第122話 大岩様の謎
一通りのお説教が終わった頃、周囲はすっかり暗くなってしまっていた。
今日は祭りの二日目。しかも力比べの日だ。
妖界の面々と、俺や柊士の護衛役だけが残されて、あとはまとめて里に戻る。伯父さんも祭りを優先すると里へ行き、父は、
「お前はもう、余計な事をするなよ」
と柊士や汐のようなことを言って家に帰っていった。
街灯に照らされた神社の境内。その端に、問題の大岩様はあった。
周りを古びた石柵で囲まれていて、人ひとり通れるくらいの小さく開けた場所に鎖が張られている。
石柵の中は、子ども達が数人入ってグルグル周囲をまわれるだけあって広めだ。
淕が鎖を外すと、その周囲を厳重に守られながら、柊士、ハク、俺の三人だけが中に入った。
ハクはペタリと岩肌に触れて目を閉じる。
「……うーん……なんか微量に気が吸い出されてる感じがする。」
そう言いつつ、そうやって触れたままじっと岩に集中する。すると、あるところからハクの手が僅かに光を帯び始め、その光がちょっとずつ強くなってきた様に見えた。しばらくすると、ハクはパッと岩から手を離してまじまじと自分の手を見下ろす。
「時間が経つに連れて、ぐんぐん吸い出される量が多くなってる気がする。」
ハクに言われて、俺と柊士は顔を見合わせた。
それから、同じ様に岩に触れて目を閉じる。
はじめは何も感じなかった。ただ冷たい感触が伝わって来るだけだ。しかし触れているうちに、確かに少しずつ少しずつ、気の力が吸い出されていくような感覚がし始めた。
更に触れている時間が経過する度にズルズルと一度に引き出される量は増えていく。まるで水道の蛇口をちょっとずつ捻って開けていくように。
今は少量で済んでるけど、ずっと触れていたら不味そうだ、そんな思いが湧き上がり、岩肌から手を離す。
すると、柊士も難しそうな顔で自分の手を見下ろしていた。
「大岩様に無闇に触れるな。祭りで大岩様と唱えて回るのは必ず十周。それ以上やれば子どもを盗られる。」
不意に柊士がそう口にする。
聞き覚えのある言葉だ。幼い頃、祭りの度に、口酸っぱく大人たちに言われて、何となく怖いなと思っていた記憶がある。
「そんな言い伝えあったね、そう言えば。」
俺がそう言うと、ハクは岩を見ながらゆっくり首を横に振った。
「言い伝えじゃなかったのかも。自然に陽の気が吸い出されていくって、結構怖い事だよ。何も知らない子どもなら尚更。奏太は陽の気が枯渇して死にかけたでしょう。」
確かにハクの言う通りだ。あの時は吸い出されていったわけではなく、自ら注いだ結果だけど、本当に辛かった。
「妖界の結界石もこうなの?」
俺が問うとハクは思い出すように上を見る。しかし、思い当たる現象はないようで、
「妖界のはこんなことは一度も……」
という返答が返ってくる。
「雪の日に山の神社の地下にあった岩はどうだったんだ? あれも限定的とはいえ結界石だっただろ。お前は直接触れてたはずだ。」
「あの時は注ぐことに必死でそんな事に気が回らなかったよ。……あ、ただ、この前☓☓大社にお詣りに行った時に、あの時の女の子の神様が出てきたんだけど……」
そういえば、と俺は厄払いの時の少女の言葉を思いだす。ただ、言葉を続ける前に、
「そんな話、聞いてないぞ。」
と柊士に睨まれて、うっと息を呑むことになった。
「……父さんも一緒だったし、別に大したことはなかったよ。ただその時、人界の結界石は何か問題があったはずだって言われたんだ。破壊されたかもとか言ってたけど、それなら結界が消えてるはずだから残ってはいるだろうけどって。」
それにハクは考え込むように腕を組む。
「問題かぁ。でも少なくとも、この岩そのものが結界石ってことはないよね。日頃から陽の気を浴びてるわけだし、それならあんなに結界に穴が空くわけないもん。」
そして、もう一度岩にペタリと触れた。
「ちょっと気を注いでみようか。妖界の結界石と違って触れた感じだと陽の気を溜め込んでる感じはないけど、何か変化があるかもしれないし。」
そう言いつつハクは目を閉じる。手を打ち付けることも祝詞を唱えることもない。でも、みるみるうちにハクの手が光を帯び、更に薄くその光が体を包んでいく。
