第33話 幻妖宮の迎え②
門兵に逃げないようにと縄で拘束され、建物内でしばらく待つと、翼を生やし武装した男が五名飛んで来た。
「指名があったと聞いて来てみれば、其方か、奏太。」
「青嗣さん!」
どうやら、門兵はこちらの要望を一応聞いてくれたらしい。
「良かった、話すら聞いてもらえなかったらどうしようかと……」
「いや、まあ、拷問してでも情報を絞り出せと上からの命があったから、話は嫌でも聞くことになっただろうが、其方であればそのような必要は無さそうだな。」
「拷問!?」
ギョッと目を見開くと、青嗣はカラカラと笑う。
「私が来て良かったな。其方を知る者が居なければ、どのような目に合わされたか分からぬぞ。」
全く笑い事じゃない。
物凄く危ない橋を渡っていたという事ではないか。
強行突破なんてせずに良かったと胸を撫で下ろす。
「ところで、そちらは?」
青嗣は、俺達の様子をじっと伺っていた亘に目を向ける。
「ああ、じん……向こうで、いろいろと俺の仕事を手伝ってくれてるんです。」
危うく人界と言いかけて、慌てて言葉を濁す。青嗣は知っているハズだが、迂闊にこの場で口を滑らせ、妙な疑いをかけられてはたまらない。
「なるほど、其方の従者か。」
「え、いえ、従者というわけでは……」
「ええ、そうです。亘と申します。以後お見知り置きを。」
否定をしようとしたのに、亘はそれを遮るように肯定の意を示す。
驚いて亘に目を向けると、亘はそういうことにしておけと言うように頷いた。
「従者であれば、扱いは其方に準じよう。代わりに、其方が従者の責任を負えよ。」
……なるほど。確かに、宮中の者と面識のある俺に準じて扱ってもらえるなら、その方が都合がいい。
「ひとまず、一度上に相談したほうが良さそうだな。白月様が目をかける者を粗雑に扱えば、いらぬ怒りを買うことになりかねぬ。縄は解いてやれぬが、共に来い。」
俺も亘も、縄で縛られたまま大鷲に変わった兵達に乗せられる。
「他の方の背に乗る日が来るとは思いませんでした。」
と亘が感慨深げに言ったが、一応、捕らえられているということを忘れているのではなかろうか。
青嗣がこなければ拷問されるところだったというのに……
短い距離を飛び、宮中の門を潜る。そうして着いた先は、宮中の端にある広場だった。
奥に大きな建物があり、その外では建物の警戒にあたったり、命令が下るまで待機しているのか、複数の兵が集まっていた。
服装が服装なのもあるだろうが、縛られた俺達は、都の入口と同じように好奇の目に晒されながら、その間を縫うように進む。
建物の入口を守る兵に、俺達を先導していた男が小声で何やら声をかけると、承知したように一人が中から呼ばれ、再び戻っていった。
俺達が来たことを誰かに知らせに行ったのだろう。
そこは軍の詰め所になっているのか、入口から少しだけ見える室内には、多くの兵が居る。
さらにその一番奥には、以前見た橙色の髪の大柄の武人と、武装した者の中できちんとした着物姿で目立つ、背の高い青い髪の貴人がちらっと見えた。
青嗣にも見えたのだろう。僅かに顔を強張らせる。
「おい、璃耀様はいついらっしゃったのだ?」
青嗣が近くにいた兵を肘で小突く。すると、
「先程だ。居ても立っても居られなくなったらしい。四貴族家での話の後、その足でいらっしゃったようだ。」
という声が、背後から聞こえた。
振り返ると、そこには和麻が立っていた。
「和麻さん、お久しぶりです。」
「奏太、久しぶりだな。璃耀様が白月様の情報を喉から手が出る程欲していらっしゃるぞ。」
「……え……じゃあ、拷問してでも情報を引き出せって命じたのは……」
「璃耀様らしいな。」
なるほど。以前会った時に鋭い視線に萎縮した覚えがあるが、やはり怖い人だったらしい。
そこへ、亘が璃耀を見ながら声を潜める。
「……あの方は?」
「雉里家の御当主、璃耀様だ。蔵人頭で在らせられる。」
和麻がそう言うと、亘は、室内で蒼穹を問い質すような素振りを見せる貴人に唖然とした目を向ける。
「……御心配は御尤ですが、四貴族家の御当主が軍の詰め所にまで御自らいらっしゃるとは……」
「これが初めてではない。璃耀様が白月様に過保護なのは有名な話だぞ。」
青嗣が小さく苦笑を漏らした。
そんな話をしているうちに伝言が回ったのか、宇柳が蒼穹に駆け寄るのが見え、何事か伝えると、蒼穹と璃耀の目がこちらに向いた。
その目が厳しく細められ、側近たちと共にツカツカとこちらへ早足で寄ってくる。
それに合わせ、門を守っていた者たちによって両扉が開け放たれると、その場に居た者が、慌ててその場に膝をついた。
縄を持っていた青嗣が突然跪いたために、ぐいっと縄を下に引っ張られ、俺も否応なしに地面に膝をつく。
「面をあげよ」
という声に顔を上げると、璃耀が眉根を寄せてこちらを見ていた。
「……また其方か。」
