第56話 洞窟の戦い③

 俺は亘に制止される前に遼達の前に飛び出し、パチンと手を打ち付ける。


 戦場の乱戦状態では陽の気を使えないが、今はうまい具合に出口に敵の兵が固まっている。陽の気を使うなら好機だ。


 土壁に背をつけ、背後を取られないようにしながら、俺は陽の気を思い切り遼達の方へ向けて放った。


 不意を突かれた敵方の兵士は、俺の動きに対応できずに、ギャアと声を上げる。

 しかし、負傷はしつつも、直ぐに俺から距離をとって態勢を立て直した。


 別にそれならそれでいい。俺の目的は敵兵を焼き尽くすことじゃない。自分の安全を確保しつつ、遼を引きつけることだ。


 上手く挑発して隙を作ることができれば、こちら側の兵達は陽の気を気にせずに動くことができる。


 チラッと味方の方に目を向けると、柊士や蒼穹達が、驚いたような表情を浮かべ、亘がハラハラしたようにこちらを見ていた。


 ある程度敵兵を退けることができると、俺は陽の気を発するのを一時的に止める。陽の気を放出するには体力がいる。無駄遣いはできない。

 ただ、何時でも攻撃できるように構えた状態で、冷たい視線をこちらに向けている遼をじっと見据えた。


「ねえ、遼ちゃんさ、もう結ちゃんのこと、諦めたら? フラれたのに執着するなんて見苦しいと思わない?」


 俺は努めて、目一杯意地悪く聞こえるように言い放つ。それに、遼は僅かに眉根を寄せる。


「はぁ? 俺のもとに居るのに、フラれたも何も無いだろ。」

「でも、拒否されてるんだろ。大事にしてるものを奪ったんだから当たり前だと思うけど。力で従わせて無理矢理連れ戻すなんて、虚しくならないの?」


 遼はイラッとしたように、先程よりも更に顔を歪める。どうやら、ハクに拒絶されている自覚がないわけではないらしい。


「今の結は、本来の結じゃない。余計なノイズがあるせいで正常な判断が出来ないだけだ。」

「本来の結ちゃんなんて、もう居ないし戻って来ないよ。いるのはハクだけなんだから。」

「だから、白月の記憶を消して、やり直すっ言ってんだろうが。」


 へぇ。記憶を消すから、ハクの存在は消えてなくなる。いなくなれば結ちゃんはもどってくる、と。

 それで本当に遼が望む関係は手に入るのだろうか。遼の中には、ハクの記憶を消した、という事実が残り続けるのに。


「それってただの欺瞞だろ? ハクが望んでいるのは、幻妖宮に帰ることだ。自分もハクも騙して一緒にいようだなんて、本当にそれで満足なの?俺からしたら、ハクはもちろん、本当の意味で愛されることのない遼ちゃんも、二人共可哀想すぎるんだけど。」


