第24話 本家の歴史
夕方、学校が終わり、部活の生徒以外は帰宅する頃、俺はこっそり白い渦から人界に戻ってきた。
部屋着の状態のため、コソコソ学校を抜ける。
何だか凄くいろいろあった気がするが、妖界に行っている間にどれくらいの時間が過ぎたのだろう……
そんなことを思いながら駅まで行って、愕然とした。完全に無一文だ。それはそうだ。起き抜けで逃げてきたのだから。
出た先が、学校だったのが唯一の救いだ。全く知らない場所にでも出ていたら、帰る手段を見失っているところだった。
「……歩くか……」
結局、俺はトボトボ歩いて帰り、ヘトヘトになって本家についた頃には、完全に夜更けになっていた。
まっすぐに家に帰らなかったのは、自分が人界でどういう扱いになっているかが分からなかったからだ。
本家であれば、少なくとも、妖界に行ったということは汐や亘から伝わってはいるだろう。
本家のチャイムを鳴らして名乗ると、村田が慌てたようにバタバタとドアを開けてくれた。
「旦那様! 奏太さんです! 奏太さんがお帰りになりました!」
伯父さんの私室に呼びかけると、伯父さんも焦ったような顔で部屋から飛び出してきた。
「お前、今まで一体どこで何してた! 丸三日だぞ!?」
「……いろいろあったんだよ……」
俺はハアとため息をつく。
「村田、こいつの父親と汐を呼んでこい。それから、粟路さんに使いを。帰って来たと伝えてくれ。」
伯父さんは村田にそう指示を出すと、俺を私室に招き入れ、扉をパタリと閉じる。
ドサっとソファに腰を下ろすと、疲れたように、机を挟んで反対側のソファを指し示した。
「座れ。事情を説明しろ。一体どれだけ探し回ったと思ってる。」
俺はしぶしぶ席につく。ようやく人界に帰ってきて、数時間歩き続けてようやく帰って来たのだ。
事情聴取なんて後回しにしてゆっくり眠りたい。
でも、説明するまで帰してなんてくれなさそうだ。
「事情を説明するのはいいけど、伯父さん達も、知っていることは全部教えてよ。妖界でも事情聴取を受けたけど、俺には大した事は答えられなかった。」
「妖界でも?」
「だから、いろいろあったって言っただろ。」
俺はそう言いながら、毒蛙の話を本家で聞いて家に帰った翌朝のことから話を始めた。
蛙の大群が家に押し寄せてきて、陽の泉から妖界に逃げたら遼に捕まったこと、同じ牢に白月という名の妖界の帝が捕らえられていたこと、その帝が結と呼ばれ、遼が人界に連れ戻そうとしたこと、朝廷から助けが来たこと、遼が陽の気を放とうとしたこと、何とか助けられて、朝廷の者達から事情聴取を受けたこと、そして今日、妖界から人界に送り返してもらったこと、人界に帰ってきたは良いが、金がなくて徒歩でようやく帰ってきたこと。
「ハクは結ちゃんで間違いないのか、何で遼ちゃんは結ちゃんを取り戻したいのか、何で遼ちゃんが陽の気を使えるのか、あと、俺と柊ちゃんの名指しで、お前ら許さないからなって言われたんだけど、伯父さん達に心当たりはあるのか。
よくわからないうちに恨まれて、捕まったんだ。知っていることは全部教えてよ。」
俺が勢いのままに疑問に思っていた事を並べ立てると、伯父さんはハアと深く息を吐いた。
「結の話をするには、うちの家系の話からせねばならん。というか、以前話してやったんだからな。柊士と結と一緒に。」
そう言うと、ジロっと睨まれた。俺は視線をそっと逸らす。
「まあいい、よく聞け。何度も同じ話をするのはごめんだからな。」
伯父さんはそう言うと、ゆっくりと昔話を語って聞かせるように話し始めた。
話は平安時代より前まで遡る。
当時、人の都は幾度となく鬼や妖によって滅ぼされていた。
それこそ昔話で語り継がれているような話だ。
昔話では、妖や鬼退治の話が多い。昔は鬼界も妖界も人界も混じり合っていたらしい。
人もそれらに抵抗しなかったわけではない。
妖共に対抗しようと人があちらこちらで暴れ周り、妖相手に方々に災厄をばらまいていた。
人は鬼や妖のような術は使えないし非力だが、その分知恵があり、太陽を味方につけていた。
そんな世の中で、時の術師によって最初に隔絶されたのは鬼界だった。妖や人を喰らう種を閉じ込め、安心して暮らせる世を作った。
しかし、鬼を閉じ込めたはいいが、今度は人と妖の間に争いが起こるようになった。
妖も人も、互いが互いの生きる場所を守るために、相手を屈服させて支配下に置くために、大小様々な戦を繰り返した。
妖は人の知恵や知識を欲し、人は自然すらも操ることができる強大な力を欲した。
互いが疲弊しきった時、時の賢者は、それぞれをさらに2つの世界に隔てる事を提案した。
人はそれを無条件で受け入れた。力は欲しいが、妖の脅威がなくなれば、強大すぎる力は不要だからだ。
一方で、妖の指導者は一つの条件をつけた。自分の子を人の世の帝に嫁がせ、子のうち一人をある程度の年齢まで育てて妖の世に送り、残った子を人の世に残すこと。
その後、300年に一度、必ず妖の血を引く子どもを送ってくること。
人の世の知識と陽の気の両方を持つ者を、妖の世の指導者に据える事で、欲していたものの一部を手に入れようとしたらしい。
人の指導者は渋ったが、妖の指導者は譲らなかった。
世界が別れたあと、人界の帝の元で、人との婚姻で生まれた子は人の世の正統な世継ぎとされ、妖との婚姻で生まれた子は人の世では傍系とされた。
妖の血の混じった一族は、次第に帝から離れていき、それでも、三百年に一度、一族の子を妖の世に送る役目を担った。
妖の寿命は五百年程だ。三百年もあれば、教育と引き継ぎには十分な時間がある。
そうやって三百年に一度、妖界に妖の指導者の跡継ぎを送って来たのがうちの家系だったそうだ。
そして、その三百年がやってきたのが俺達の代だった。
俺は、その話をただただ唖然としながら聞いていた。
実際に妖を見て、妖界に行っていなければとても信じられる話ではない。
「……そうやって妖界に送られたのが結ちゃんだったってこと?」
「そういうことだ。妖の指導者の血を継ぎ妖界を守る資質があるかどうかを調べる方法が、祭りでの儀式だ。候補は、結、柊士、お前、それから遼だった。」
「……遼ちゃんも? ……でも……」
遼が手を光らせたことがあるなんて聞いたことがなかった。
「遼は十歳の年の祭りに参加しなかった。だから、気づくのが遅れた。さらに、当家からかなり離れた血筋で出ることは珍しい。だから、早々に対象から外した。詳しい話もしていない。話をしたとしたら、結だ。」
「結ちゃん?」
「向こうに送り出すための形だけの葬儀をやった際、結婚の約束をしたのだと乗り込んできた。結を返せと暴れたんだ。」
結婚の約束? 結と遼が……?
