四章
第37話 本家の襲撃①
ある日の夜中、突然、自宅の電話が鳴り響いた。
こんな時間に固定電話が鳴るのは珍しい。母が出たのだろう。すぐに、父を呼ぶ声が聞こえてきた。
何だか様子がおかしいと思ったのは、その直後からだった。バタバタと騒々しい音が階下から聞こえてくる。
気になってリビングへ降りてみると、父が着替えを済ませて家を出ようとするところだった。
「どうしたの?」
「……本家が何者かに襲われた。お前はここにいろ。行ってみないと状況がわからない。戸締まりをきっちりして、絶対に家からでるなよ。」
「は?」
本家が襲われた……?
不意に、遼に「お前ら、許さないからな」と言われた時のことが蘇って来る。
「え、大丈夫なの?」
「それがわからないから様子を見に行くんだ。警察も呼んだ。とにかく、お前はここにいろ。いいな。」
父はそう言うと、ガチャンと乱暴に玄関の扉を閉じて出ていった。
「強盗かしら……」
母が不安気に呟く。
もし、妖を巻き込んだ復讐が目的だったら、物取りなんかより、もっと凄惨なことが起こっていてもおかしくない。
ただ、家から出るなと言われた以上、状況を知る術はない。
ひとまず自室に戻り、ジリジリとした気分で父の帰りを待つ。
それからどれ位たっただろう。
不意に、窓にカツンと何かが当たった音がした。
汐が来るときの音とはまた違った音だ。
シャッとカーテンを開けるが、やはり汐はそこにいない。何事かと階下を見下ろすと、そこには遼と、武器を持ち鳥や犬、猿などの面をつけた数名の男が立ってこちらを見上げていた。
「出てこいよ。奏太。」
遼は声を張り上げたわけではない。でも、わずかに聞こえる声とその口の動きだけで、何を言っているのかがわかった。
「親を巻き込みたくなきゃ、出てこい。」
頭に、本家のことを何も知らない母親が思い浮かぶ。
本家の襲撃がどんなものだったかは知らない。
ただ、ここで拒否して起こり得ることなんて想像したくもない。
……父さんには家を出るなと言われたけど……
何で、警察を呼ぶという選択肢が思い浮かばなかったのだろう。何で他に助けを求めようとしなかったんだろう。
遼がいるとはいえ、妖相手だと思ったからかもしれない。
俺はこっそり階段を下り、母に気づかれないように、そっと家を抜け出した。
家を出て扉を閉めると、すぐに灯りに反射してきらめく何かが視界を横切る。
気づくと、遼と一緒にいた男が持つ槍の先が、喉元に突きつけられている状態だった。
「両手をあげて、こちらに背を向けろ。お前が先を歩くんだ。いいな。」
遼に言われ、恐る恐る、男達に背を向ける。すると、ぐいっと肩を掴まれ、方向を無理やり転換させられた。
それから、肩を押され、背に充てられる尖った感触にヒヤヒヤしながら、先へ進む。
それは、以前汐と共に走って逃げた本家の裏山へ続く山道だった。
暗くて前が見えにくい。男達が持つ鬼火のランプの明かりだけが頼りだ。
万が一変な転び方をしたらと思うと、背筋が寒くなる。
獣道を進んでいくと、遠くからどんどん近づいてくる消防車と救急車、パトカーの音が聞こえてきた。
更に、木々の向こう側でオレンジ色の明かりが空を照らし、もうもうと煙をたてている一箇所が目に入った。
本家の方角だ。
ただ、遼達はそちらには用がないのか、次第に獣道を逸れて山の奥の方へ分け入っていく。
どのくらい歩いただろうか。
もう帰り道も分からなくなった頃、ようやく肩をグッと引っ張られ、足を止めた。
そこは、山の中にあって、僅かに木々が切り開かれたような場所だった。
パチパチと火が焚かれ、その近くで一羽の雀が籠に捕らえられて木の枝に吊るされていた。
岩の上には小さな虫籠が置かれ、中で金と青の蝶が二匹舞っている。
さらに、地面では男が二人、大きな傷を背に作ってうめいて転がっているのが目に入った。
男のうち、一人は、見覚えがない。でも、もう一人は、すぐにわかった。
「亘! 汐!」
俺は思わず二人に駆け寄ろうとする。
しかし、足を踏み出そうとしたところで、背中にグッと槍先を押し当てられた。
「動くな。串刺しにするぞ。」
奥歯を噛み、何とかその場に踏みとどまると、全く別の方向から、低く唸るような声が聞こえてきた。
「奏太、お前……」
声のした方に目を向けると、後ろ手に木の幹に腕を回され、縛られた状態の柊士が苦々しげな顔でこちらを見ていた。
「……柊ちゃんも、捕まったの……?」
俺が呟くように言うと、柊士は眉根を寄せる。
「俺の事はいい。それよりお前、何で家から出た。絶対に家から出させるなと叔父さんに伝言したはずだ。」
「そんな事を言われても、何も知らない母さんは巻き込めない。……父さんや伯父さんは?」
「俺は、叔父さんが到着する前に連れ出されたからわからない。ただ、うちの親父は……」
柊士はそこまで言うと唇を噛む。
その様子に、嫌な予感しかしない。
「……多分、助からない。……背中から刺されて、家を燃やされた。……燃えている部屋から連れ出せなかった……」
柊士は悔しそうに目を伏せた。
不意に、
「諸悪の根源はさっさと消えればいい。お前らがいれば十分だ。」
という遼の声が背後から響いた。
「……どういう意味だ。」
柊士の言葉に、遼はフンと鼻を鳴らす。
「結を奪った首謀者は、お前の父親とそこの雀だろ。」
「そっちじゃない。俺達がいれば十分ってどういう事だ。」
遼は不気味にニヤリと笑みを浮かべる。
「俺が妖界を支配する手伝いをしてもらおうと思ってな。」
……は? ……遼が妖界を支配……?