 分かりやすく憐れんで見せると、遼が奥歯を噛み締めて鳴らしたのが分かった。


「貸せ!」


 遼は乱暴に近くにいた兵士の刀を無理矢理奪い取る。


 そして、ツカツカとこちらへ歩みよると、俺の喉元に刀を突きつけた。


「お前、もう黙れよ。」


 突きつけられた切っ先に、ゴクリとつばを飲み込む。


 でも、ここで引くわけにはいかない。十分隙は作れているはずだが、味方にまだ動きがない。

 本当はそれも確認したいところだが、遼から目を離して思惑に気づかれては困る。


 亘や他の者達を信じるしかない。


 俺はじっと目を逸らさずに遼を見据えた。


「……図星を突かれたからって、ハクにしたのと同じように暴力に訴えて従わせるの? そんなことするから嫌われ……」

「黙れって言ってんだろ!!」


 遼はそう言うと、俺に向かって思い切り刀を振り上げる。


 瞬間、遼の向こう側で白い光の粒が迸り、亘が遼の真後ろで刀を振り下ろしたのが目に入った。


 遼がその場で刀を取り落として崩れ落ちる。


 ただ、亘はそれを見向きもせずに、物凄い形相を浮べて乱暴に俺の腕を引き背後に隠すように立って刀を構えた。


「私を殺す気ですか!?」


 亘は周囲を警戒しながら、背にいる俺に叫ぶように言う。


「……いや、殺されかけたのは俺なんだけど……」


 安堵の息を吐きながら呆れ半分にそう言うと、亘はイラッとしたのか声に怒気を混ぜた。


「貴方が死んだら、私は確実に自分の腹を切らねばなりません! 無茶をなさらないでくださいと言ったでしょう! 一体今まで何を聞いていたのです!」


 その言い方もどうかと思うが、一応勝手に飛び出したという意味では、半分くらいは悪かったと思っている。だから、


「それは、ごめん。」


とひとまず謝ると、亘は怒りに任せ、これ見よがしに大きなため息を一つついた。


 少し前に、“命を賭してお仕えすべき方”と言われた気がするが、それにしては対応が雑では無かろうか。


 ……まあ、護衛対象……つまり俺が、勝手な行動を取ったせいなんだろうけど……


 そんな話をしているうちに、柊士の陽の気に晒された多くの敵兵が地面に倒れ伏し、残った者達を、人界、朝廷の連合軍が圧倒し始めたのが目に入ってきた。


 亘もそれを感じ取ったのだろう。周囲の状況に目を配りつつ、


「全く、奏太様は結様のような愛らしさが微塵もないにも関わらず、こういうところばかり結様にそっくりですね。柊士様もですが。淕が泣く理由もよく理解できます。最初の大君の血筋もあるのでしょうが、奏太様方の代は特に酷い。」


と文句を言い出した。


 ……そんな言い方をしなくても……


「ひとまず、状況を打開できたんだから良いだろ。」

「そういう問題ではありません。ほら、よく御覧なさい。従兄様が鬼の形相ですよ。」


 亘に言われて視線を前に移すと、確かに鬼かと思うくらいの怒りの表情をくっきりと浮べた柊士が、陽の気の放出をやめて、こちらに歩みを進めてくるところだった。


 思わず一歩下がり、柊士の視線から逃れるように亘の影に隠れようとする。

 が、柊士がこちらにたどり着く前に、


「……ふざけんなよ、クソが。」


という小さな声がすぐ近くから聞こえた。


 それと同時に、パン、と弱々しく手が打ち付けられる音がする。


「亘!」


 俺が叫ぶと、亘は承知したように側に落ちていたカーテンを拾い上げて広げた。


 しかし、遼は陽の気を発するのではなく、見計らったかのように勢いよく刀を握り立ち上がる。

 まずい、と思ったときには、本当に負傷しているのかと思うほどの力で腕を掴まれ、ぐいっと引き寄せられた。

 更に、背中側に腕をねじりあげられ、背に刀が当てられる。


「っ痛!」


 遼勢いのまま刀を突きつけたせいで、切っ先が僅かに刺さったのだろう。鋭い痛みが走る。


 背後から遼の荒い息遣いが聞こえてくる。満身創痍であることは間違いないのだろう。それなのに、驚くほど強い力で振り払うことができない。


「止まれ! 武器を降ろせ! さもないと、コイツを殺すぞ!!」


 遼が声を張り上げると、それに気づいた人界の妖から次第に動きを止め、敵兵から距離を取りながら武器をおろしていく。


 朝廷の兵達は、戸惑うように両者を見比べていた。


 虚をつかれた亘は、悔しそうに顔を歪めてこちらを睨みつけている。柊士も同様だ。苦虫を噛み潰したような表情をしている。


 あと一歩だったのに、少しの油断で遼に捕まるなんて、申し訳無さや悔しさが同時に湧き上がってくる。


 でも、抵抗を許されないまま、俺は遼に引っ張られるように、味方と向き合いながらじりじりと後退させられた。

 完全に敵兵の中に引き込まれると、


「一度退くぞ。」


という声が背中側から聞こえた。

 瞬間、ドンと背から突き飛ばされる。


「奏太様!」


 焦ったような亘の声に顔をあげると、背後から突風が吹き付けた。


「逃げるのか! 遼!!」


 柊士の怒声が周囲に響き渡る。


 見ると、複数の鳥が空に舞い上がり、遼はその内の一羽の背にもたれかかるように乗っていた。


「悪いかよ。クソが。」


 風に消されそうな声が小さくこちらに届いた。

 遼達は、そのまま遥か上空へ舞い上がる。


「追うぞ!!」


 泰峨の声が響くと、了承したように、一部の兵が鳥の姿に変わり、泰峨や数名の兵士がそれに飛び乗った。


「蒼穹! この場は任せるぞ!」


 遼達は飛び去って行ったが、外で戦っていた者達の残党は未だ抵抗を続けている。

 軍団はこれを収める必要がある。


「はっ! お任せを!」


 蒼穹の返事を受けると、泰峨は頷いて地面から飛び立った。

 それに合わせ、人界の妖に呼びかける柊士の声も響く。


「行くぞ!」

「亘! 俺達も行こう!」


 俺がそう言うと、亘は忌々しそうな表情を浮べてこちらを見ながら、


「……承知しました……」


と、渋々といった様子で頷いた。


 大鷲の姿に変わった亘の背に跨って飛び立つと、亘は再び、ハアと深いため息をついた。

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