第38話 本家の襲撃②
※残酷な表現を含みます。苦手な方はご注意ください
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俺は、柊士の近くにある木の幹に後ろ手に腕をぐいっと引っ張られて回され、縄で括り付けられた。
「柊ちゃん、妖に転じるって一体……」
「……見てればわかる。やり方を知られた以上、もう止めることはできない。転換の陣が刻まれた印も奪われたようだからな。」
柊士はクイッと顎で焚火の方を指し示す。
先程までは気づかなかったが、焚火の中に、一本の柄のついた鉄の棒が入れられているのが目に入った。
亘が語った妖になる方法を思い出し、背筋が寒くなる。
……本当にやるつもりなのだろうか。
そう思っているうちに、遼は上着を脱ぎ捨てて背中を露わにして木の幹にとんと両手をついた。
面の男がパチパチ爆ぜる火から鉄の棒を取り出すと、先には小さな円盤がついている。
別の二名が幹に手をついた遼を動かないように押さえる。鉄の棒を持った男はそれを確認すると、火に焼べられていた円盤を、遼の背にジュっと押し当てた。
グッと痛みを堪えるような声が遼から漏れる。
しばらく押し付けられ、ようやく外されたその場所には、黒く焼け焦げた丸い陣があった。くっきりと刻まれた文字は、いつも陽の気を使うときに頭に浮かぶものと同じ感じに見える。
さらに印を持った男がその場を離れると、今度は青嗣ともう一人が遼の背後に立ち、刀と槍を構えた。そしてそのまま、ハアハア肩で息をする遼に向かって振り下ろす。
ヒュッと風を切る音ともに周囲に血が飛び散り、刀で切られ槍で刺された遼がその場に崩れ落ちた。
遼が地面でうめき声を上げる中、青嗣ともう一人は、淡々とした様子で遼を持ち上げ、木の陰に置かれていたらしい棺桶のような箱に入れる。
遼が自ら望み、やらせていることなのだろうが、正気の沙汰でない。
「……何なんだよ、これ……どうかしてるよ……」
思わずそう呟いていると、不意に別の男が、一匹の兎の首根っこを掴んで連れて来た。ハクと同じ銀色の兎だ。
「……まさか、その兎……」
「白月様の昔の兄弟、か? よくわからんが、あの穴から引っ張り出してきたのだから、そうかもしれんな。」
青嗣が返り血を拭いながら、冷めた目で兎を眺める。
吐き気がする。
なんで、そんな事ができるんだろう。妖には心が無いのだろうか。遼には人の心が残っていないのだろうか。
どこまでハクを追い詰めるつもりなのだろう……
兎を掴んだ一人が、遼に使ったのと同じ焼印を暴れる兎に押し付けた。
そして、遼が痛みと苦しみにうめき声を上げる箱の中に同じように放り込む。
この場で繰り広げられる異様な光景に、頭痛がし、重苦しい何かに押し潰されそうな気分になる。
痛みに苛まれたままの、まだ息のある一人と一匹が入った箱の蓋が閉じられる。釘を打ち付け出られなくしたあと、空気穴なのか竹筒が一本蓋に突き刺された。
そこに居る誰もが、当たり前の顔で平然と作業のようにそれをこなしていくのを、俺は動悸と吐き気と頭痛にくらくらしながら眺めていることしかできなかった。
柊士も歯を食いしばりながら苦々し気にそれを見ている。
全ての作業が終わったのだろうか。ずっと動き続けていた男たちがふっと箱から離れ、それを取り囲むように立った。
不意に、青嗣が俺の前まで歩み寄る。
「出番だぞ。陽の気の使い手。」
「……出番……?」
「あの箱に、陽の気と陰の気を同時に注げば終いだ。」
青嗣はそう言うと、徐ろに木の幹から俺の縄を外す。代わりに、逃げられないよう刀の切っ先を喉元に突きつけられた。
そのまま肩を押されて穴の前まで移動させられる。
……これに陽の気を注ぐ?
