第46話 協力の要請③

「蝣仁、瑛怜と話をしたい。ついでに泰峨も呼んでくれ。近衛にも関わる話だろう。」

「承知しました。」

「ここに居る者達もこのまま残す。情報の流出をできる限り抑えたい。」


 翠雨がそれぞれに指示を出していくのを何気なく眺めていると、柊士に肘でトンと小突かれた。


「ぼーっとするな。ここは人界じゃないんだぞ。」


 そうは言われても、伝えることは伝えたし、ある程度の方針が出なければ、俺達に出来ることはない。


 ハクを助けたいというはやる気持ちはあるものの、一方で自分の体力が削られた状態であることも、否応なしに感じている。


 特に、今まで陰の気が体に溜まってそれどころじゃなかったし、必死に逃げていたから気にならなかったが、ひとまず害される心配のない状況でじっと座っていた為に、空腹感が出てきているのだ。

 森で川の水を飲んだが、そんなので満たされる訳が無い。


「柊ちゃんはお腹すかないの? ずっと張り詰めた状態で疲れないの?」


 そう尋ねてみたが、柊士は何も言わずに少しだけ肩を竦める。


「もう少しの辛抱だ。何れにせよ、俺達は一度人界に戻ったほうがいい。人界の妖を連れてくる必要もあるし、あちらに戦いの役に立つものがあるかも知れない。」

「……それはそうだけど……」


 意識し始めたら、頭の外に追い出すのは難しい。ハアと息を吐いていると、蒼穹がふっとこちらを覗き込むように見た。


「ああ、そうか。人界の者は飲み食いせねば生きていけないのだったな。何か用意させるか?」


 こちらの会話を聞いて気を利かせて声をかけてくれたのだろう。

 俺はそれに真っ先に飛びつこうとしたのだが、物を言う前に柊士に制止された。


「陰の気を取り込むという意味では、あまりこちらのものを飲み食いしない方がいい。それよりも、この枷を取ってもらえないか? 要人がいる前では難しいと言うなら、場所を変えるでもいい。少し実験しておきたいことがある。」


 あっさり別の要求にすり替えた柊士を、俺は忌々しい思いで見やる。

 が、やはり柊士はこちらを完全に無視して蒼穹との会話を進めていく。


 ……こういうところ、伯父さんにそっくりだ。


 俺は心の中で小さく悪態をついた。


「場所を変えるならば枷を取るのは構わぬが、今はここを動くことが出来ぬからな……」


 柊士の要求に、蒼穹は僅かに眉尻を下げる。しかし、すぐに別の方向から声が飛んできた。


「外してやれ。その者らの協力は不可欠だ。こちらが先に信用せずにどうする。」


 一通り指示を出し終わったのだろう。翠雨はこちらに視線を戻し、僅かに身を乗り出していた。


「それよりも、実験とは何だ。」


 どうやら、少し前から聞いていたらしい。

 柊士は翠雨と蒼穹を交互に見てから、考えをまとめるように口を開く。


「妖界にあるものは、妖も植物も、あらゆるものが陽の気に脆い。だからこそ、陽の気は妖にとっては最大の脅威だ。でも、人界の物はいくら陽の気に晒されても燃えることはない。人界の物で、どの程度妖界の物を陽の気から守ることができるのかを調べておきたいんだ。ある程度人界の物で防げるなら、脅威の防御策になり得る。」


