第47話 家の灯り①

「裏切り者共の調査はこちらで進める。其方らは、一度人界へ戻れ。蒼穹、ここに居る者の中から同行する者の人選を。」

「はっ。」


 信用出来る者が誰かがわからない以上、変にこの部屋の外の者をつけるわけにはいかないのだろう。

 結局、先程、藤嵩に言伝てに出向いていた橘という者と、榊と蘇枋という二人が俺達につけられることになった。


「こちらとしても、この三人を行かせるのは手痛いのだが、身元も当時の状況からも信頼できる者たちだ。青嗣のようにはさせぬ。安心せよ。」


 蒼穹は固い表情を浮かべてそう言った。


 青嗣が裏切ったという事実と、同じ状態の者が複数いる可能性があるという事態が、より混乱を招き味方の中に不信感を広げていく。


 この状況も、さっさと解決しなければならない問題だ。


 ……うまくいくと良いけど。


 そう思いながら、小さく息を吐き出した。



 橘達三人に連れられて穴から外に出ると、周囲はすでに暗く帳が下ろされ、パチパチと爆ぜる松明に穴の周囲だけが明るくてらされていた。


 もうすっかり夜になってしまった。

 人界の皆は大丈夫だろうか……


 そう思った時だった。


「……奏太……!」


 不意に、絞り出すような苦々しげな声が近くで響いた。

 聞き覚えのある声にゾワッと鳥肌がたつ。

 この感覚は二度目だ。しかも、全く同じ人物の声で……


 声のした方を見ると、青嗣がギリと歯軋りをし、忌々しげにこちらを睨みつけているのが目に入った。


 京が陽の気に焼かれている間、青嗣の姿は俺達の近くには居なかったし、遼と共に戻ってきたわけでもなかった。

 そして、何食わぬ顔で戻ってきてからは蒼穹の命で行方不明者の捜査を任されていたのだと聞いた。


 きっと遼達と合流することなく、俺達が逃げたという情報も共有されていなかったのだろう。


 まんまと、蒼穹からの招集に応じて戻ってきたというわけだ。


「我らを謀ったのか……!」


 青嗣は周囲に視線を走らせ、吐き捨てるようにそう言う。

 瞬間、腰の刀に手をかけ、一直線にこちらへ駆け出そうとダンと足を踏み出した。


 咄嗟のことに、目を大きく見開いたまま体が固まる。


 しかしすぐに、榊と蘇枋が守るように俺と青嗣の間に入り、周囲にいた者達が青嗣に飛びかかって地面にドッと全身を押さえつけた。


 青嗣は顔を地面に擦りつけながら、怒りに満ちた目で俺を睨みつける。


「糞餓鬼が……! さっさと始末しておくのだった!」


 今までのように余裕のある態度でも、子どもだとこちらを侮るような視線でもない。その目には憎悪が湛えられていた。それに気圧されて、思わず一歩後に下がる。


 でも、こっちにだって言いたいことはある。


「……さ、先に騙して裏切ったのはそっちだろ!  ハクのことも、ここに居る皆のことも!」

「黙れ! 餓鬼にいったい何が分かる!」


 青嗣の背景なんて何もわからない。それでも、青嗣達がしたことなら分かる。

 そしてそれは、到底許していいような話ではない。


 俺は奥歯を噛み、更に言い返そうと一歩を踏み出す。

 しかし、不意にグイッと柊士に腕を引かれた。


「そんなやつに関わるな。俺達にはもっと他にやるべきことがある。どうせ、そいつはもう終わりだ。あとは妖界の者たちに任せればいい。」

「でも……」


 湧き上がってくる怒りをぶつけたい思いに駆られながら、青嗣の方に視線を戻す。


 しかし、柊士の言葉の通り、青嗣は無理やりに立たされ、複数の兵士達に連行されようとしているところだった。


「お前らのような者が居るから、全てが狂っていくのだ! 人界の者が妖界に余計な手出しをするな!」


 青嗣は叫ぶように悪態をつく。

 でも、そんな言葉が俺や柊士はもちろん、周りの者達にも響くわけがない。


 引き摺られるように連れて行かれる青嗣に、なんとも言えない苦い思いがこみ上げてきた。


「アイツが騒いだせいで、こちらの動きに気づいて取り逃がす者が出てくるかもな。」


 柊士が舌打ちをしながらポツリと呟いた。



 青嗣が何処に連れて行かれて、どういう処遇を受けるのかは知らない。

 気にならないと言ったら嘘になる。今まで自分が聞いたり体験したことを思えば、妖界での罪人の処分は人界のそれよりきっと残酷だ。


