第139話 人里の縁日②
竹林から離れて歩いていくと、少しずつ周囲に人が増えていく。しばらくすると大きな鳥居が見えてきて、道の左右に夜店が並ぶ。
焼きそば、かき氷、じゃがバター、お好み焼き、りんご飴、綿飴、お面、玩具、ヨーヨすくい。
里の祭りよりも店の数も種類も多いが、祭りに目を輝かせる子どもの顔や楽しげに笑う大人の様子は、妖も人も変わらない。
「思ったより大きい祭りだね。」
「人の祭りに来る機会はありませんから、新鮮ですね。」
あたりを見回す俺に、スゥっと横を飛んできた巽が楽しそうに言う。
あまりぞろぞろと連れ立って目立っても、ということで汐と巽は蝶とトンボの姿になってもらったが、これだけの規模なら普通に人の姿のままでも良かったかもしれない。
何も食べずに出てきたので、俺一人、小腹を満たすためにたこ焼きを買ってみた。食べながら進みつつ皆は食べないのかと聞いてみたが、
「えっ、良いので……」
「いえ、我らは普段から物を食べませんし、護衛の御役目中ですから。」
と、明るい声を発した巽を遮るように、椿にやんわりと断られた。
ニヤと笑った亘から逃げるように俺の影に隠れた巽の言葉は聞かなかったことにしてあげた方が良いのだろう。
ふらふら歩きながら神社の境内へ入り、社の前で
お賽銭を入れてガラガラと鈴緒を引く。パンと手を打ち鳴らして目を閉じて
「これ以上、変な事件に巻き込まれませんように。」
とお願いしてみたが、神様に願いが通じたかはわからない。
通じたとしても、神様にだってできることとできないことがあるのは、神様本人の言葉を聞いていればだいたいわかる。
期待はせずに、何とかしてもらえたらいいな、くらいの感覚だ。
そうやって護衛役達に守られながら参拝し、祭りの高揚感を味わいながら再び来た道を引き返し始めた。
不意にとある露店でキラリと光る何かが目に入り、一体何が光ったのだろうと俺はピタリと足を止める。来る時には気づかなかった店だ。
よく見ると、店の台の上で、小さな箱に入れられたビー玉より少し大きいくらいのガラス玉がその存在感を示すように光を湛えて輝いていた。
他にもいろいろな商品があるのに、それ以外が何故か目に入らない。
「奏太様?」
と巽に呼びかけられたが、俺はそれに答えるでもなく、吸い込まれるように店に向かいガラス玉の前に座り込んだ。
ガラス玉は、中央部に白い半透明の球がありその周りを曇り一つ無い透明なガラスが包んでいる。
半透明の中央部をじっと見つめていると、まるでその中に吸い込まれてしまいそうな心地がして、どうしても目が離せない。
「お気に召しましたか、守り手様。」
突然聞き慣れない声で真正面から『守り手』と呼びかけられて、俺はハッと顔をあげた。
商品が並ぶ台の向こう側では、
どこかで見覚えのある顔だ。でもどこだっただろうか。
首を傾げていると、ひらりと俺の肩にとまった汐が警戒するような声音を出した。
「里への立ち入りを禁じられた行商人などと関わり合いになるべきではありません。参りましょう。」
そう言われて思い出した。
祭りの二日目、あの事件の前に里の外で捕らえられていた行商人だ。
確か、害になるような呪物を売って出入り禁止になったのに、榮に呼ばれて中に入ろうとして取り押さえられたのだった。
「なんでこんなところに?」
「奏太様。」
汐の咎めるような声を聞き流しつつ眉を顰めると、行商人は笑みを一層深める。
「縁日の夜に人以外が混じっていることなど珍しくも何ともありませんよ。こちらの商品に御興味がお有りなのでしょう? 時折、商品の方がそれを必要とする方を呼び寄せる事があるのです。今か、それ程遠くない未来に、きっとお役に立つような事があるのでしょう。」
「あのような戯言、お聞き入れになってはいけません。」
汐の声に行商人は芝居がかった口調で眉尻を下げる。
「先程から、随分と厳しい物言いではございませんか。瑶様の御息女がそのように仰るとは、雀野に連なる方々には随分と嫌われてしまったようですね。」
「雀野に、ではなく日向のお膝元に、の誤りだろう。」
亘が見下ろして言うと、行商人は困ったようにゆっくりと首を横に振る。
「里にも御得意様がいらっしゃるのですが、お話を伺おうにもお会いすることすら叶わぬのです。先日も呼ばれて里へ赴いただけなのに、一月も牢に拘束されてしまいました。何か大きな事件があったのでしょう? しがない商人の聴取に、柊士様と都築様が揃っていらっしゃるなど只事ではありません。」
「それを話すと思うのですか?」
椿の厳しい声音に、行商人は怯むこともなく、悲しげな表情を作って訴えかけるような目を俺に向けた。
「いいえ、守り手様や従者の皆様に教えて頂けるとは思っていません。ただ、大きな出来事に巻き込まれ、旅に費やした時間と商機を失ってしまったのです。守り手様に少しでも御慈悲を頂けたらと。無法者を取り締まるだけではなく、里に属さぬ妖にも庇護を与えてくださるのが日向家の御役目でしょう?」
その表情や声音とは裏腹にキラリと瞳を光らせる様を見れば、何かを企んでいることは俺にだってわかる。
「慈悲?」
警戒しつつ声を低くして尋ねると、行商人はニィっと唇の端を上げた。
「先程も申し上げた通り、里の御得意様へ商売をさせていただけなかったので、代わりにこうして仕入れたものを売り捌いているのです。何か1つでも御購入頂き、箔をつけてくださいませんか。妖相手には、最初の大君の血筋の方にお求めいただいたというだけでも、大きな売り文句になりますから。」
台の上に並ぶものを見回せば、小さな子どもの玩具のようなものもある。何かを買うだけなら問題は無さそうだけど、柊士も里の者も警戒するような者だ。きっと利を与えるべきではないのだろう。
さっきから、俺を囲む皆も神経を尖らせているし、これ以上は付き合わないほうが良さそうだ。
「悪いけど、」
俺はそう言いかけて立ち上がろうと膝に手を当てる。すると、行商人は、おや、と声を上げて首を傾げた。
「宜しいのですか? 先程守り手様が御覧になっていたのは、この世に三つしかない不思議な力を持つ物です。呪物に呼ばれたのであれば、必ずそれが必要となる時が来ます。危険に晒される事の多い守り手様の御命に関わるような事が無いとよいのですが。」
ゆっくりと汐や護衛役達を見回す行商人の言葉に、椿と巽がピクリと動いた。
一月ほど前に起こった事件が齎した影響は、俺自身だけでなく、たぶん護衛役達にもしっかり刻みこまれている。
「……御命に関わるような事?」
巽が小さくポツリと呟くと、耳聡く声を拾ったのだろう。行商人は言葉を重ねた。
「呪物から新たな主を求めることなど滅多にありません。強い願いを叶える機が訪れつつあるのか、生死に関わる何かがあるのか、それとも大事な何かに危険が迫っているのか。とにかく、重大な事態が迫っていると思った方が宜しいかと。」
じっと俺を見据える行商人の表情が、なんとも不気味に思えてくる。さっき神様に祈ったばかりなのに、予言めいた事を言われると、途端に不安になる。
「……持ち帰った方が良いかも知れませんよ。」
「亘!」
何事かを考えるように言った亘に、汐が鋭い声を上げる。しかし、亘は気にした様子もなく小さなガラス玉に視線を向けたままだ。
「随分前だが、実際に呪物が主を呼び、その後に大きな事件が起こったのを見たことがある。奏太様がこれに惹き寄せられた事は確かだ。何も起こらなければ良いが、御立場を思えば何が起こるか分からない。
それに、呪物とわかっていて、このままここで売らせる訳にはいかないだろう。奏太様が持たずとも、御本家で管理いただけば良い。」
亘は実際に経験があるらしい。このままここで呪物と知らない普通の人が購入する可能性を考えれば、回収しておいた方が良いというのも正しいのだろう。
「他に呪物は?」
「今あるのはこれだけです。後はお売りしてしまいました。」
「人にか?」
「いえ、妖のお客様ですよ。」
そこまで確認すると、亘は一つ頷く。
込められた力と使い方次第で良くも悪くもなるのが呪物だと、以前柊士は言っていた。
何も知らない人が妙なことに巻き込まれでもしたら可哀想だ。
ひとまず、呪物が人に買われてはいないようでよかった。
しかし、
「では、残ったこのガラス玉にはどんな力がある?」
という亘の問に返ってきた言葉に、俺は耳を疑うことになった。
「ガラスではなく、生き物の魂を籠めることができる水晶ですよ。」
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