第176話 侵入者の相談②

 ドッタンバッタンと大騒ぎをした結果、両親に本家へ通報された。更に武官が数人やってきて母が怖がったこともあり、外の見張りを残したまま、俺と亘と巽、そして侵入者は本家へ連行。疲れ切った顔の柊士の前に並べられることになった。侵入者は太いロープでぐるぐる巻きにされ、武官二人に取り押さえられている状態だ。


「―――それで?」


 柊士の冷えた声がとても怖い。


「えーっと……だから……」


 悪いことは何もしてないはずなのに、俺は言い訳がましく見覚えのない小男が部屋に入ってこようとした顛末を説明する。亘が侵入者を殺そうとしたとか、止めようとした巽に手を上げたとかは全部省略だ。巽も黙っていてくれているし、小男も空気を読んだようにただただじっと聞いていた。


「外には見張りがいたはずだ。それに、巽が階下へ様子を見に行っていたのだろう。どうやって侵入した?」


 淕が厳しい声音で問うと、小男は小さく肩を震わせたあと恐る恐る口を開く。


「……あの……私、力は全然ないのですが、気配を消して動くのだけは得意でして……そこの方が玄関を開けて外の様子を窺おうと扉を出るのと入れ違いに……その……」


 小男の言葉に、淕はジロっと巽を睨んだ。

 

「気づかず、侵入者を中に引き入れたと言うわけか」

「……面目次第もございません……」


 項垂れる巽に小男は気まずそうな顔をする。

 

「あ……あの……私がこんなことを申し上げるのはなんですが、結界などで出入りが厳重に制限されたような場所でなければ普通は気づかないと思います……」


 それからチラリと亘の方に目を向けた。


「人の民家で部屋に入る直前に止められたのは初めてでしたし…………むしろ、そちらの方が特殊なのではと……」

「……人の民家への侵入、ね。叩けば簡単に埃がでそうだな」


 柊士が耳ざとく小男の言葉を拾い上げると、しまったという顔で小男は口を噤んだ。柊士が淕に視線を移すと、優秀で忠実な護衛役は心得たように頷く。会話がなくとも、きっちり指示は伝わったらしい。

 

「それにしても、こいつ一人に随分な大捕物だったようだな? 外の護衛が窓を割っての突入を考え、叔父さんが身の危険を感じて慌てて電話してくるくらいに」 

「あ、あぁ~……うん……そうだね……」


 それに関しては、完全に身内のいざこざだ。関係無い訳ではないが、この小男はただただ家に侵入して亘に取り押さえられていただけ。

 何と答えれば良いのかわからず曖昧に語尾を誤魔化してみたものの、柊士の疑わし気な視線に耐えきれず、俺はそっと目を逸らした。無言で見つめられているのがわかって内心冷や汗をかいていると、思い切り深い溜め息が返ってきた。


「――それで、お前の目的は何だ?」


 柊士は俺を追求するのを諦めたのか、小男の方に注意を戻す。


「……そ……その……対価となったお守りを御返しするので、行商人から買い上げた水晶玉を返して頂けないかと……思いまして……」


 『水晶玉』の言葉に、皆の空気が一気にピリッと張り詰めた。あの水晶玉が使われたおかげで随分と酷い目にあわされた。できるだけもう聞きたくない言葉だ。

 

 それに、『対価となった御守り』。思い当たるのは、俺が水晶玉を行商人から買い取ったときに、陽の気を奪われた御守だ。確かにあの時、行商人はあれを『お代』だと言っていた。

 

 柊士に確認するような目を向けられて、俺はコクリと頷いて見せた。


 あれだけの騒動に使われた水晶玉のうち、俺が買ったものは未だハクの中にあるか、ハクの意識が戻ったあとに妖界で取り出されたかしているだろう。少なくとも、人界に戻ってきたとは聞いていない。

 鬼の魂をハクの体から取り出すために使ったものは、妖界で翠雨によって割られ破片も残さず処分されたと巽が平身低頭で教えてくれた。

 今人界にあるのは、湊が最初にハクの魂を鬼の体に移した時に使用したものだけだ。それも、最重要危険物として厳重に管理されていると聞いた。

 生きた者の魂を取り出すなんて、最初に思った通り、やっぱり碌でもなかった。二度と日の目を見ることはないと祈りたい。

 

「あれをどうするつもりだ?」


 柊士が低い声で問いかける。

 