「今の幻妖京も幻妖宮も一度焼き払う。あいつの拠り所なんて更地にして、俺が一から作り直すんだ。」
言っている意味がわからなすぎて、ゾッとする。
いくら婚約者だったとはいえ、結への執着が尋常ではない。
今の生での幸せを願うのではなく、自分との時間を取り戻すためだけに、不幸の底に一度突き落とそうとしているのだ。
幻妖京中に生きる者全てを巻き込んで。
「……や……やめろよ! ハクは、結ちゃんだったことも、兎だったことも、全部飲み込んで、ハクとして先に進もうとしてるのに……!」
「先に? 俺を置いてか? そんな事、させるわけねーだろ。」
吐き捨てるように言う遼に、言葉を失う。
もう、どんな言葉も通じる気がしない。
しかし、柊士はせせら笑うように遼を見た。
「どうせ、こいつには出来ない。人は陰の気に耐えられない。現に、遼、お前、陰の気に支配され始めてるだろ。」
……そういえば、だいぶ前に陰の気で精神を病むこともあると汐に聞いたことがある。
以前牢に捕らえられた時、遼は当たり前のような顔で妖界にいた。
ああやって、妖界に居続けていたのだとすれば、かなり蝕まれいても不思議ではない。
それでも、遼は顔色を変えない。それどころか、真っ直ぐに柊士を見て、
「別に、陰の気に支配なんてされてない。それに、例えそうだったとしても、妖に変わればいいんだろ。」
と言い放った。
……妖に?
……まさか、結と同じように、妖に転生しようというのだろうか。
「……お前、それがどういうことか解ってるのか?」
「解ってるさ。だから、お前らを殺さず生かしてるんだ。陽の気の使い手が必要だからな。」
「……何で、儀式の方法をお前が……」
柊士がそう呟くと、不意に、俺の直ぐ側から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
ゾワッと鳥肌が立つ。
「悪いな、奏太。翠雨様への報告を、全て聞かせてもらった。」
側に立っていた男が、自分の面に手をかける。
そっと外された鳥の面の下にあったのは、青嗣の顔だった。
「……青嗣さん……何で……だって、ハクが帝位につく前から支えてたんだって、あんなに……」
「驟雨様に軍に潜り込まされていたのだが、途中で旗色が変わってな。やむを得ず、そのまま居座る事になっただけだ。」
「……そんな……」
青嗣は、本当にハクを慕っているのだと思っていた。
烏天狗の山で捕らえられた者だけじゃなかったんだ。
ハクの周りには、こんな風に偽って周囲を欺き、何食わぬ顔で側に居る者がどれだけいるのだろう。
……誰が味方で、誰が敵なのかわからず、疑心暗鬼になる。ハクは、本当に幻妖宮にいて大丈夫なのだろうか。
「大まかな方法だけは、そこに転がってる鷲が喋ってくれた。あとは、あの家を襲撃して、知っていそうな奴を捕まえて喋らせればよかった。
お前らの大事にする最初の大君とやらの血筋を根絶やしにすると脅したら、首謀者のもう一方がすんなり教えてくれたよ。」
遼はそう言うと、顎で雀の入った籠を指し示す。
「最初の大君の血筋を根絶やしに?そんな事、できるわけ無いだろ。この地域を滅ぼしたって足りないぞ。」
「ここで後生大事に風習を守り続けてる奴らだけ始末すれば十分だろ。少なくとも、次の大君は生まれなくなる。血筋も何もわからないまま次第に全てが風化してくさ。」
遼はふんと鼻で笑う。
「ただ、そんなのは後回しだ。幻妖京を滅ぼす方が優先だからな。」
遼はそう言うと、右手を軽く振る。
「やるぞ。」
それに合わせ、周囲の男達が一斉に動き始めた。
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