俺が言うと、遥斗はグッと奥歯を噛んだように見えた。
「それぞれに原因があって、感情があって、行動がある。それは人も妖も変わらない。たった二年だけどさ、俺はこいつらと過ごしてそう思った。」
苦い思いはさせられたけど、遼にも識にも湊にだって、その行動に至る理由はあった。そしてその思いは、全く理解できないようなものではなかった。大事なものを奪われ相手を深く憎む感情。それは、きっと遥斗が抱えているものと同じだ。今まで出会った他の妖達もそう。大なり小なり、色んなものを抱えている。
遥斗がそうであるように、柊士がそうであるように、結がそうであったように。俺や、他の人間だって同じだ。
「妖は、人とは違う未知の思考を持つ存在なんかじゃない。」
だから、亘も汐も苦しんでる。大切な者を追い詰め失った事で、心に大きな傷を負うことになった。
「……それでも……」
遥斗は、ポツリと呟く。
「……それでも、俺の両親を殺したのは妖怪だ。」
それから、意を決したように、くっと顔を上げて俺の目を見た。じっと、真意を探るように。
「あの狐の面を被ったやつ。あいつだろ、俺の両親を殺したの。」
遥斗は、あの穴蔵で湊が語った話を覚えているのだろう。相手の顔は見えなくても、操られている間の事だったとしても、遥斗は自分の仇をその目で見て、仇の口から悪びれることもなく事件についてが語られるのを聞いていたのだ。
「うん。でも、俺達が捕らえた。きちんと報いは受けさせる。」
あいつを擁護するつもりはない。湊には湊の理由があったにせよ、あれだけのことを起こしたのだ。相応の報いは受けさせなければならない。
「報いって? あいつは、これからどうなるんだ?」
湊がどうなったのか、どうなるのか、俺は聞いていない。知っているのは捕えたところまでだ。
チラと汐を見ると、仕方がなさそうな顔をされた。
「彼の方は事情聴取のために捕らえられていますが、無関係の人間への加害、主上と奏太様の殺害未遂、更に柊士様にも毒を服させ傀儡にしようとした罪を考えれば、処刑は免れません。他にも罪を犯しているかもしれませんし、妖界側への対面を保つためにも、早急に刑に処されるでしょう。」
汐は淡々と述べているが、湊が振りまいた災厄を改めてならべたてると本当にひどい内容だと思う。遥斗の両親を含む人間への被害も、きっとたくさんあるのだろう。
視線を遥斗に戻すと、遥斗はギュッと拳を膝の上で握った。
「……死刑になったからって、ハイそうですかって受け入れられる程、単純な話じゃない。……ずっと恨んで、憎んで、ここまで来た。あいつが死んだって両親が帰ってくるわけじゃない」
「……うん。」
遥斗の言う通りだ。もう二度と戻ってこない、その絶望を埋めるものなんて、きっとどこにもない。
同情するわけじゃないけど、湊もそうだったのかもしれない。だから、復讐に走った。多くを巻き込み悪意をばら撒いて。
「……柊士って人に、補償するから全部忘れてほしいって言われたんだ。被害者全てを特定は出来ないし、自分達の存在が公になっていないから、補償できるのは俺だけになるかもしれないけどって。」
「柊ちゃんが?」
……確かに、きっと全てを洗い出すことは難しいのだろう。鬼や妖による被害は、世間では普通の事件事故で既に片付けられていると、柊士は以前言っていた。
日向家の事も里の事も表沙汰には出来ないし、したところで鬼や妖を信用する者が一体どれだけいるだろうか。それに、万が一こちらに敵意が向いて里や俺達が消えれば、人界は結界を維持しきれなくなる。誰にも知られていない今の状態が、きっと誰にとっても良いことなのだと思う。
「けど、忘れられるわけない。あいつに両親を殺されたことも、変な薬を飲まされて操られたことも。……それに、俺がお前を騙してあそこに連れてったことも。……お前の事を刺して、お前があの狐面のやつに殺されかけたことも……全部……忘れられるわけない。」
