第59話 廃寺の戦い②

 ここの何処かにハクは居るのだろうか。

 無事だろうか。

 記憶を消されたりしていないだろうか。


 早く見つかればいいけど……

 そう思いながら、三階建の建物と、その背後に聳える五重塔を見やる。


 不意に、明るくなった遠くの空に、鳥の一団がこの廃寺を背に飛んでいくのが目に入った。

 チラと見えただけだし結構離れたところにいるので、最初はただの鳥の群れかと思った。


 でもよく見ると、鳥の背に乗るような人影が見える。更に目を凝らすと、チラッと銀色の髪が靡くのが見えた気がした。


 ……見えた “気がした“、だ。


 目はいいほうだけど、確実とはいえない。

 柊士たちと寺の正面にいたら、きっと気付けなかっただろう。


 ただ、この状況下で、皆を混乱させるようなことを言うかは大変迷う。

 でも、もし本当にハクが連れて行かれたんだとしたら、事だ。


 俺は声を潜めて、こっそり亘に声をかけた。


「ねえ、亘、あっちに鳥の群れがいたんだけど、もしかしたら、なんだけど……その中に、ハクがいたかも……」

「は!?」

「あ、いや……見間違いかも知れないけど、ハクの髪が見えた気がしたんだ。」


 亘の声に反応したのか、皆が視線をこちらに向ける。こっそり声をかけた意味が全然ない。

 しかし亘はお構いなしに、眉根を寄せて顎に手を添えた。


「確かに見たわけではないのですよね? 二手に別れますか?」

「いえ、あまり戦力を分散させるのは得策ではありません。奏太殿の護りも必要なのでしょう?ひとまず、誰かを偵察へ向かわせましょう。」


 凪がそう言うと、桔梗が素早く鳥の姿に変わる。


「あちらの空にいた一団でしょう? 私も少しだけ気になったのです。私が後を追いましょう。皆様は、中の捜索を。」


 そう言うと、翼を広げて羽ばたかせ始める。


「無理をせず、何かあれば報告を!」


 凪が声をかけると、桔梗はコクリと頷いて、鳥の群れを追って飛び立っていった。


「あちらは桔梗に任せましょう。引き際はわきまえている筈です。何かあれば呼びに来るでしょう。」


 凪にそう言われて俺は小さく頷いた。



 三階建の建物内に入ると、庭と同じく人気は全く無い。その中を、警戒しながら一部屋一部屋開けて、ハクが居ないかを確認していった。

 時折、何人かの兵士に遭遇したが、亘や凪達が手早く対処していく。

 しかし、一階、二階、三階と各部屋を開けて行っても、何処にもハクの姿はない。

 寺の背後にある五重塔も同様だった。俺達が閉じ込められていた地下牢も含めて見ていったが、敵の姿はあっても、ハクの姿はない。


「やはり、先程の一団が白月様を連れ去ったのかもしれませんね。」


 凪はそう言うと唇を噛む。

 桔梗が戻ってくれば居場所が掴めるはずだが、まだ戻ってきている様子はない。


 まだだろうか。

 そう思い、空を見上げる。


 そこでふと、空から地上へ白いキラキラしたものが降りて行っているのが目に入った。


 ざわっと背筋に寒気が走る。

 空の結界を解いている者がいるのだ。

 そしてそんな事をするのは一人しかあり得ない。


 しかも、太陽は出ていないが、青空が少しだけ寺の上空から覗いている。


「遼ちゃんだ! また空の結界が!」


 周囲は既に明るくなり朝を迎えている。

 あれが広がり太陽の光が届き始めれば、幻妖京の二の舞いだ。

 それに、万が一戦いに気を取られて気づいていないなんてことになれば、正面で戦っている者たちが焼き尽くされてしまう。


 白い光が降りて行っているのは、寺院の正面、つまり、戦いが行われているはずの場所だ。


「行こう! 柊ちゃんが気付いてるかわからないけど、気づいてないなら、あれを塞がないと!」


 俺がそう言うと、亘が目を見開く。


「奏太様! 無茶はしないとあれ程……!」

「あれを塞ぐだけなんだから、無茶じゃないだろ! やらなきゃ、皆、焼かれる!」


 亘や柊士が俺を心配して、ああ言ってくれているのはわかってる。

 でも、自分にしか出来ないことくらい、きちんとやりたい。特に、味方がピンチの時なら尚更だ。


 そう思っていると、思わぬ方向から加勢の声が上がった。


「参りましょう。陽の気の使い手にしか出来ぬことです。放置すれば、我が方にも人界の者にも多大な被害が生まれるでしょう。我らも必ず、奏太殿を守ると誓います。」


 静かにそう言う凪に、亘は考えを決めかねるように一度、目を伏せる。


「万が一あっちが劣勢になったら次期当主である柊ちゃんだって危ないだろ。今、柊ちゃんが動ける状況かもわからないんだ。何のために陽の気の使い手がもう一人いるんだよ!」


 俺がそう言い募ると、亘はフウと息を吐き出した。


「正直、結様と奏太様の身の安全が守られれば、次期御当主のことなど二の次でも良いのですが、仕方がありませんね……」


 ……いや、何てことを……


 少しばかり耳を疑ったし、一緒に来ていた人界の妖達から咎めるような声が聞こえてくる。

 それはそうだろう。

 ただ一方で、亘が本当に俺のことを優先しようとしてくれているのがわかって、少しだけ嬉しい気持ちもわいてくる。何だか複雑だ。


 ひとまず、亘が納得してくれるのなら淕が泣いて怒りそうな発言については一旦保留ということにしておこう。


「空に手を向けていられるということは、戦場の真ん中ではなく、ある程度安全を確保できるところにいるのでしょう。こっそり近づき、捕らえましょう。捕らえる役割は我ら妖にお任せを。」


 亘が言うと、凪や人界の妖達も頷く。


「奏太様は何かあれば陽の気で御自分の身を守ってください。

 結界を閉じるのは、安全の確保が出来てからです。気づかれてはなりませんから、何があってもギリギリまで堪えてください。いいですね。」

「わかった。遼ちゃんのことは、亘たちに任せる。俺は、結界を塞ぐことに集中するよ。」


 俺がそう答えると、亘は真剣な眼差しで頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る