 でも、自分達を陥れた者の行く末がどうなるかなんて気に病んだって仕方のないことだとも思う。


 あのまま放置していたら、きっともっと悪い事が起こっていたのだろうから。


 大きな鳥の姿に変わった橘達に乗って、ぐんぐん遠くなる避難所の明かりを振り返りながら、そう自分に言い聞かせた。



 俺達は、幻妖京の上空から人界へ抜ける。


 出た先は、遠くの山間から町明かりと思われる光が辛うじて見えるような、人気などあるはずもない鬱蒼とした山々に囲まれた場所だった。

 そういう場所でもなければ、きっと今頃は人界で大騒ぎになっていたことだろう。

 ある意味では、不幸中の幸いだったのかもしれない。


 ただ一方で、ここが何処かがわからない以上、どうやって帰ったらいいかがわからない。


 そう思っていると、夜の帳に閉ざされた暗闇の中で、眩しいくらいの小さな光が視線の端に映った。


 その光に、柊士の顔と手元がくっきりと照らされている。


「……スマホ、持ってたんだ……」

「まあ、寝るとき以外は常にポケットに入ってるからな。妖界では意味がないから奪われるようなことも無かったし。」

「……そうなんだ……」


 何だか、急に現実世界に戻ってきたような感じがして、どっと疲れが押し寄せてくる。


「ただ、ここは圏外だ。もう少し、町に近づかないとダメだな。あっちの明かりが見える方に近づいてくれないか?」

「そうすれば、行き先がわかるのか?」


 柊士を乗せていた蘇枋が僅かに首を傾げる。


「ああ、電波が届けば、案内できる。」

「承知した。では、ひとまずあそこまで行ってみるとしよう。」


 街明かりがはっきり見える場所まで行くと、今度はきちんと電波が届いたようで、自分達の居場所がどこなのかがようやくハッキリとした。


 そこは、俺達の住んでいる場所から二時間くらい飛ばなければつかないような場所だった。

 幻妖宮のハクの部屋から繋がるのが学校なのに、京の上空だとこれだ。やっぱり法則性がよくわからない。


「人界の物はそのような事までわかるのか。便利なものだな……」


 橘は感心したように、眩い光を放つ小さな箱に目を向けて呟いた。


 そこから先は柊士のナビに従って飛んでいく。人目につかないように、街を避けて飛んでいくので、想定よりも時間がかかる。

 通常であれば、その程度の空の旅なんて亘で慣れたものなのだが、それ以前の疲労の積み重ねが響いていたのだろう。

 ようやく見知った町に差し掛かった頃には、心身ともにヘトヘトになっていた。


 でも、そうやって辿り着いた故郷で、焼け崩れ変わり果てた本家の惨状を目の当たりにし、そんな疲れも忘れるくらいに愕然とすることとなった。


 降り立ったその場所は、ぽっかりと穴が空いたように暗い闇に包まれている。

 門柱に規制線が張られ、黒く焼け焦げた家の骨格と瓦礫が残るだけだ。


 遼に家から連れ出され、燃え盛る火に夜空が照らされているのをみた時から、そんなことは知っていたはずだった。

 それなのに、妖界にいる間に、それでも何処かで人界は今までどおりに回っていて、戻れば安心できる場所が待っているのだと、漠然とそんな気になっていた。


 でも実際に目の前に広がった光景に、妖界で起こっていた悪夢が逃げようのない事実だったのだと突きつけられたような、そんな苦く重苦しい思いが心の中にのしかかった。


 誰もいない。何もない。

 まるで、焼け落ちた幻妖京の一部をここに持ってきたようにも見えた。


「……家が焼かれ、父親が刺されたのだと、そう言っていたな。」

「これでは、どこも同じではないか……」


 橘と榊のそんな声が、何だか遠くに聞こえたような気がした。



「奏太、お前の家に行こう。叔父さんに状況を聞いたほうがいい。」


 不意に、酷く冷静な柊士の声が耳に届いた。

 実家がこんな状態になって辛くないはずなんてないのに、柊士は真っ直ぐにその暗がりを見据えている。


 ふと、ここがこんな状態で、自分の家は本当に大丈夫なのだろうかと、そんな不安が心を過ぎった。


「……うん。」


 緊張気味にそれだけをようやく返すと、柊士はそれを察したように、静かに、しかし、安心させるようにハッキリと、


「大丈夫だ。叔父さんも叔母さんも。」


と言って俺の背を軽く叩いた。

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