前回も今回も、俺が首謀したわけではないし、むしろ巻き込まれている側なのに、そんな言い草は無いのでは……
「白月様の居所を知っているらしいな。」
「……はい。」
不満を押し殺して返事をすると、不意に、璃耀が後に控える男に声をかける。武装していない着物姿なので、璃耀の側近なのだろう。
「浩、翠雨様の元へ行く。あの方もお聞きになりたいだろう。後で同じ事を説明させられるのは時間の無駄だ。」
「よろしいのですか? このような者を……」
浩と呼ばれた男は汚らわしい者でも見るような目をこちらに向ける。
「良い。翠雨様も一度会って話をしている。今は少しでも時間が惜しい。」
「承知いたしました。」
浩は気が進まなそうだが、それ以上は何も言わずに別の者に指示を出す。
前回の事情聴取のように、翠雨、璃耀という上位者二人を相手に話をしなければならないのかと、気が進まないのはこちらも同じなのだが、そんな事を言えるわけがない。
それに、璃耀が言うように、時間が惜しい。上位者の決定であれば話は早く進むだろう。
一人がパタパタと走り去っていくと、璃耀は袖を翻して向きを変える。
「その者らを連れて参れ。」
璃耀とその側近、さらに蒼穹と軍の者数名と共に案内されたのは、建物の一室だった。ハクの部屋ほどではないが、綺麗な絵の描かれた襖が開かれると、黒髪の貴人が座したまま、イライラしたように机を指でトントンと叩いていた。
「見つかったのか?」
「それをこれから聞くのです。」
「何故こうも頻繁に白月様の行方がわからなくなるような事が起こるのだ。」
「そのお話は先程伺ったでしょう。」
璃耀は翠雨を見ながらハアと息を吐く。それから、璃耀の指示で、俺と亘は背を押されながら、扉の手前ギリギリまで移動させられた。
「また、其方か。」
翠雨は先程の璃耀と全く同じ表情で、全く同じ事を言う。
「この者が白月様の居場所を知っていると申すので連れてまいりました。一度で説明させたほうが何かと良いでしょう。」
璃耀がそう言うと、翠雨は指のトントンをピタリと止めた。
「中へ入れ。必要最低限だけ残し、あとは外へ。」
翠雨の言葉に、璃耀と蒼穹が素早く指示をだし、人選が行われる。
中へ入ったのは、璃耀と蒼穹、以前事情聴取にも参加していた藤嵩という蒼穹の腹心、あとは翠雨と璃耀の護衛一名ずつ、それから俺と亘だ。
相変わらず巻かれたままの俺達の縄は、藤嵩が代わりに持ち、部屋の前を、青嗣ともう一名が守るように指示された。
部屋に入ると、結構な人数でむさ苦しい感じになったが、不審者……俺達のことだが……を相手に貴人を守るためには仕方が無いのだろう。
「発言を許す。白月様の居場所を知っているとはどういうことだ。」
翠雨の厳しい声に促されて一度つばを飲み込むと、俺は口を開いた。
「白月様は、今、人界に居ます。多分、自分の部屋から俺の学校へ直接、入口を開けて来たんだと思います。こっそり一人で来たけど、朝までに帰ればいいと言って……」
俺がそう言うと、璃耀も翠雨も頭を抱える。
……ごめん、ハク。
「それで、何故其方だけがこちらに来て、白月様がいらっしゃらぬのだ。」
蒼穹が頭を抱える二人を横目に、訝しげに片眉を上げる。
「……白月様が人界にいた頃の家に閉じこもって出てこなくなってしまったからです。あの、夜が明ける前に妖界のどなたかに人界に一緒に来てもらって、白月様と話をしてほしくて……」
「閉じこもって出てこなくなった?」
「……はい。」
「一体何があってそのようなことに……そもそも、何故白月様は人界などに……」
翠雨が言うと、璃耀は眉間の皺を深くさせる。
「白月様が烏天狗の山で拐かされたあの日以降、少し白月様のご様子がそれまでと異なっていました。普段は分かりやすく表情を変えられるのに、そういうところばかり隠されるのがお上手なので、本当に僅かな変化でしたが……」
「理由は聞いたのか?」
「ええ。しかし、いつもと変わらない、気の所為だと頑なに仰り、結局分からず仕舞いでした。」
ハクは、自分の様子に璃耀は気づいているかもと言っていたが、理由はともかく、やはり様子の変化には気づいていたようだ。
「あの、白月様は、あの時から、胸が痛くて気持ちが悪いのだと言っていました。モヤモヤをスッキリさせたくて、人界に……」
「過去の御自分を知るために、人界へ、ということか?」
「……はい。それで、人界にいた頃の事を全部思い出したみたいなんですが、気持ちを整理したい、放っておいてほしいと逃げ出してしまって……追いかけたら、人界にいた頃の自分の家に……」
それに、蒼穹は首を捻る。
「しかし、過去の記憶を思い出したからと言って、そのようなことになるものか?」
そのようなことになったのだ。
俺はちらっと亘に目を向ける。
すると、亘はぽつりと、
「……白月様は……結様は、自ら望んで妖界へ来たわけでは無いのです……」
とこぼした。
