第15話 監視の蛙②

「それでは、何があったか聞かせてもらおう」


 聡を尾定に任せ、本家の当主である伯父さんに呼び出された。汐と亘も一緒だし、粟路あわじもいる。

 一緒に行くと聞かなかった潤也は、ピリッとした雰囲気に俺の隣でカチコチに緊張しているようだ。


「夏にキャンプに行ったときに、友だちの女の子が大蝦蟇おおがまがえるに妖界に連れて行かれたのは、汐から報告がいってるよね」


 そう言うと、伯父さんは眉をわずかに上げて潤也に目を向ける。


「潤也もその時に一緒にいたんだ。ついでに、向こうで手当を受けてる聡も一緒にキャンプに行ってたから話だけは知ってる」


 伯父さんはハアと息を吐き出すと、一つ頷いた。


「それで?」

「キャンプの時に連れ去られた友だちが、この時期に蛙が大量に家に出るから退治してほしいって言うからみんなで行ったんだけど……」


 それから、先程まであった出来事を細かく報告していった。それを皆が黙ったまま難しい顔で聞いている。


「それで、一応連れてきたんだけど」


 そう言ってバッグから蛙の入った瓶を取り出すと、蛙は瓶底で、まるで普通の蛙のようにじっと蹲っていた。本家に来るまでは無視していてもギャーギャー喚いていたくせに、今は完全に黙りを決め込んでいる。思い切り上下に振ってもびくともしない。

 イラッとして瓶をテーブルに叩きつけるようにドンと置くと、その拍子に中の蛙が驚いたように飛び上がり、ペタンと辛々着地したのが目に入った。

 普通の蛙然としているのに耐えられなくなったのか、堰を切ったように瓶の中からくぐもった高い声で喚き出す。


「何しやがんだボケ! もっと丁寧に扱え! あの方々に言いつけてやるからな! そしたらお前なんか粉々のチリヂリになって風に飛ばされて終いだぞ!!」


 伯父さんはそれを訝しげに見やる。


「おい、蛙。あの方々とは誰だ。陽の気の持ち主をそいつらはどうしようとしている?」


 しかし蛙は先程と同じ様に、


「お前らに言うか! 人如きが偉そうに!」


などと言いながら喚くだけだ。

 瓶の中でこれでもかというほど飛び跳ねては体当たりを繰り返す。

 伯父さんは、それを冷めた目で見下ろした。


「なるほど。何も知らないのか、知っているのに喋ろうとしないのかは分からんが、なんの情報も寄越さないやつには用はないな。奏太。陽の気で焼いていいぞ」


 伯父さんの言葉に、蛙はピタリと喚くのをやめて動きを止める。


「……ほ……本気か?」

「本気だとも。利用価値のないお前を生かしておく理由がない。毒を吐く蛙など、単なる害悪でしかないからな」


 蛙は伯父さんから指名された俺の方へ視線を移し、まじまじと見つめてくる。


 伯父さんは脅しのつもりだろうが、確かに聡にあれ程の怪我をさせた事を考えれば、このまま自由にするわけにはいかない。

 うまく利用して情報を喋らせるか、始末するかしか選択肢はないだろう。


 俺がため息をついてパンと手を合わせて掌を向けると、蛙は驚いたように一際大きくぴょこんと跳ねた。


「……わ、わかった! 俺にわかることなら何でも話す! だから助けてくれよ!」


 俺側の瓶の壁面に必死にしがみつき、黒くキョロっとした目を懇願するようにむけてくる。

 喋る蛙を生きたまま焼くのは気が退けるので、うまく喋ってくれたら良いとは思ったが、こうも簡単に掌をかえすとは。

 呆れた目を向けていると、伯父さんは気を取り直すようにゴホンと一度、咳払いをした。


「それで、あの方々とは誰だ。」

「一人は朝廷の検非違使けびいし、もう一人は人だ。りょう様と呼ばれている」

「……遼?」


 潤也以外の皆が眉根を寄せて蛙に視線を向ける。


 同一人物かはわからない。でも、結や柊士と同年代で、昔良く遊んでもらった近所のお兄さんと同じ名前だ。さらに最近では、結の葬儀で暴れたのだと聞いた。


 皆、同じ人物を思い浮かべたのだろう。


「そいつの特徴を教えろ」

 

 伯父さんはそう唸るような低い声をだした。蛙は人のように胡座を組んでその場に座り、顎に手を当てる。


「特徴と言われてもな。見た目はそこの小僧共とそっちの兄さんの間くらいの年頃だ」


 そう言いつつ、亘の方を顎で示した。


「黒と茶の間くらいの髪の色で短髪、痩せ型。身長は高いほうだと思うがよくわからん。あとは……一重で切れ長の目が特徴というくらいか」


 俺は最近の遼を見ていないから確実に一致するかはわからない。でも痩せ型で切れ長の目というのは、昔見た特徴に似ている。

 伯父さんも、一年前の遼の姿と一致していると思ったのだろう。


「同一人物か?」


と呟く。


「それで、奏太を狙った理由はなんだ?」

 