それなのにその約束を果たすことなく結は妖界に行ったということだろうか?
「……でも、その……結ちゃんは了承してたんでしょ? 妖界に行くこと。」
納得して行ったんだとしたら、遼には何も言わないのは不自然だ。それなら何故、遼は葬儀で暴れたのだろうか。
「……本来、本家の者が選ばれるが、柊士は一人息子だ。この家を継いでもらう必要があった。お前はまだ未成年だ。だから、必然的に結しかいなかった。」
「ちょ、ちょっと待ってよ。質問の答えになってないよ。結ちゃんは了承してたんでしょ?」
伯父さんは答えない。
俺は眉根を寄せて伯父さんをまじまじと見る。
……結の了承なんて無かったということだろうか。
「……まさか、葬式までして勝手にこっちでの人生を終わらせて、妖界に行かせたわけじゃないよね……?」
「話はしてあった。いつかそういう日が来ることも。」
「一方的に……?」
婚約者本人の望まぬ一族のしきたりのせいで、遼は最愛の婚約者を奪われたことになったのだとすれば、「お前らを許さない」という言葉も理解できる。
しかも、ハクは記憶をなくしていたのだ。容易に取り戻すこともできない。
「……あ、あれ……? でも、ただ送られただけなら、何で姿形が違っていたの?やっぱりハクとは別人ってことは……」
まだ、結が本当に妖界に行ったとは限らない。そんな淡い期待を持ちつつ、そう言うと、伯父さんはゆっくり首を横に振った。
「ただ送るだけでは、陰の気に耐えられない。だから、妖となって向こうに送られる事になる。姿形が変わるのはその影響だ。」
「……妖にって……いったいどうやって……?」
「悪いが、これ以上は言えない。儀式の内容に触れる。無闇に口に出すことじゃない。」
有無を言わさぬ伯父さんの表情に、俺はそのまま口を噤む。
ただ、ハクはやっぱり結だったということだ。
記憶を失ったのは、妖になったからだろうか。
人界のことを思い出したくないと頑なに言っていたのは、納得して妖界に行ったわけじゃなかったからだろうか。
結婚を約束した恋人がいたのに、記憶を失い、人としての人生を強制終了させられたのだ。
恨まれたって仕方のないことをしていると、俺でも思う。
「……ハクが……結ちゃんが可哀想だ……」
以前、亘が、断腸の思いで“あの方”を見送ったのだと言っていた。
辛い思いをさせても、妖界でこそ幸せになるのだと信じて送り出したと。
あれは結であり、ハクのことだった。
実際、今は幸せなのかも知れない。でも、人界でのことを思い出したらどうだろう。それでも幸せだと言えるのだろうか……
俺はただ、もう終わった出来事に、拳を強く握り奥歯を噛みしめることしかできなかった。
父が迎えに来た時には心身共にヘトヘトで、それでも、気分の悪い話を聞いたことで、ただただハクや遼のことがグルグルと頭を巡って離れなかった。
伯父さんが、粗方うちの父に説明を終えたあと、
「泊まって行かせたらどうだ?」
と提案したが、本家にいたくなくて、クタクタの足を何とか動かしてでも家に帰ることに決めた。
途中、汐と亘が慌てたように駆けつけ、俺の顔を見てホッと息を吐いたが、俺はあまり二人の顔を見られなかった。
汐や亘の今までの発言を考えると、二人も伯父さんと同様に、全部わかっていて結をあちらに向かわせた当事者だと思われたからだ。
「ごめん、また今度にして……」
それだけを何とか言うと、二人は戸惑うように俺を見送った。
帰り道、
「……結ちゃんのこと、父さんも知ってたの?」
と聞いたが、伯父さんと同じように返事をしなかった。本家の者は皆共犯なのかと、ため息しか出なかった。
家につくと、何も知らないであろう母から、
「本家から学校に行くなら、ちゃんと前もって言ってくれないと!」
と叱られた。
伯父さんが学校に欠席連絡をし、母には本家から学校に行かせると伝えていたらしい。
あんなことがあったのに、家に戻ればカチリと日常の歯車がハマる。
それが何とも不自然で奇妙なことのように感じられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます