第140話 人里の縁日③
行商人からの思わぬ答えに、俺は眉を顰めた。
「……魂を籠める水晶……? ……魂って鬼火のこと?」
「ああ、貴方様は鬼火が死者の魂だと御存知なのですか。」
御存知というか、むしろ何で妖連中がそう思っていないのかの方が不思議だ。今も椿と巽は首を傾げている。
亘と汐が当たり前のような顔で聞いているのは、結や俺が説明してランプに使うのを止めさせた事があるからだろう。
「この水晶に籠められるのは鬼火ではありません。あくまで生者の魂を籠めるのです。戻る体を失い鬼火という実態を持った魂では、この水晶玉に入れる事はできないのです。」
「……生者の魂……? そんなもの、何に使うんだよ……」
誰かの命を奪う以外の方法が思い浮かばず、背筋が寒くなる。
「私も又聞きですので定かではありませんが、これを生み出した方は、流行り病に冒され死の淵に立たされた家族の魂をこの水晶に籠めたかったようですね。完全に失ってしまう前に、魂だけを抜き取り、別の器に移したかったそうです。」
「別の器?」
「ええ。魂を別の体に移し替えることができれば、見た目は違えど、失いたく無かった者を生き永らえさせる事が出来ますから。」
……死の直前に魂を別の体に……
それはまるで、結が辿った道のようだと思った。病ではなく大きな怪我だったと聞いたし、水晶なんてものは使われていない。でも、結はその直前で別の体に魂を移し替えられ、白月となった。
チラと亘と汐を見やったが、汐は蝶の姿のままだし、亘は眉根を僅かに寄せてはいるが、表情から感情は読めなかった。
行商人は特に気にした様子もなく続ける。
「ただ、その方の目論見は失敗に終わってしまったそうです。
魂を移し替えるには、魂の持ち主の血を大量に吸わせなければなりません。その過程で幼い子の魂を移し終える前に出血死させてしまったのです。
何とか魂を移せた奥方と年上の子もまた、新たな体を用意できずにそのまま時間が経過して水晶玉から魂が抜け出ていってしまったと聞きました。
新たな体はきちんと生きることが出来る状態でなければならないそうです。人形も死体も、生きる機能が備わっていません。
魂を籠めた水晶玉を、空の器に埋めればばよいだけ。それなのに、埋めるべき器がそもそも無かったのです。
この水晶作った方は、結局大事な者を自分の手で殺すことになり、絶望のうちに死んでしまったそうです。」
なんて救いのない話だろうか。もっとずっと共に生きたかったのだろう。だから、本来であれば僅かでも生きられた筈の者達の魂を抜き取って希望を見出そうとしたのに、結局はいたずらに魂を弄んで失ってしまう事になってしまったのだから。
「先程亘さんが言ったように、持ち帰り、御本家で管理いただくのが良いでしょう。使い方によっては、薬にも毒にもなるものでしょうから。」
椿はそう言うと、行商人に視線を向ける。
「本来は三つあると言ったでしょう。あと二つはどこに? 危険な使い方があるならば、回収しなければなりません。」
「買い主様の情報をお渡しするわけには参りません。それに、お売りしたのは随分前のことです。
こちらは仕組みを知りたがった知人に貸し出していた最後の一つがたまたま最近戻ってきたので、売りに出しただけですから。」
俺はそれにハアと息を吐いた。
椿が言うように、碌でもない使い方をしようと思えば危険な物になりかねないものだが、随分前に売った上に、売り主が買い主の情報を渡そうとしないなら仕方が無い。
それを探し始めたら、今までこの男が売った怪しげな呪物を全て回収しなければならなくなるだろう。
「無い物を探すのは難しいし、ひとまず、これだけでも確保しておこう。いくら?」
俺が言うと、行商人はニコリと満足そうに笑う。
「お代は金銭ではなく、こちらに陽の気を込めて頂くことでお願いできないでしょうか。」
そうやって差し出された手の上には、1つの赤い御守りが乗せられていた。
「これは?」
「見ての通り、御守りですよ。」
よく見れば、黒と金の刺繍がされた小さな御守袋には、先程参拝した神社の名前が記されている。
大岩様に陽の気を注いだ時に、変なものに陽の気を直接注ぐのは注意が必要だって話にはなったけど、この神社の御守りであれば問題ないだろう。
俺は警戒しつつその御守りを受け取った。
本来であれば、陽の気を注ぐには手を打ち鳴らしてキラキラ光る気の力を間接的に注ぐ。でも今は祭りの最中だ。テントと護衛役に囲まれているとはいえ、あまり奇異に映るような行為は避けた方が良い。
大岩様のところに行った時、ハクは確か、手を伝って陽の気を纏わせるようにイメージする事で、触れてさえいれば祝詞を唱えず直接陽の気を注ぐことができると言っていた。陽の気を放つ感覚は分かるのだ。そこから掌の御守りに伝わせるようにイメージしてみれば、キラキラを外に溢れさせずに注げるはずだ。
俺は目を瞑り、いつも気の力を発する時の感覚を思い出しつつ手の上の御守りに集中した。
すると、思っていたように自分の中で陽の気が動いていくのがわかる。体の中心部から腕を伝い手の方へ。
瞬間、ずわっと勢いよく陽の気を奪われる感覚がして、俺は思わず目を見開いた。驚いた勢いで御守りを取り落とす。
本当に一気に大量の気の力を奪われたからだろう。クラっと目眩がして足元が揺れる。目元に手を当てると、背中側から誰かに支えられたのがわかった。
「奏太様!」
「大丈夫ですか?」
「……大丈夫。急に気を引き出されて驚いただけ。」
直ぐ側で聞こえる汐と亘の声に返すと、ざっと一歩踏み出す音とともに椿の険しい声が響いた。
「ただの御守りでは無いでしょう。一体何を?」
更に、巽がスイっと地面に落ちた御守りに向かう。
「これ、中になにか入っていますね。」
小さな体で器用に御守りを釣り上げると、亘の側まで飛び上がってポトリと亘の手に御守りを落とした。
さっき持った時には全然気づかなかったが、亘が袋を開けてひっくり返すと、中から黒い半透明のおはじきの様なものが出てくる。その中で金色の何かが光を放ち揺らめいているのが見えた。
行商人はそれに目を向けると、にんまりと満足そうに笑う。
「少し多めに気の力を頂いただけですよ。水晶のお代には普通の御守りに込める分だけでは少しばかり足りませんから。」
「これを何に使うつもりだったんだ?」
息を吐き出し気を取り直して問うと、すっとこちらに手を差し出される。
「護身用にするのですよ。妖や鬼相手には強力な武器になりますから。さあ、お代を頂きましょう。」
「騙し討ちのように陽の気を奪うのです。何を企んでいるかわかりませんよ。」
巽が訝るように言うと、行商人はわざとらしく眉を上げた。
「商品への正当な対価を護身に使う御守りに頂いただけではありませんか。何ら後ろ暗い事など御座いません。」
悪びれる様子もない態度にその場の空気がピリッとする。
俺は剣呑な雰囲気を漂わせる者達を押し止めて亘の手から御守りを取り上げた。
想定以上に陽の気を取られたが、一時的な目眩を起こしただけで体調には問題ない。それに、妖界じゃあるまいし人界では陽の気なんて珍しい物じゃないのだ。大して悪用も出来ないだろう。今は呪物を回収できればそれでいい。
「いいよ。さっさとそれを回収して帰ろう。」
「本当にお体は何とも無いのですか?」
ふわりと舞い上がり、心配そうな声音で俺の顔を覗き込む汐に、ニコリと笑って見せる。
「大丈夫だよ、異常はないから。」
「それなら良いのですが……」
まだ何か言いたそうな汐に、俺はそっと手の甲を差し出した。さっさと終わらせたいという意図が通じたのだろう。汐は小さく息を吐いてピタリと俺の手にとまる。
それを確認すると、もう片方の手に持っていた御守りを差し出した。
行商人はそれを恭しく受け取る。
「確かに、頂戴致しました。」
「それは貰っていくからな。」
顎で水晶玉を指し示すと、行商人は胡散臭い笑顔で頷いた。
「ええ。もうそちらは貴方様の物です。守り手様。」
先程の御守りの件もあって、水晶玉に無闇に触れる気にならず、亘をチラと振り返ると、亘は承知したように水晶玉を取り上げ懐にしまった。
「ああ、それから一つ注意点がございます。同じ水晶に同じ者の魂を籠める事はできません。入れて抜けたらそれで終わり。
「そもそも使うつもりは無いよ。」
「左様ですか。」
行商人の目はそう言いながらも、必ず使う時が来ると確信しているようなものだ。気味が悪い。
俺はくると踵を返して行商人に背を向ける。これ以上、この男に付き合っていたくない。
「行こう。」
皆に呼びかけて一歩踏み出すと、
「どうぞ、今後とも御贔屓に。」
という明るい声が追ってきた。
テントの外は、未だ祭りで賑い多くの人が行き交っている。俺は気分を変えたくて、大きく息を吸って吐き出した。
小さな結界の綻びを塞いだあとのおまけぐらいのつもりで祭りを楽しみたかっただけなのに、何だか凄く疲れた。
「……さて、そろそろ一月。あの方はどうなったのでしょうね……」
雑踏の間から、そんな微かな呟きが背後から聞こえたような気がしたが、それが行商人の声だったかどうかは定かではない。
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