 それに、翠雨は1つ頷いた。


「なるほど。そういえば、白月様は人界の着物で璃耀を包んで連れてこられたな。白月様も同じように考えられたのだろう。」

「効果はあったのか?」

「いや、璃耀の外傷が、人界の物で守る前に受けたものか、守られたあとに受けたものかが分からぬ。」

「じゃあ、やっぱり試してみたほうがいいな。場合によっては、人界の妖を連れてくるついでに、人界で物資をかき集めてこよう。」


 柊士の言葉に、翠雨はすぐに実験ができるよう周囲の者に指示を出す。上位者がいるとやっぱり話が早い。


 翠雨も見ておきたいと言うので、実験は今までいた部屋でそのまま行われる事になった。

 俺達の手枷は無事に外されている。

 陽の気で焼く対象は、どこぞで拾った木切れだ。


「奏太、お前、上を脱げ。」

「え、俺、これしか着てないんだけど。」


 柊士に言われ、俺は着ていたスウェットシャツを見下ろす。

 木切れを包む布として使うつもりだろうが、言い出した柊士が自分の物を使えばいいのでは……


 そう思っていると、柊士はクイっと自分の服と俺の服を親指で指し示した。


「ちょうど俺が黒、お前が白だ。白と黒で効果が違うのかも見てみたい。」

「え、いや、色の違いで効果に違いって、日焼けじゃないんだから……」


 戸惑うように柊士を見ると、当の本人は至極真面目な表情でこちらを見返す。


「陽の気に焼かれるって事は、要は日光に焼けてるって事だろうが。」

「え、まさか、本気で日焼け止め対策で何とかしようとしてるってこと?」

「実験の効果があれば、だ。理屈としては、日を避けるんだから、同じだろ。」


 いや、それはそうかも知れないけど、そんなに単純なことなのだろうか……


 何となく釈然としないまま首を傾げる俺をよそに、柊士はさっさと上に着ていた服を脱ぐ。しかも、その下にはちゃっかり薄手のTシャツを着ている。


「柊ちゃんのTシャツだって白じゃん!」

「生地の薄さが違いすぎるだろ。ごちゃごちゃ言わずに早く脱げよ。」


 柊士はなかなか脱ごうとしない俺に、だんだん不機嫌そうな様子を見せ始める。


 この場で唯一の身内であり年長者である柊士に、このまま逆らい続けてたって、きっと良いことは無いだろう。


 俺はしぶしぶ、着ていた服を脱いで柊士に手渡した。


 Tシャツ姿の柊二を除き、この空間にいるすべての者が厚手の着物を着込むか完全武装している中で、俺だけが上半身裸だ。

 全く納得がいかない。


「じゃあ、やるか。」


 柊士は俺のことなんて完全に無視してそう言うと、木切れを受け取り、自分の着ていた黒い服で木切れを包んだ。


 ……裸の俺を気遣って、白い方を先にやってくれてもいいんじゃ……


とは思ったものの、小心者なので言い出せない。


 恨めしい思いで柊士に目を向けると、柊士は床にそれを置いて少しだけ離れ、パンと手を一度打ち鳴らした。


 そういえば、柊士が陽の気を使うところを初めて見る。


 聞き覚えのある祝詞を小声で唱えると、その手からキラキラした白い光が溢れ出て、黒い服に向かっていった。


 当たり前だが、黒い服自体には何の変化も起こらない。


 しばらくすると、柊士は祝詞を唱えるのをやめ、


「こんなもんだろ。」


と言いながら、黒い服の下から木切れを取り出した。


「うーん……特に変化はない……か?」


 柊士は木切れをじっと見つめ、裏表をクルクルひっくり返しながら見ていく。

 それに翠雨もツカツカと歩み寄った。


「こちらにも見せろ。」


 木切れを受け取った翠雨も、同じように木切れをクルクルと回しながらじっくりと観察する。


「いや、僅かにではあるが、変色しているようにも見える。確かに、直接的に当てるよりは随分マシだとは思うが。」


 そう言いながら、木切れを蒼穹に渡す。


 周囲がその言葉に静かに興奮してざわめいた。

 ある程度であろうとも、陽の気の影響を抑える方法があるのと無いのとでは大違いだ。少しだけ、希望の光が見えてくる。


 黒の服に包まれた木切れが回覧されている間に、更に別の木切れが柊士に渡された。

 そして今度は俺が着ていた白い服に包まれる。


 同じように柊士はパンと手を打ち鳴らし、陽のの気を注いだ。

 多分、同じくらいの時間を当てただろうと思った頃、柊士もピタリと祝詞を止める。


 包まれた木切れを手に取り、柊士はそれをしげしげと眺めた。


 それから不意に、


「見ろよ、奏太。」


と、ポンと俺の方に木切れを放った。


 うまくキャッチして、手の中木切れに目を向ける。背後から、翠雨もそれを覗き込んだ。


「先程よりも、更に色が変わっているように見えるな。」


 確かに翠雨が言うように、白い服から出てきた木切れは、結構はっきりと日に焼けたように変色している。


「ほら、やっぱり、日焼けだろ。」


 柊士は我が意を得たりとばかりにニヤリと笑った。


「最悪、遮光カーテンでも大量に仕入れて加工しなきゃならないかと思ったが、厚手の黒い服を重ね着するくらいで十分対応できるかもな。全身覆わなきゃならないのが厄介だが。あとは、日焼け止め対策がどこまで効くかは試してみたいが、そのへんは人界に戻ってからか……」


 ……何だか、本来の目的を他所に柊士は楽しそうだ。


 普段見ることのない、理科の実験に目を輝かせる少年のような柊士の表情に、呆れた溜め息が小さく漏れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る