第123話 怪しの行商人
三人揃って護衛役に抱えられて本家に帰ると、村田に目をまるくして出迎えられた。
柾は玄関に近づいたところで既に犬の姿から人の姿に変わっている。
先日の大穴事件が村田のトラウマになっているようで、黒犬姿で本家の屋敷内に立ち入るなと強く言われているのだと亘が苦笑しながら教えてくれた。
「私も鷲の姿になるときはなるべく庭の端でと、物凄い形相で言われました。」
いつも穏やかな村田の様子からは想像できないが、まあ、あの時の様子を考えれば無理もない。なるべく建物には近づけたくないだろう。気持ちはわかる。
柾は人の姿に変わる際に柊士を抱え直そうとしたのだが、すかさず淕に役目を奪われた。もっとも、淕は淕で、
「自分で歩く。肩を貸せ。」
と柊士を抱え上げようとしたところをキッパリ断られていたけれど。
本家の中でそれぞれがしばらく休憩を取って力が回復してきた頃、再び揃って護衛役の背に乗って里へ向かう。
しかし、山中の古びた鳥居が見えてきたところで、三角の笠を被り大きな籠と風呂敷包みを背負った
「勘弁してくださいよ! 祭りで店を広げて良いと榮様に許可を頂いたからこうして来たのに、帰れだなんてあんまりです!」
何やら必死に壁に訴えかける小男の姿に、トンボ姿で亘にとまっていた巽が訝る様な声を出す。
「あの男、出入り禁止になったのではありませんでしたか?」
亘は鳥居から少し離れた場所を目指して下降しつつ、小首を傾げる。バサリと羽ばたき地面に降り立つと、
「禁止にしたのは粟路様だが、あの言い方では榮様の方が許可を出したように聞こえるな。」
と返した。どうやら二人にはその小男に覚えがあるようだ。
「ねえ、誰なの?」
亘から降りながら問いかけると、少しだけ先に着陸していた柊士の声が隣で響いた。
「時々里に来る行商人だ。淕、あいつを捕らえろ。邪魔だ。」
柊士が淕に命じると、淕は一緒にいた別の護衛役の一人に素早く指示を出す。
確かに、これからハク達妖界の面々を里に入れようと言うときに、あの小男が入口の真ん中で壁をペチペチやっていたら邪魔で仕方ない。
「へえ、行商人なんているんだ。」
俺は柊士の護衛役が小男に向かっていく背を見送りながら呟く。
妖は普通、里に籠もっているか存在感を消して陰の気の多い場所に潜んでいるかのどちらかだと思っていたので、あちらこちらを旅しながら物を売り歩く様な者がいるとは思わなかった。
「あまり多くはありませんが里へ出入りする者は何名か居ますよ。妖相手はもちろん露天商のふりをして人里で珍しいものや美しい物を売っていたり。ただ、あの男は……」
巽は人の姿に変わると胡散臭そうに、少し離れたところでダンと岩壁に思い切り押さえつけられ、腕を捻り上げられた小男を見やった。
「売っているのものに呪物の類が紛れ込んでいたので、粟路様が出入り禁止にさせたはずです。」
「……じゅぶつって何?」
なんだか聞き慣れない言葉だ。そう思っていると、今度は柊士から答えが返ってくる。
「文字通り、なんらかの
「へえ、呪いが込められた物が力を持つなんて、アニメとか映画の話みたいだ。」
ぽかんとして柊士を見ると、呆れたような顔で見返された。
「妖を目の前にして今更何言ってんだよ。それに、陽の気の込められた御守だってある意味では呪物だぞ。お前が持ってる結の御守もだ。」
柊士はそう言いつつ、少し離れたところで足止めされている妖界の一行に目を向けた。
不審そうに入口を見やる者達相手に、椿と柊士の護衛役の一人が必死に頭を下げている。
更に、ハクが間に立ってなんとか両者をなだめているようだ。
「でも、御守みたいなものなら、別に売ったって問題じゃないでしょ?」
「込められた力と使い方次第で良くも悪くもなるのが呪物だ。あいつが売ろうとしてたのは悪い方向に転がりかねない危険物だったってことだ。」
そうは言われても、正直あんまりピンとこない。御守は持っているけれど、戒めだと言われた通り物理的に自分を守ってくれるものだとは思っていないし、何らかの効力を発する呪物を見たことがないせいだろう。