 蛙は伯父さんの問に、俺と潤也へジロッと視線を向けてくる。


「俺達の首領や仲間達は皆、そこの小僧共に仕返しがしたかったのだ」

「仕返し?」

「夏に隣の領地から急に呼び出された婚姻の儀で酷い目に合わされた」


 俺と潤也は顔を見合わせる。


「隣の領地の連中は朝廷に捕らえられて行ったが、呼ばれていただけだった俺達はなんとかとがめをまぬがれた。だが、妙な騒動を起こすなと朝廷の監視が厳しくなり、自由な生活を奪われ、罪人のような扱いを受けるようになった」


 宇柳うりゅうはあの後、しっかり朝廷に伝えて処分を下してくれたらしい。一方で、あの場を荒らした俺たちは蛙たちから逆恨みを買っていたということだ。


「だから俺達は仕返しの機を狙っていた。だが、妖界にいる俺達には憎き小僧共を見つけることができない。そこへ、あの方が現れた。協力すれば力を貸してくださると仰ったのだ。あの方にとっても邪魔だからと」


 なるほど。わかりたくもないが、蛙達の動機は良くわかった。でも、何故朝廷の者と遼にまで邪魔者扱いされているのかがわからない。


「お前ら蛙はともかく、そいつらにとって奏太が邪魔なのは何故だ?」

「さてな。入口を閉じられては困るからか、妖を焼くような卑劣な力があるからか、どちらかだろう。それ以外に何がある?」


 蛙はフンと鼻を鳴らす。


 毒を吐き出して、聡をあんな目に合わせた蛙に卑劣呼ばわりされるとは心外だ。いやまあ、妖界の沼地で飛びかかって来た蛙達を片っ端から陽の気で焼いているので、卑劣と言われても仕方の無いことはしてるかもしれないけど……


 そう思っている間にも、伯父さんと蛙の間で話は進んでいく。

 

「妖を焼く力はまだしも、何故結界を閉じられては困る?」

「そんなこと、俺が知るわけがない」

「では質問を変える。朝廷の監視が厳しくなったのに、何故お前は人界に来られた? 結界が何処かにまだ開いているとすれば、あちらでも憂慮はしているはずだ」


 それに、蛙はニヤリと笑う。


「良い方が我らの監視役についてくださったからだ」

「良い方?」

「先程も言っただろう。我等には話のわかる検非違使殿が着いている」

「閉じられていない結界があるということか?」

「閉じられてもすぐに入口を見つけてくださる」

「しかし、結界の綻びは新たな帝によって強化されているはずだ。どうやって見つけ出す?」

「あの方がどのように入口を見つけてくるのかなど、それこそ俺にわかるわけがない」


 そこまで聞くと、今度は伯父さんが、ふむ、と考えを巡らせるように顎に手を当てた。


「……朝廷側も一枚岩では無いということか? その検非違使個人の狙いか、それとも、何か妙な動きでもあるのか……? それに、遼という人物の狙いは……」


 伯父さんが誰に言うでもなく、そう呟く。すると、蛙は何かを思い出すように視線を上に向ける仕草をした。


「……ああ、そういえば、遼様は何者かを取り戻したいというようなことを言っていたな……」


 ……何者かを取り戻したい? 何処から誰を……


 意味がよくわからず首を傾げていると、今まで黙っていた亘が、不意にポツリと呟いた。


「……まさか、結様を……?」


 ……何でここで結の名前が出るのだろう?


「結ちゃん? 死んだ人を連れ戻すって一体……」


 眉根を寄せてそう言いかけた途端、直ぐに伯父さんから制止が入った。


「黙れ亘。奏太、これより先は外部の者に聞かせるような話じゃない。お前は友達を連れて、さっきまでの部屋に戻れ」


 ……は?


 ここまで来て突然この場から放逐される意味がわからない。


「ちょっと待ってよ。俺だって無関係じゃないだろ!」

「少なくとも、お前の友達は無関係だ。お前が連れてきておいて、放置するつもりか」

「いや、でも……」


 俺が粘り腰の姿勢を示すと、伯父さんは直ぐに村田を呼び出す。


「こいつらに飯を食わせて、風呂に入れて寝かせろ。子どもは寝る時間だ」


 時計をふと見ると、まだ八時だ。


「伯父さん!」

「必要があれば、後で話す。ひとまず席を外せ」


 シッシと追い払うように伯父さんが手を振ると、村田は俺と潤也の背を押す。


「さあさ、坊ちゃん方、旦那様のお言い付けですから、行きましょう」

「村田さん、ちょっと待ってよ!」


 しかし村田は俺の話になど聞く耳持たず、さっさと部屋から追い出し無情にもパタンと扉を閉じた。


「ごめん。俺が居たせいで」


 廊下を歩く途中、潤也が申し訳無さそうに呟く。


「いや、潤也のせいじゃないよ。でも、前に妖界に行ったときにも思ったけど、亘も汐も何か隠してる。伯父さんも俺に聞かせたくない話があるみたいだ」


 実際、潤也は体のいい理由に使われただけだ。潤也に聞かせたくないだけなら、当事者である俺はあの場に残ったって良かったはずだ。


「……結って人のことか?」

「……わかんない」


 あの言い方だと、結ちゃんが関わっていることは間違いなさそうだが、なんともモヤモヤする。伯父さん達は、一体何を隠そうとしているんだろう。


 部屋に戻ると、聡は荒かった息遣いも赤かった顔ももとに戻り、落ち着いた様子で眠っていた。


「凄いな、妖界の薬……」


 潤也がそう呟くと、片付けをしていた尾定がキラリと目を光らせた。

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