そして、ぐっと俯き、膝の上の拳を握りしめて、少しずつ、俺の知らない結の話を語り始めた。
「もともと、前回、帝位に着かれるお方を人界から妖界へお送りして三百年。結様、奏太様、そしてもうお一方が次の帝としての候補となりました。
しかし、奏太様はまだ幼いという理由で候補を外され、最有力だったのは、本家の跡取で男子である柊士様でした。
そんな中、結様は人界で御両親を事故で亡くし、寂しさもあったのでしょうが、遼という幼馴染と婚約されました。
御自分は人界に残るのだという思いもあったのでしょう。
それが崩れたのは、夏の暑い日でした。
今の奏太様と同じように、結界の綻びを塞いでいったある日、鬼界との入口が大きく開いた場所がありました。
何とか鬼界の入口を塞いだと思った矢先、結様の背後から、人界に忍び込んできていた鬼がその爪で結様の背を大きく切り裂いたのです。」
亘の手は、きつく握りしめられ、震えている。
「何とか鬼を退治し、本家に戻り手当を受けさせましたが、医師には、手の施しようがないと言われました。
数少ない、最初の大君の血を引く方々です。人界側の結界を維持する必要も、その血を次代へ繋げていく必要もあります。結様をそのまま死なせるわけにはいきませんでした。
考えた末、健康な方々に人界を守っていただき、死に一歩一歩近づいていく結様を、妖に転じさせることで妖界へ送ることに決まったのです。」
まさか、結が妖界に送られるまでにそんな経緯があったとは思わなかった。
尾定でもどうにもならないほどの大怪我を鬼に負わされていたなんて。
でも、そんな大怪我をしていた結をどうやって妖界に……
そう思っていると、まるでこちらの意図を察したように亘が言葉を続けた。
「妖に身を転じる方法は、人にとっては辛い方法です。
依代となる動物を捕らえ、依代と妖界へお送りする御方の背に転換の陣の焼印を入れ、狭い箱に依代と共に生きたまま閉じ込めて地面に深く開けた穴に埋めるのです。
人は飲み食いせねば生きては居られません。
そうして、物音がしなくなるまでじっと待ち、妖として転生させるのです。
その時、結様にはまだ意識がありました。
背に痛々しい大きな傷があるにもかかわらず、その上に更に焼印を押されて叫び声を上げ、まだ生きたいと……閉じ込めないでと……弱々しく袖を握るあの方を、我らは……捕らえた薄銀色の兎と共に、小さな箱に入れ、蓋をしたのです……」
背筋にゾワッと寒気が走った。
生きているのに、箱に閉じ込めて土の中に埋めた……?しかも、大怪我を負い、助けを求める人を……?
「……穴に埋めたあとも、空気孔になっている小さな竹筒から……痛い……苦しい……助けて……ここから出してと……懇願するあの方の消え入るようなお声が聞こえました。……時間が経つに連れて、それが徐々に聞こえなくなっていくのを、我らはお側に居ながら、ただ、じっと待っていることしかできなかったのです……
完全に物音が聞こえなくなるまで待ち箱を開けると、そこにはもう、結様の姿はありませんでした。
背に焼印のある、薄銀色の兎だけが意識を無くした状態で蹲っていたのです。
そして、その兎を陽の気の泉に沈め、こちらへ送り出したのです……」
その場がシンと静まり返る。
でも、そんなことに気を向けていられないほど、俺の中ではぐるぐると重苦しい何かが胸の中に渦巻いていた。
「……なん……だよ……それ……?そんなことを、結ちゃんに? ……そんなの、殺したのと一緒じゃないか!」
叫ぶように言ったが、亘は俯いたまま答えない。
自分の親戚ながら、本家のしたことに吐き気がする。
「何で、そんなことができるんだよ! まだ生きてたのに……意識があったのに、生き埋めにするなんて!」
本人の承諾無しに妖界に送ったどころではなかった。
しかも、生きたいと思う気持ちがあったのに、他者の手で人生を強制終了させられた者に対して、結は死んだんだと言い放ったのだ。
「……よくわかった。さっきのハクの反応も、この前の遼ちゃんの態度の理由も、本家の誰も結ちゃんについて言いたがらなかった理由も。
婚約者をそんな目に合わされたんだとしたら、遼ちゃんが本家を恨むのも当然だ。ハクが……結ちゃんが自分の家に閉じこもりたくなった気持ちもわかる。」
妖界の誰かを連れていって話をしてもらえれば、出てきてくれるかもと、安易に考えていたが、事態はそう簡単では無いかもしれない。
「……奏太様の仰る通りです。我らは、結様に恨まれても仕方のないことをしました。それだけのことをあの方に強いたのです。……それでも、お辛い思いをさせてでも、結様の命を無駄に失うような事態だけは避けなければならなかった。……妖界でお幸せになるのだと、それだけが唯一の希望だったのです……」
亘は声に深い後悔を滲ませ、涙声でそう言った。
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