そこでハクが慌てたように目を見開いた。
「ちょ、ごめ……手が……離れない……っ! 気の力がどんどん引き出されてく……!」
俺と柊士はもちろん、俺達三人の会話に入らず様子を見ていた妖連中も慌てて駆け寄る。
「ハク!」
「白月様!」
妖界の者たちがハクを助けようと手を伸ばす。しかしそこで柊士が鋭い声を上げた。
「お前ら、触るな! 奏太!」
柊士に呼びかけられ、俺はコクリと頷く。
ハクの体は今、ハクの中にあった陽の気で包まれているのだ。妖連中には触ることができない。
今この場でハクを岩から引き離せるのは俺と柊士だけだ。
俺達は揃ってハクを助けようと体に触れる。
瞬間、先程よりも更に急激に、ズズッと陽の気を無理やり引き出されていくような感覚がした。しかも、結構な勢いで持っていかれる。
「え、これ……ヤバ……っ」
「何だよ、これ……!」
柊士も焦った様な声を出す。
それでもなんとか足を踏ん張り、俺と柊士でハクの手を岩から引き剥がすと、俺達は三人揃ってその場にへたり込んだ。
「白月様!」「柊士様!」「奏太様!」
それぞれの護衛役達が声を上げて慌てて駆け寄って来る。
「……三人分だぞ。この短時間で三人揃って動けなくなる程の陽の気を一気に……」
柊士が淕に支えられながら言うと、翠雨と凪に支えられたハクもコクリと頷いた。
「……少なくとも、直接触れて注いじゃダメなやつだね……妖界の結界石は、ちゃんと岩に陽の気が溜まっていってるのがわかるのに、これは底なし沼かブラックホールみたい……しかも、こっちから注ぐとぐんぐん奪われる。」
「あんな風に無理やり持っていかれるなんて初めてだ。……万が一、一人で同じことをしてたらただじゃ済まなかったよ……」
俺も、亘に助け起こされながらそう零す。
「結界石かどうかはおいておいても、少し調べた方が良さそうだな。」
柊士がそう言った時だった。
淕が痺れを切らした様に声をあげた。
「どうか今日はもうお控えください。これから祭りも御座います。御三方共その前に少し御休みください。」
「そうです、白月様。この様に動けなくなるまで気を奪われたのです。念のため、戻って紅翅殿に診て頂きましょう。」
「……でもそれだと、祭りに行くことも禁止されそうだけど……」
心配そうにハクの顔を覗き込む凪に、ハクは眉尻を下げてそう言った。
俺達は護衛役達に運ばれながら本家に戻る。力が戻らない状態で空を飛ぶのは危険だし、本家までは大した距離でないこともあって陸路だ。
俺は亘の背に負ぶさり、柊士は黒犬になった柾の背に乗っている。ハクはお姫様のような横抱きで凪に抱えられていた。
「奏太様もあのようにお運びしなくて良いのですか?」
と亘がニヤニヤしながら言ったので、後ろからバシッと頭を叩いた。
一方の淕は、恨めしそうに柾を見て、更に俺を背負う亘を見たが、ひとまず気にしないことにした。柊士もたぶん気付いているのだろうが、見て見ぬふりだ。こういうのは変に突っ込まないほうが身のためだろう。
「……ていうか、ハクは祝詞を唱えなくても陽の気を注げるの?」
亘の背に揺られながらハクを見ると、ハクはコクリと頷く。
「うん、直接触れてれば、ね。奏太もできるんじゃないかな。例えば刀とかを持って、手を伝って陽の気を纏わせるようにイメージすると、刀に陽の気を込めることができるの。さっきはその対象をあの岩にしたんだけど、さっきみたいなケースがあるから、今後はよくわからないものに直接注ぐのは避けたほうが良いのかもね。」
……へえ、そんなことができるのか……今度、刀を借りて試してみようかな……
そう思ったところで、黒い大犬から感心するような声が聞こえてきた。
「ほう……陽の気を刀に……それは興味深い……」
同時にゾクッとするような視線でじっとこちらを見られる。まさか、陽の気を直接浴びるのではなく、陽の気を纏った刀と戦ってみたいとでも思っているのではなかろうか。
「奏太様は新しい護衛役からも自分の身を守らねばならなくなったかもしれませんね。とっとと武術を身に着けた方が良いかもしれませんよ。」
亘はまるで他人事のようにそう言った。
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