第57話 廃寺の戦い①
白み始めた空を亘に乗って飛ぶ。
一歩出遅れたお陰で、俺達からは既に遼達の姿は見えない。ひとまず、真っ先に飛び出した泰峨達を追っているかたちだ。
しばらくすると、以前俺達が閉じ込められていた古びた寺院が見えてきた。
泰峨達は、その少し手前に下降する。
敵が拠点に入った以上、深追いはできない。一度そこで態勢を整えるのだろう。
「門は固く閉じられ、外塀の周囲で複数の蛙が見張りについています。毒の有無はわかりません。それに、遠目にしかわかりませんでしたが、中では戦いに備え、多くの兵が警戒に当たっているようでした。」
様子を見に行った兵によって、状況が伝えられる。
遼が帰り、こちらが追ってきている事が知らされたのだろう。向こうも迎え撃つ準備を整え始めたということだ。
「正面から寺を攻め落とす。できたら、其方ら陽の気の使い手には、先頭で中への道を切り開いてもらいたい。陽の気があれば容易なはずだ。」
泰峨が言うと、人界の妖達がざわめく。中でも淕は、目を大きく見開いた。
「まさか、柊士様にそのような事はさせられません!」
悲鳴を上げるように言う。しかし、柊士はそれを窘める。
「淕、黙ってろ。陽の気を合理的に使うならそれが一番だ。」
「しかし……」
「淕としては、次期当主の柊ちゃんが行くのが駄目だって言ってるんだろ。それなら俺が行けばい……」
と言いかけたのだが、
「お前は黙ってろ!!」
「奏太様は黙っていてください!!」
と、柊士と亘に同時に怒鳴られた。
あまりの剣幕に口を噤むと、泰峨はゴホンと咳払いをし、気を取り直すように続ける。
「本来であれば、正面突破は我が方の面子のためにもこちらで何とかしたいところだが、乱戦になれば陽の気は使えぬだろう。むしろ、最初だけ協力してくれれば良いくらいだ。道が開ければ、あとは我らでなんとかする。」
「乱戦に縺れ込んだら俺は役立たずだろうが、人界の妖は使ってくれ。その為に連れてきた。先陣は俺が切る。」
結局、柊士の鶴の一声で、柊士本人が行くことに決まってしまった。
俺のことを黙らせておいて、横暴だ。
「しかし、敵勢力は徹底的に殲滅したいところですが、鎮圧には時が必要でしょう。その間にも白月様に薬を盛られるような事があれば……」
泰峨の副官だろうか。ずっと側に立っていた男が懸念を口にする。
確かにその通りだ。もう既に手遅れである可能性もあるが、まだ救えるのであれば、記憶を消される前に一刻も早く助け出したい。
「じゃあ、そっちは俺が行くよ。」
「……もう、お前、ホント黙っててくれよ……」
柊士が疲れたような声を出す。
でも、黙るつもりなんてない。ここで何も出来なければ、何のために来たのかわからなくなる。
「柊ちゃん達が正面から攻撃を仕掛けて手薄になった建物に忍び込んで、ハクを見つければいいんだろ。柊ちゃん達が派手にやってくれればそれだけ安全になるだろうし、それくらいやらせてよ。じゃなきゃ、なんと言われようと、俺も正面突破に加わるから。」
そう言い放つと、柊士は表情を歪め、苦々しげにこちらを睨んだ。しかし、苦言を呈そうとしたのか、その口を開いた途端、俺の背後でそれを肯定する亘の声が聞こえた。
「奏太様の言に乗るのは癪ですが、奏太様が中へ潜入するもは私も賛成です。」
……何で癪なんだよ。
「お前は、自分で白月を救出したいだけだろうが。」
柊士が呆れたように言うと、亘は首を縦に振る。
「仰るとおりですが、同時に、先程のように、思いつきで何を仕出かすかわからない奏太様を戦場に放つことをしたくない、というのも理由の一つです。あまりにも恐ろしすぎます。
かと言って、陣の後方で大人しくなどしていてくださる気がしません。
戦場で思いもしない行動を取られるくらいならば、適度な役割を担っていただいていたほうが、柊士様にとっても精神衛生上よろしいでしょう。私にとっても、ですが。」
