第44話 協力の要請①

 相変わらず手枷がついたまま、兵士二人に連れられて行った先は、地面にぽっかり口を開けた土の洞穴だった。

 たくさんの兵がその周りで警備にあたったり、忙しなく周囲を行き来している。


「あの、ここは……」

「地を掘るのに長けた者達が避難場所を掘ったのだ。白月様は烏天狗を頼れと仰ったらしいが、あちらも京の者達を受け入れられるような余裕はない。ここならば、例え空の結界がとけたとしても、陽の気に晒されることはない。」


 なるほど。

 きっと和麻も協力したのだろう。臨時の防空壕でも、複数の妖の力を使えば京の住民が丸ごと逃げ込めるような穴くらい簡単に掘れそうだ。


 俺達が穴に近づくと、周囲を行き来していた兵達がピタリと足を止め、警戒態勢をとるのがわかった。

 妖界では見ない服装だ。見た目だけで人界の者だと主張してるようなものだと思えば、当たり前の反応だろう。

 物凄く厳しい視線に晒されている。


 そんな中で、


「話を通しに行ってくる。ここで待て。」


と、兵士の片割れが言い残して中に入っていき、もう一人と共に外で待たされた。


 ……その場にとどまっているだけで、周囲が針の筵のようで逃げ出したくなってくる……


「おい、なんだ、こいつ等は。」


 不意に、一人のかなり大柄な男が怪訝な表情をくっきり浮かべてこちらに近づいてきて、俺達を見下ろすようにそう言った。


「白月様の居処の情報を持っているらしい。軍団の大将殿にお目通り願うのだ。」


 俺達を連れてきた兵士が答えると、大男は一層訝しげに片眉を下げる。


「わざわざ、大将殿に? 拷問でもして情報を引き出せばよかろう。そのような者らをこちらに引き入れるなど、どのような混乱を招くか分からぬ。」

「だから、手枷をつけたままなのだ。我ら軍団が捕えた者だ。近衛には黙っていてもらおう。」


 大男が近衛、俺達を連れてきた兵士が軍団の者なのだろうが、両者は物凄く険悪な雰囲気だ。


「軍団の者は眼が曇っているのか? それは人界の者だろうが。」

「そのような事、百も承知だ。」

「分かっていながら連れてきたのなら、頭が弱いとしか言い様がない。これだから、軍団は京の外の異変を事前に抑えることもできぬのだ。危険をここにまで持ち込むな。」


 大男の歯に衣着せぬ言葉に、周囲の兵の一部がピクっと反応し、ガチャガチャと武器を鳴らす。きっと軍団の者達なのだろう。


 俺達のそばについている軍の兵士もまた、不快そうに眉根を寄せ、物怖じすることなく大男に食って掛かる。


「こちらにはこちらの考えがある。白月様をお護りしきれなかった近衛は黙っていろと言っているのだ。」

「何を!?」


 今度は周囲にいた残りの兵から物凄く剣呑な雰囲気が放たれた。周囲は張り詰めたようなピリピリした空気に包まれている。

 一触即発だ。


 そう思ったときだった。突然周囲に、


「やめろ!!」


という地を震わすような大声が響き渡った。


 ドキぃっと肩を震わせて、声が響いてきた方を見る。

 そこには、兵士の片割れに案内されてやってきた蒼穹が穴の入り口に立ち、その場にいた者全てを牽制するように睨みつけている姿があった。


「内輪揉めなどしている場合ではなかろう。そのような事も分からぬのか!」


 怒鳴るような蒼穹の声に、周囲が一瞬にしてシンと静まり返る。


「責任を押し付け合い、喧嘩を売る前にやるべきことを成せ! 持ち場に戻れ!」


 そう一喝されると、それぞれが顔を見合わる。


 そして、ギリギリと悔しそうに近衛と軍団が互いににらみ合いながら、三々五々に散っていった。


 蒼穹はそれを見届けると、ハアと一つ息を吐き、こちらに歩み寄ってくる。


「悪いな。白月様を失い、皆気が立っているのだ。」

「……いえ、無理もないです。」


 自分達が原因で始まった喧嘩の行方をハラハラしながら見守っていたのだが、ようやくほっと胸をなでおろす。


 皆、きっと不安なのだろう。だから、イライラして、些細なことでも喧嘩になるのだ。酷く心許なくて、少しでも不安を吐き出したい気持ちはよくわかる。



「それにしても、翠雨様が、またかと溜め息をついていたぞ。」


 蒼穹は俺を見て苦笑した。きちんと覚えてくれていたらしい。

 まあ、ハクが居なくなるたびに現れるのだから、あまりいい覚え方ではないのだろうが。


「……俺も同じ気持ちです。」


 そう呟くように言うと、慰めるように肩をポンと叩かれた。


「それで、そっちは?」

「従兄です。人界から一緒に連れてこられたんです。」

「従兄か。名は?」

「柊士だ。」


 短くそう答える柊士を、蒼穹はまじまじと見つめる。


「……柊士? 白月様の代わりに本来こちらに遣わされるはずだったという?」

「何処で聞いたのか知らないが、そういう可能性もあったってだけだ。そいう意味では奏太も同じだ。もしもの話に意味はない。」