「分解して仕組みを調べます」

「……は?」


 意味を理解するまでに数秒。

 不穏な空気が流れる中、一体何に使うつもりかと緊張しながら聞いたのに、まさか分解すると言われるとは思わなかった。


「仕組みを調べてどうする?」


 重ねられた柊士の問にハッとして小男を見ると、不思議そうに首を傾げているのが目に入った。


「どうすると言われましても……それで終わりです。誰かの魂を抜く趣味はありませんし。応用がきくなら別の何かを作るのに活かせたらいいかなというだけで」

「ほう、呪物を作るつもりか」


 目を細くし凄みのある声をだしたのは淕だった。


「じゅ……呪物を作ること自体は禁忌ではないはずです! 私は人や妖の危険となるようなものを作るつもりは毛頭……」

「危険かどうかは使う者による。製作者の意図など関係ない。お前が欲する水晶玉が良い例だ。これ以上、人界の妖を取り締る日向家に厄介事を持ち込むようなことは許さぬ」


 淕は苦虫を思い切り噛み潰したような表情で言い放つ。『日向家に厄介事を』というけれど、今の柊士の様子を見る限り、そこはそのまま『柊士様に厄介事を』に置き換えたほうが良さそうだけど。


「淕、やめろ。呪物の全てが悪じゃないのは確かだ」

「しかし、柊士様……」 


 柊士に止められた淕は、表情を少しだけ柔らげ困ったような顔をする。


「呪物を作ることも所持することも禁止するつもりはない。里の結界を保持するにも、役目の遂行時に目隠しに使うにも、呪物が必要なこともある」


 思いの外いろいろなところ使われているらしいことに、少し驚く。でも、柊士からもらった結の御守もある意味呪物だと聞いた。その範囲まで作成も所持も禁止するのは流石に取り締まりの意味合いでも難しいだろう。


「ただし、あの水晶玉はダメだ。そもそも、行商人から奏太が買い上げたものをお前に返す筋合いはない」

「そんな!」


 小男は悲鳴のような声をあげた。


「あれは、もともと私が購入を約束したものだったのです! 造りを調べたくて対価と引き換えに借りていたのですが、貸出期限を迎えてしまい……買い取るにも金がなく、私が作った呪物を手付け料として渡して、金を貯めたら買い上げるから売らないでおいて欲しいと約束していて……」

 

 それなのに行商人は、約束を反故にして勝手に人の祭りで売りに出して、俺が買うことになったということらしい。


「そういえば、あの時、知人に貸し出していたのが戻ってきたって言ってたな」


 何と言うか、信用が何より大事なのが商売人なんじゃないかと思うけど、あの行商人は結構やりたい放題しているようだ。よく顧客がつくなと思うけど、案外榮のような者には合ったのかもしれない。

 

「……客が普通の人間なら、店に並べていても売ったかどうか怪しいところですが、相手は奏太様でしたからね。守り手様に顔が売れるなら、と思った可能性はあります」


 巽がポツリと、俺だけに呟くように付け加えた。


 あの時の行商人の言葉を肯定するのは癪だけど、必ず必要になる、と言われたのは確かだった。

 あの時もしも俺が買い取っていなければ、ハクは鬼の体に入ったまま死んでいた。亘に買っておけと言われていなかったら……そう思うとゾッとする。


「……呪物は主を呼ぶ……か……」


 口元だけ、そんな呟きが思わず漏れた。俺は、難しい顔で護衛を続ける亘をチラと見やる。呪物に呼ばれたのは、俺だったのか、それとも亘だったのか……


「ようやく金を貯めて行商人に会いに行ってみれば、もう売り払った後だと言われて……手付料代わりの呪物を放るように返され、最初の大君の御血筋の陽の気が入っているのだから釣りがきて余るほどの色はついているだろう、と……文句があるなら自分で交渉してこい、と言われてしまい……」

「やっぱりあの男、碌でもないですね」


 巽の言う通りだ。しかも、その『釣りが来て余るほどの色』は不意打ちで奪われたものだ。


「ですから、守り手様が対価とされた陽の気を、呪物ごとお返ししますので、どうかあの水晶を……」

「行商人とどんなやりとりがあろうと、あれを返すことはできない。何があっても、どんな条件をつけられても、だ」

「そ……そんな……」


 小男は絶望したように、目を大きく見開いたあと、ガクリと項垂れた。


「……そんなにあれの仕組みが知りたかったの?」

「奏太」


 柊士から厳しい声が飛ぶが、小男のあまりの落ち込み様にどうしても気になってしまったのだ。

 小男はバッと顔を上げ、キラキラとした目を俺に向けてくる。


「それはもう! あれほど無駄なく完成されたものを私は知りません! 陽の気や陰の気を籠めるものは作れても、魂を他に移せるような状態で取りだせるようなものは他にありません。あの様なものを創り出せるなんて思いもしませんでした。呪物の研究者としても、創り手としても、実に魅力的な……」


 聞いたのは自分なのだが、滔々と魅力を語り始めた小男のあまりの勢いに、うっと息を呑む。部屋の者たちは皆、面倒な者を見るような目で小男をみていた。


「とにかく、守り手の家と分かっていながら無断で侵入した罪、その他人家に複数侵入した疑い、ついでに、今まで作った呪物の聞き取りもさせてもらおう。連れて行け」


 柊士は未だ話し続ける小男の言葉をピシャリと遮り、そう言い渡した。


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