第160話 柊士の計画

「落ち着いたか?」

「…………うん、ごめん…………」


 あれからしばらく布団に突っ伏していたが、顔を上げてみると心配そうな面々の視線を一身に浴びていて、別の意味で布団に潜り込みたくなった。

 いい年して人目も憚らずに泣いていたことを改めて自覚して、恥ずかしくて仕方がない。


「あーーー、あの、それで、柊ちゃんはあんな芝居までして、何をしようとしてたの?」


 大丈夫かと確かめるようにじっと見つめられるのに耐えられずに視線を逸らすと、柊士が仕方がなさそうに口を開いた。


「さっき言った通り、姿を消した湊を誘き出す為だ。」

「……何で転換の儀が湊を誘き出す事に繋がるの?」

「お前が気づいたように、一連の事件の湊の動機の一つが亘への報復だからだ。」


 ……いや、確かに報告のときに俺から柊士にそう伝えたけど、その前まで周囲への情報はかなり絞って伝えていた。不自然に情報を隠しているとは思われていても、他から見たら全容はわからないハズだし、ましてや亘に恨みが向いているなんて掴めないだろう。

 だからといって、俺のあの場の説明を聞いただけで準備できた訳ない。どう考えてもその前から動いていたハズだ。


 今度は俺のほうがじっと柊士をみつめると、ハアと小さく溜息をつかれた。


「わかってる、ちゃんと説明する。」


 俺がコクリと頷くと、柊士は少し前、柊士の母の墓参りに行っているところから話を始めた。


 墓参りの最中に子どもに声をかけられて探し物に付き合った話は村田に聞いた通り。

 ただ、子どもに連れられて行った神社で縁の下に引きずり込まれ、民家の一室で手足を拘束された状態で目を覚ましたらしい。


「俺を支配するつもりがあったからだろうが、お前に聞いたあいつの企みを、得意げに聞かされたよ。亘と結の父親への恨みも、それを晴らすために白月と鬼の体を取り替えたことも、亘にそれを殺させようとしたことも、転換の儀をお前に受けさせようとしたことも。」

「……支配って……」

「お前の言う『鬼の血』を飲まされた。『鬼の血』には、飲んだ者をその血に依存させ、あいつの母親とあいつ自身に従わせる力があるそうだ。

 狙いは、俺に転換の儀の承認をさせること。だから、あいつの言いなりになった状態で俺は西の里に帰された。」

 

 それはつまり、柊士が正気に戻っていなかったら、今回の件は演技では済まなかったということだ。

 先ほどまでの状態を思い出して、背筋が寒くなる。


「それでよく、正気に戻れたね。」 

「いち早く淕が匂いに気づいて、吐くほど一気に妖界の温泉水を飲まされた。おかげで大事な薬が一部無駄になった。」


 その時の淕の慌てようが目に浮かぶようだ。

 柊士がジロリと淕を睨むと、淕はそっと視線を逸らした。


「でも、遥斗も同じように鬼の血を飲まされたはずなのに、未だに目を覚ましてないんだけど……」

「飲まされた量が違うんだろ。聞いた話だけでも、そいつの行動はあまりに異常だ。」


 確かに、依存状態はかなり激しかった。


「温泉水を飲んで正気に戻ったはいいが、今度は湊の足取りがつかめなくなった。那槻なつきかずらに探させても結局見つからず仕舞いだ。」

「こっちも柾に探してもらってるけど、見つかったとは聞いてない。」


 柊士はそれに首肯する。

  

「どこに隠れているかは知らない。ただ、日本全国探すわけにはいかないし、民家に潜んでたら探しようがない。」

「柊ちゃんが捕まってた場所は?」

「探した。でももぬけの殻。俺を誘導した子どもも見つかってない。」

「……それって、まさか……」


 もしも、湊に利用された上で殺されでもしていたら……

 そう思いキツく拳を握りしめると、柊士はゆっくり首を横に振った。

 

「殺されているとも限らない。利用価値があると思われていれば、まだ生きている可能性もある。とにかく湊を見つけないことには、正確なことはわからない。」


 生きていてほしい。俺は祈るような気持ちで頷いた。


「子どもは別で探すとして、逃げ隠れしている湊に関しては、こっちから探しても見つからないなら向こうから来てもらうしかない。湊は転換の儀を使って亘の手で奏太を殺させようとしていた。だから、転換の儀をあいつの望む通りに行って誘き出すのが一番だと思った。あれだけ亘を恨んで、ここまで仕込んだんだ。転換の儀が失敗したあと、絶対に亘の顔を見に来るだろ。」

「え、ちょ、ちょっとまってよ。失敗ってどういうこと?」


 転換の儀の話はわかる。でも、なんで失敗なんて言葉が出てくるのだろう。


「湊が転換の儀の話に触れた時、儀式の失敗を仄めかしてた。だから何か裏があると思って調べさせたんだ。可能性があるのは儀式への乱入か、儀式の道具への細工。亘の手でお前を殺させたいなら、後者で自然に見せるのが一番手っ取り早い。」

「……道具の細工?」

「転換の儀に使う焼き印の一部が欠けていることがわかった。焼き印は転換の儀の一番の要だ。陣が正しく動作しなければ、人から妖に転じることはできない。ただいたずらに地中にお前と依代の動物を閉じ込めて生き埋め状態で殺すのと同じだ。」


 湊の周到さにゾッとした。

 あのまま儀式を強行していたとして、待っているのが儀式の失敗だったとしたら……そんなの、救いがどこにもない。

 

「俺のミスだ。あいつを信用して、儀式の道具が収められている管理庫への入室を定期的に許していた。恐らくその時に細工をしたんだろう。」

「…………本当に、淕が柊ちゃんの異変に気づいてくれてよかったよ…………」


 もしもそれが無かったら、本当に、俺にとっても、亘と汐にとっても、待っているのは絶望だけだっただろう。

 そして、湊はそれを望んだのだ。

 

「とにかく、主犯の確保を優先させるために、俺は操られているふりをして親父と粟路、都築を巻き込んで偽の転換の儀を執り行えるように整えた。真実を知っているのは、その三名と俺の護衛役と栞だけだ。あとは噂が勝手に広がる。儀式が終わったころで、奴がのこのこ出てくるのを待てば良い。」


 柊士はそう言って、フンと鼻を鳴らした。柊士もまた、今回の件は相当腹に据えかねているのだろう。


「妖界はどうなったの? ハクは……」

「妖界から書状が来たのは本当だ。ひとまず、鬼の魂を抜き出し体に水晶玉をいれることには成功した、白月が目覚めるまで巽を預かるってな。意味がわからなかったが、お前の説明でようやく理解した。ああ、あと、水晶玉の入手方法はあとでキッチリ説明してもらうからな。」


 俺は、はぁ~と、大きく息を吐き出した。

 水晶玉の入手方法に関しては置いておくとして、ハクが死んでしまったわけではなくて、心底ホッとした。

 ……また、涙が出そうだ。

 

「……本当に、よかった…………」

 

 そんな掠れた声がでた。

 俺達がハクを殺したわけじゃなかった。ちゃんと、命を助ける道筋をつけられたんだ……。


「……でも、巽を預かるっていうのは?」 

「様子をしばらく見たいってことだろ。」

「……目覚めるのを待つだけなら、巽は必要ないと思うんだけど……」

「そんなの、向こうに聞けよ。送り出したのはお前だろ。」

「……そうだけど……」


 あとで手紙でも書いて、早めに返してもらえるように伝えようかな……巽が居たほうが助かるし……


 そんな事を思っていると、柊士は今度は亘に目を向ける。

 

「亘、白月の件は、誰がなんと言おうと、お前が奏太を守る為に最適な行動をとった結果だ。奏太が止めようが、相手が何者だろうが、お前が守るべきは奏太の命だ。外敵を前に迷うなよ。」


 じっと亘を見据えて言い聞かせるように言った柊士を、亘は真っ直ぐに見返してからスッと頭を下げた。


「心得ておきます。」 

「……あの、柊士様、それだと転換の儀について触れた時点で、柊士様が亘に害されかねませんが……」


 恐る恐る淕が意見を述べると、柊士は少しだけ肩を竦めた。


「敵が誰かの判別くらいできるだろ。それに、万が一のことがあれば、お前が何とかしてくれ。」

「…………亘の場合、相手が柊士様であっても敵と判断しそうなので申し上げたのですが…………」


 淕は何だかゴニャゴニャ言っているが、正直俺もそう思う。あと、亘は俺が止めたところで止まらない。ひとまず、亘の良心と淕の腕に任せた方がいいだろう。これに関してはいったん棚上げだ。


「ひとまず、転換の儀を執り行う予定の七日後まで、お前はここでゆっくりしてろ。スマホは返せないが、本くらいなら差し入れしてやる。

 あと、明日からは偽装のために精進料理になるが、叔母さんの弁当は必要か?」

「食べるよ。今は、なんか母さんの料理が食べたい気分だ。」


 俺が言うと、淕がニコリと笑って了承してくれた。



「じゃあ、何かあれば食事を運んできたときに、淕達に伝えろ。柾は借りるぞ。」

「わかった。後で巽に手紙を書きたいんだ。こっそり妖界に届けてくれるとありがたいんだけど。」

「紙とペンは机の中のを使え。淕に渡せば、こっちで届けておく。」


 柊士はそう言うと、椅子から立ち上がった。

 部屋を出ていこうとしたとき、亘はガッと淕の二の腕のあたりを乱暴に掴んで引き止めた。


「淕、今日のこと、覚えておけよ。」

「栞、私も一生忘れないから。」


 汐もまた、冷たい目で栞のことを見据えていた。相当怒っているときの目だ。関係が決裂するような姉妹喧嘩にならないと良いけど……


 亘と汐の様子に対して、淕は何も言わずに肩を竦め、栞はキレイな笑みを汐に向けていた。

 

 俺はチラと柊士を見る。

 すると柊士は、仕方がないとばかりに大きくハァと息を吐き出した。


「お前も、忘れなくて良い。こっちの借りってことにしとく。」 

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