そういえば、遥斗は目が覚めて混乱をしている中でも、俺のことを心配してくれていたのだと淕が言っていたっけ。
「血だらけでお前が運ばれて行って、起きて様子を訪ねたら、大怪我のせいで寝込んでるって言われた。目覚めないから会わせられないって。あの日から何日も経ってるのに、毎日そう言われた。……死ぬんじゃないかって、とにかく怖かった。俺があそこに連れて行ったせいで、お前が死ぬんじゃないかって……」
「あれは、お前のせいじゃないだろ。毒のせいで……」
「それでも、怖かったんだよ。」
俺が儀式の間に閉じこもっている間も、遥斗は目が覚めたその日から、ずっと思い悩んでいたのだろうか。操られていたとはいえ、自分の手で俺を刺したことを。
「……狐面の奴は許せない。でも、あの穴でお前が俺を助けようとしてくれてたのは、ちゃんと覚えてるんだ。それに、この家で混乱してた俺をなだめていろいろ世話を焼いてくれてたのは妖怪だったって、柊士って人に聞いた。」
俺が儀式の間に閉じこもっている間、淕や栞が対応してくれたと聞いた。きっと淕のことだから、丁寧に対応してくれていたのだろう。
「……正直、もう自分でもよくわからないんだよ。悪いやつばっかりじゃ無いっていうのも、そうかもって思ってる自分もいる。でも、本当に奴らが同じことをしないって、どうして言い切れる? そっちの二人が俺や俺の周りの奴らを殺さないって、どうして言い切れる? 人の皮を被って、そう見せてるだけかもしれないだろ。」
遥斗からすれば、湊も、淕や汐や亘も同じに見えていて、いつ人に害をなすかという疑いは、きっといつまでも消えないのだろう。それだけの痛みを妖から被ってきたのだ。それでも……
「少なくとも、里に住む妖の役割は人界とそこに住む者を守ることだよ。大きな怪我を負いながら、死ぬ様な目に何度も遭いながら、苦しみながら、それでも、人の世界を守るのに力を貸してくれてるんだ。俺達と同じように、この世界に護りたい大事なものがあって、同じ目的を持つ仲間がいるから。そうである限り、人の敵にはならない。俺も、こいつらも、ここを守りたいのは同じだから。」
汐も亘も、椿や巽やそれ以外の里の者達だって、俺の周りの者達は皆、人の住むこの世界を守ってくれてる。彼らの護りたいものも居場所もこの人界にあるからだ。
「人間の敵じゃない。俺も、こいつらも。」
遥斗は、キュッと口を引き結び、迷うように再び下を向いてしまった。
どれだけ理解してほしいと言葉を重ねたところで、きっとこれ以上は難しいのだろう。あとは、遥斗の心の問題だ。
時間をかければ理解してもらえるのだろうか。それとも、ずっと禍根として残り続けるのだろうか……
俺は諦め混じりに小さく息を吐いた。汐と亘に目を向けると、亘は成り行きに任せるようにじっと目を伏せていて、汐は仕方がなさそうに俺を見返した。
「……奏太。」
不意に遥斗に名前を呼ばれて、俺はふっと遥斗に視線を戻す。遥斗がこの部屋に来て、初めて名前を呼ばれたかもしれない。
遥斗は真剣な光を瞳に宿して俺を見つめていた。
「……敵じゃないって言うんなら、見せてくれよ。」
「……見せろって、何を?」
「行動で証明して見せてくれよ。補償はいらない。その代わりに、俺は全部忘れない。お前らがこの先どうしていくのか、俺にみせてくれよ。」
遥斗はそう言うと、俺、亘、汐と、順に視線を移して見回していく。
「今度は隠すな。お前らが何を考えて、どう行動するのか、ちゃんと見届けさてくれ。」
それは恐らく、遥斗が今できる最大限の歩み寄り。
これ以上、俺が遥斗に隠すことはない。これからの行動で、少しでも俺達のことを理解してもらえるように、信用を積み上げられるように。きっとそれが、妖の被害にあった遥斗に俺達が見せられる誠意なのだろう。
「わかった。努力するよ。」
俺達は遥斗の目をしっかり見返して、コクリと頷いた。
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