柊士の方を僅かに振り返ると、柊士は諦めたように俯いて目を伏せている。
きっと、こうなった以上やるしかないのだろう。
しかしそう思った時、不意に
「……おやめください、奏太様……」
と絞り出すような声が背後から聞こえた。
見ると、亘がうつ伏せになり必死に顔をあげてこちらを見ていた。
「……その者を……妖に転じさるなど……結様をこれ以上……苦しめるようなことは……」
亘は悲痛なまでの表情でこちらに訴えかける。
このまま遼を放っておけば、妖に転じる事なくあの中で息絶えるのだろう。
亘の言うように、伯父さんを刺し本家に火を放ち、幻妖京を滅ぼすと言い放つような者を本人の思い通りにさせるなんて危険すぎる。
ただ……
青嗣は亘を冷え冷えとした目で一瞥したあと、同じ目をこちらに向けた。
「やれ、奏太。やらねば自分が殺されるだけだぞ。」
青嗣が突きつける刃がキラリと光り、切っ先が首元にグッと押し付けられる。皮膚が僅かに切れて痛みが走る。
「それとも、白月様と同様、自分より他者が傷付けられる方が効く手合か?」
青嗣はそう言うと、手でふっと他の男に指示を出した。男は未だ倒れて荒い息をしている亘達に近づき、刀を振り上げる。
「やめろ!」
そう叫ぶ声と同時に、亘の腹のあたりに、ザッと刀が突き立てられた。
グアっという声にならない声が周囲に響く。
「時間が経てば立つほど、あいつの腹に穴が空くぞ。あいつが死ねば、隣のやつ、隣のやつが死ねば、あの蝶共の羽根をもいでいく。さあ、どうする。」
「や……やるよ! やるから、あれをやめさせて!」
青嗣がもう一度手を挙げると、亘の側にいた男が、刀を降ろす。
それを見届けると、青嗣は刀を俺に突きつけたまま、数歩離れた。
「やれ。」
一度、コクリとつばを飲み込む。
これが成功したらどうなるかなんて、もう考えられない。俺はただ言われるがままパチンと両手を打ち鳴らした。
頭に流れる祝詞を口ずさむ。ただ気のせいかもしれないが、何だか口から出てくるそれが、いつもと少しだけ違っているような気がした。
俺が陽の気を注ぎ始めると、反対側で面をつけた男が一人、同じように箱に向けて気を注ぎ始める。
俺の手から流れ出て行くのが眩い白い光であるのに対して、男の手から出ていくのは、ぼうっとした光をまとう黒い粒だ。
それが箱の上で合わさると、ハクが注ぐ気の力のように白と黒の光が混じり合い、ぐんぐん箱の中に吸い込まれていく。
しばらくそうやって力を注いでいくと、力が飽和し満たされたように二つの光が箱の周りを包み眩く光った。
それとともに頭の中に流れていた祝詞が儀式の終わりを告げるようにふっと途絶える。
それを見届けると、青嗣は小さく息を吐いた。
「これで終わりだ。あとは全て殺していい。」
青嗣がそう言い放ったその時だった。
「居たぞ!」
という声が突如、頭上から響いた。
見上げると、大小複数の鳥が暗い空を舞いこちらへ降り立とうとしているのが目に入り、更にザザザっと複数の何かが俺達を取り囲んでいくような音がした。
戸惑いながら身を固くして様子を伺っていると、柊士がぼそっと、
「人界の妖達か……」
と安堵の声を漏らしたのが聞こえた。
逆に、青嗣達妖界の者が敵を迎え撃つように構える。
俺は、ぐいっと青嗣に肩を引っ張られ、後ろから羽交い絞めにされるように抱えられたと思うと、刀の刃を水平に首に押し当てられた。
同じように、柊士も木から縄を解かれて無理やり立たされ、刀を突きつけられている。
「最初の大君の血を引く者共を殺されたくなければ、こちらと距離を取れ!」
青嗣が自分達を取り囲む妖達に向かい、声を張り上げる。
地上に降り立った鳥達は人に姿を変え、俺達に向き合い動けないでいる。周りを取り囲んでいた者達も同様だ。俺と柊士は人界の妖達との間の盾にされている。
亘が以前言っていた。
最初の大君の血を引く者達が役目を全う出来るよう支えることが、大君に仕え人界に残された自分達の務めなのだと。
つまり、今この状況においては、俺や柊士が彼らの足枷になっているのだ。
「誰か箱を運べ。妖界にもって行くぞ。」
そうしている間にも、青嗣が周囲に声をかけ、妖界の者達が人界の者達を警戒しながら動き始める。
青嗣に引っ張られるように茂みに入ると、そこには何故か灰色の渦が大きく妖界への口を開けて待ち構えていた。
「何でこんなところに……」
唖然として見つめると、青嗣はフンと鼻を鳴らす。
「白月様が結界石に力を注ぐ前に、複数の綻びに楔を打つような先見の明の持ち主が我が方に居るのだ。」
「……複数の……?」
ということは、ここ以外にもいくつか、妖界への入口が開いたままになっているということだ。しかも、誰にも気づかれないような場所に……
でも、一体どうやって……
そう疑問に思いながら灰色の渦を無理やり潜らされる。妖界側から見たその渦は白く輝いていて、その左右にどこかで見たことのある蚯蚓文字がかかれた大きな石が置かれていた。
学校の裏に繋がっていたあの入口を模しているようにも見える。
その左右の石を二人の男が転がして渦から外すと、白く輝くような渦は、人界と俺達を隔絶するように、ふっとその姿を消した。
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