そんな話をしている間に、小男は引きずられるようにして柊士の前に連れてこられ、乱暴に跪かされた。
腕をねじりあげられ背中を押さえつけられながら柊士を見上げるその小男は、亘や柾と同じくらいの年頃に見える。顔で判断してはいけないのだろうが、細い狐目がなんだか胡散臭い感じだ。
「あぁ、柊士様! どうか、このしがない商人の言をお聞き届けください!」
柊士の足に縋りつかんばかりの勢いで声を上げる小男を柊士は面倒そうに見下ろしている。
「話は後で聞いてやる。今はお前の相手をしてる余裕は無いんだよ。」
「そんな! せめて榮様にお話を……」
小男が食い下がろうとすると、それを捕らえていた柊士の護衛が思い切り地面に男を押し付けた。男はグエっと声を上げて顔を地面に擦り付けている。
「日向の次期御当主の御決定だ。控えよ。」
「ひ、ひかひ、こんためひ、ひたからわざわざ、何ひひもかけへ……」
背に膝を載せられ、手で頭を地面に思い切り押し付けられているせいで、何を言っているか全くわからない。
あと、何だかちょっと可哀想だ。
そう思っていると、柊士も仕方が無さそうに、
「
と男を押さえつけている護衛役に声をかけた。
「しかし、柊士様の御言葉を受け入れず、榮様の意を得ようなどと……」
「そいつがなんと言おうと、榮に引き合わせるつもりはない。危険な呪物を里に持ち込もうとした行商を呼んだのが榮だとすれば、そちらの聴取も必要になる。大事な証人だ、ひとまず捕らえておけ。今は優先しなきゃならないものがあるだろ。」
柊士がチラとハク達に目を向けて示すと、那槻は同じ様にそちらを見たあと、小男を睨みつけつつ頭を抑え込んでいた手だけを緩めた。
小男はそれに合わせてガバっと頭をあげる。それから、先程柊士の視線が向けられた方を追い、まるで狙いを定めたように、キラリとその瞳を光らせた。
「一体どちらの姫君でしょうか?」
興味深そうな様子を隠しもしない小男に、柊士はフンと鼻を鳴らす。
「お前に答える義理はない。那槻、荷物を取り上げてコイツを牢に放り込んどけ。巽、お前も那槻に同行しろ。」
「はっ。」
柊士の指示に、那槻と巽が揃って応じる。
「そ、そんな殺生なぁーー!」
小男はズリズリと二人に引きずられながら、そんな叫びをあげつつ、里の入口の向こうに消えていった。
「……里に牢屋があるの?」
「手に負えない妖はどこにでもいるからな。」
そう言いつつ柊士は亘と柾をジロっと睨む。
二人揃って視線を別の方向にそらしたので、きっとぶち込まれた事があるのだろう。
理由はだいたい予想がついたので、あえて聞かないことにした。
ようやく里の入口を抜けると、晦と朔が跪いて俺達を迎えてくれていた。
「榮の名を出されて、よく中に入れなかったな。正しい判断だ。よくやった。」
柊士が褒めると、パアと明るい表情で二人は柊士を見上げる。尻尾が飛び出してパタパタと左右に振られているのを淕が苦笑気味に指摘したが、どうやら褒められた興奮は抑えきれなかったらしい。
「感情くらい抑えられずにどうする、未熟者共。」
と俺の後ろにいる柾が兄らしく窘めていたが、二人だって柾にだけは言われたくないだろう。
当の柾本人は、人界の者達から向けられる生暖かい視線に全く気づいていなさそうだったのが非常に残念だ。
尻尾も耳もピョコンと飛び出した晦と朔を見て、俺達の後から入ってきたハクはキラキラした目で駆け寄っていく。真っ先に子犬姿になることを催促したが、周囲にいた全ての者に止められていた。
晦と朔も褒められた余韻はどこへやら、完全に恐れをなしたように、子犬の様相をスッと引っ込めた。
あんな目で妖界陣に見られたらそうもなるだろう。
俺の後ろから醸し出されるイライラとしたオーラもまた、二人が耳と尻尾を納めたことでようやく落ち着き、俺はほっと息を吐き出した。
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