 柊士がきっぱりとそう言い切ると、蒼穹は一つ頷いた。


「そうか。では、翠雨様がお待ちだ。白月様が不在の今、我らを導いてくださる方に何かがあっては困る。枷をつけたままで悪いが、そのまま共に来てもらうぞ。」



 俺達は、蒼穹の後を追いながら、薄暗い穴の中を進んでいく。


 突貫工事で作られた穴は土壁が剥き出しで、点々と松明が灯されている。

 天井には時折換気口のような穴が見え、ところどころに横に抜ける道にも遭遇した。


 そして、その横道の度に、警備の兵が立っている。


 薄暗い中で黙って立っているところに遭遇するので、凄く不気味に思えてしまう。


 不意に、ここに立つ兵は本当に味方なのだろうか、という不安が過ぎった。

 もし万が一、化けの皮を被ったままの敵がこの中の警備を担っていたとしたらひとたまりもない。


「……あ、あの……」

「なんだ?」


 どうしても不安を抱えていられず、蒼穹に声を潜めて問いかける。


「……ここの人たちは、本当に味方ばかりですか?」

「どういう意味だ?」


 蒼穹は、責めるでもなく、落ち着いた口調でそう問い返した。


「……信じていた軍の人が、あちら側にいたんです。それに、他にも仮面を着けた、たくさんの武装した人たちが……顔がわかったのは一人だけですけど、もしかしたら、他にもそうやって正体を隠している人がいるんじゃないかって……」

「その者の名は?」

「……青嗣さんです。」


 そう言うと、周囲を取り囲んでいた者たちが一気にざわめく。


「……青嗣か。」


 蒼穹の声が固くなった。


「このような者の言をそのまま信じても良いものでしょうか。」


 蒼穹の側にいた一人が緊張したような声音でそう蒼穹に問いかける。


 枷を着けられたような者の言葉が信用出来ないのは理解できる。ましてや、ずっと一緒に戦ってきたであろう仲間を名指しで裏切り者扱いされたのだ。


 でも、事実は事実だ。


 俺自身も、青嗣以外の者が本当に潜んでいるかは確信が持てないが、青嗣がそうであった以上、調べないで放って置くのはどうにも怖い。


「わざわざ、青嗣さんを陥れるようなことをする理由がありません。信じてください。」


 俺がそう言うと、先程、声を上げた兵が、こちらも見ずに蒼穹に訴えかける。


「我らの中に不和を呼び込む目的かもしれません。」

「そ……そんなことしません!」


 俺が半ば叫ぶように言うと、洞窟の中で声が反響した。


 蒼穹は俺と兵を交互に見ながら、小さく息を吐く。


「まあ、落ち着け。どちらの言い分も分かる。だが、調査をしてみるにこしたことはないだろう。白なら白でそれでいい。」

「しかし……」

「幻妖京が焼かれ、皆が辛辛森に逃げた時、一時的に姿の見えなくなった者達がいた。青嗣もその一人だ。散り散りに走ったせいかとも思っていたが、もし万が一黒だった場合には、我らの脅威となり得る存在だ。どんなに小さな疑惑であっても、放っては置けないだろう。」


 蒼穹の落ち着いた声音に、異を唱えた兵は、そのまま黙り込む。


「……あ、あの、ちなみに、ここに居る人たちは皆?」


 周囲を見回しながら恐る恐る尋ねると、蒼穹も同じように周りを見回してコクリと頷いた。


「京が焼かれた時に、近くに居た顔ばかりだ。」


 俺はそれにほっと息を吐く。


「藤嵩、瑛怜様への使いに行ってくれ。なるべく内密に事情を御説明した上で、あの時、京や宮中に居なかった者に念の為警戒頂くようにと。あの方であれば、すぐに動いてくださるだろう。」

「承知しました。」


 蒼穹の後ろに控えていた藤嵩が頭を下げ、すぐに踵を返して来た道を戻って行った。


「今、青嗣さん達はここに居るんですか?」

「中や周囲の警備に当たっているのは、あの時直ぐに居場所の判明した者ばかりだ。ここの守りを固めることが最優先だったからな。

 青嗣を含め、行方がしばらく分からなかった者達は、同じように行方の分からぬ者達の捜索に加わらせた。」


 蒼穹のその言葉に、サァっと血の気が引くような思いがした。

 もし、あの時に俺達を見つけていたのが敵方だったら、一体どうなっていたんだろう。


 それに、この中に居ないのは安心できる要素ではあるが、ある意味では、青嗣達に自由を与えていることにもなる。


「一度、すべてを一処に集めて、余計なことが出来ないようにしたほうが良くないか?」


 柊士も同じ事を思ったのだろう。眉根を寄せてそう言う。

 蒼穹はそれに、顎に手を当てて考え込んだ。


「ふむ。事態が急変したとでも言って、招集をかけてみるか。橘、悪いが、藤嵩を追いかけて伝えてくれ。瑛怜様にも御相談したほうがよかろう。」

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