……いや……言い方……
「それはそうだが、中も安全とは言えないだろう。」
「私が必ず御守りします。ついでに、奏太様の護りに人界の妖を数名お貸しください。狭い建物内です。それほど多くは必要ありません。」
柊士は亘の言葉に訝しげに眉間に皺を寄せたあと、鋭い視線をこちらに向ける。
「お前、マジで余計なことすんなよ。自分の身が危ないと思ったら何を置いても逃げろ、無茶すんな、周囲の連中の言う事をよく聞いて、勝手な真似は絶対にするな。それから……」
はじめてのおつかいに送り出される子どもを相手にするが如く、柊士はくどくどと注意事項を並べ立てる。
一応、俺が行くことを許可しようとしてくれているのだとは思うが、まるで母さんのようだ。
柊士と亘の俺への信頼は、どうやら先程の遼との一件を経て地に落ちたようだった。
あんまりにも長くて、同じような言葉がループするので、うんざりしながら適当に相槌をうっていたら、イラッとした柊士にバシっと頭を叩かれた。
柊士とそんなやり取りをしていると、不意に、兵の中から女性の声が響いた。
「泰峨様、私と桔梗も、奏太殿に同行させてください。」
進み出て、泰峨の前に膝をついたのは、いつもハクを背後から守っていた凪だった。表情を強張らせ、じっと真剣な眼差しを泰峨にむけている。
「どうか、汚名返上の機会を我らに。」
「……我が方から白月様をお迎えに上がる者を選ぶとすれば、其方らが適任であろうな。何名か連れて行け。」
「承知しました。機を御与えくださること、感謝いたします。」
一通り行動計画が決まると、俺達はそれぞれが配置につく。
近衛と柊士達本隊は寺の正面から押し入り、柊士が陽の気を放ち乱れたところを連合軍が雪崩込んでいくことになる。
俺や亘は凪達別働隊と共に、開戦後に本隊から離れた場所からこっそり建物内に入り、ハクを探すのだ。
じりじりした気持ちで待機していると、程なく寺院の正面の方から、開戦したと思われる大きなどよめきが響いた。
「行こう!」
俺が言うと、亘は小さく首を横に振る。
「まだです。あちらにある程度兵が引き寄せられるまで待ちます。」
「……どれくらい?」
「然程長くは待ちません。もうしばらくお待ちを。」
出鼻を挫かれて不満を顔に浮かべる俺に、亘は苦笑しながら答えた。
そのやり取りを見ていた桔梗が、目を丸くする。
「白月様と奏太殿は血縁関係にあると伺いましたが、こういう時の言動はそっくりですね。」
……は?
結ちゃんのときには深い関わりはあんまり無かったし、ハクとも出会って期間は短い。
でも、この短い期間でも、ハクは深く考えるよりもまず体が先に動くタイプだということは何となくわかってきた。
少なくとも俺は、あれ程考えなしではない。
……たぶん。
「俺、あんなに無鉄砲じゃないと思うんだけど……」
俺が抗議の姿勢を示そうとすると、亘はククっと笑いをこぼす。
「十分、無鉄砲ですよ。先程も言った通り、結様も、奏太様も、柊士様も、です。結様はこちらに来てからもお変わりないのですね。」
亘は懐かしそうに目を細めた。
そんな顔をされたせいで、何だか言い返す気を削がれてしまった。
しばらく遠くから廃寺の様子を眺めていたのだが、次第に塀の近くや上にいた蛙たちが寺の正面に引き寄せられるように、一匹、また一匹と姿を消していく。
亘がそっと近づいて刀を振い、残った蛙がギャっと声を上げて塀の上から転げ落ちると、亘は周囲を確認した上でこちらに向かって手招きをした。
「もう良いでしょう。鷲の姿に変わると目立つので、このまま持ち上げます。」
寺の外塀まで近寄ると、亘は自分の背から羽をはやし、背中側から俺の脇の下に腕を回す。
ぐいっと持ち上げられて塀の奥に降り立つと、そこにはガランとした庭が広がっていた。
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