第50話 リビングの話合い②
部屋を出ると、潤也と聡に風呂場に追いやられ、しぶしぶ熱いシャワーを浴びる。
こんな風にしていると、ついさっきまでの出来事が嘘みたいに思えてくる。
でも、全部が現実に起こったことで、自分の中に渦巻く様々なことへの憤りは流れていってはくれない。
風呂場の前で座り込んで待ち構えていた二人に連れられて自分の部屋に戻ると、潤也と聡はほっとしたように揃って息を吐き出した。
「もう、頼むから無茶なことすんなよ……」
「別に、俺が無茶をしたわけじゃない。」
「自分から戦争に飛び込んで行こうとしただろ。」
潤也の言葉にむっとして言い返したら、直ぐに、聡に睨まれた。
「お前は納得いってないかも知れないけど、俺は、おじさんや柊士って人がお前の事を止めてくれて良かったと思ってるよ。」
潤也はドサっとベッドに腰を下ろしながら言う。
「ニュースを見てあの家に行って、お前が連れて行かれたって聞いた時、マジで殺されてるんじゃないかって思った。もしかしたら、もう会えないんじゃないかって……」
「三日だぞ。何度訪ねてきても帰ってきてない、手掛かりもないって。来るたび憔悴していくおじさんに、そう言われるこっち気にもなれよ。」
聡も、俺の勉強机の椅子に座りながら疲れたようにそう言った。
俺も、ベッドにより掛かり、床にそのまま座る。風呂に入ってさっぱりしたせいか、何だか、どっと疲れが押し寄せてくる。もう、立ちあがる気力もない。
「……心配かけたのはわかってるし、悪かったと思ってる。でも、目の前でいろんな者が傷つけられた。本家が燃やされて、皆捕まって、亘が刀で刺されて、知り合いが吐き気がするような方法で妖に変わった。京が燃やされて、たくさんの者達が逃げ惑っているのを見てることしかできなかった。ハクが体を張って逃してくれたけど、悲鳴が聞こえてきて、どうなったかわからない。
受け入れてくれた京の連中は、味方に敵が潜んでるかもしれない不安の中で、地面に穴をほっただけの防空壕みたいなところで今も過ごしてるんだ。」
思い出すだけで、ジリジリと胸の奥が焦げ付くような不快感に苛まれる。
「……放っておけるわけないだろ。」
そう呟くように言うと、潤也も聡も何も言わずに、顔を見合わせた。
俺はそれにハアと息を吐き出す。
実際に目の当たりにしている訳でもないのに、わかるわけない。
「……ごめん。少し寝る。」
多分、自分が思っている以上に相当疲れていたんだと思う。
考えたいことも、言いたいことも、聞きたいこともある。
でも、その場で、ゴロッと寝転がると、そのまま吸い込まれるように意識が途絶えた。
目を覚ました時には、既に太陽が高く登っていた。
ハッと飛び起きると、部屋には誰もいないし、階下から物音もしない。
まさか置いていかれたかと、慌ててドタドタ音を立てながら階段を降り、荒っぽくリビングの扉を開けると、柊士がダイニングテーブルに一人座っていた。
心の中でほっと胸をなでおろしたのが顔に出ていたのだろう。
「寝ているうちに置いていかれたと思ったか?」
と柊士が心の内を読んだように言った。
俺が眉を顰めると、柊士は一つ息を吐き出す。
「一緒に戦うって言っただろ?」
「……連れて行ってくれるの?」
「そうじゃない。でも、人界でも出来ることはある。」
柊士はそう言うと、分厚い長封筒と紙切れをこちらに差し出した。
俺はそれを受け取らずに、柊士を睨む。
「これでどうしろって?」
「物資の調達も大事な仕事だ。前線に立つだけが全てじゃない。お前はお前にできることをすればいい。」
つまり、準備だけ手伝えと。
俺を置いていくのは、柊士の中では既に決定事項らしい。
「ただの買い出しだろ。ガキはガキらしく使いに行ってこいってこと?」
「そういう意味じゃない。ちょっとは冷静に考えろよ。陽の気を防ぐ方法を手に入れることが、どれだけ重要かくらいわかるだろ。」
「それは分かってる。でも、俺が手を出していいのはあくまで準備まで。あとは黙って家で待ってろって事だろ、結局。だいたい、柊ちゃんは……」
うちの父の言葉に乗っかって、妖界にいたときの言葉を翻した事に文句をつけようとした、その時だった。
「昼飯、買ってきましたー!」
玄関のドアを開ける音とともに響いた潤也の元気な声に、俺の抗議の声は打ち消された。
リビングの戸も勢いよく開いたのだが、俺と柊士の様子に、潤也はピタリと足を止める。
更に後ろから、聡が
「何やってんだよ。」
と潤也の背を押したが、同様にリビングの中を覗きこむと、聡もピタリと動きを止めた。
「ああ、ありがとう。助かったよ。」
柊士は俺を無視して、貼り付けたような笑みを浮かべて二人を見る。
「ついでに、飯を食ったら、こいつの買い物に付き合ってやってくれないか?結構な量になる予定なんだ。」
そう言うと、柊士は立ち上がって潤也が持っていたビニール袋を受け取り、代わりに俺に手渡そうとしていた封筒とメモを、潤也に差し出した。
「……それは全然良いんですけど……」
「昼飯のお釣りはそのお礼な。」
「あの、でも……」
潤也は躊躇いがちに俺と柊士を交互に見る。
しかし、柊士はそれを無視して、ポンポンと潤也の肩を叩き、ビニール袋をテーブルに置くと、そのまま廊下に出た。
「どこ行くの?」
「昼の間動けない妖連中の様子を見に行って来るだけだ。資材調達は任せたからな。」
柊士はそう言うと、背を向けたままこちらに手を振ってさっさと家を出ていってしまった。
「またあの人に噛み付いてたのか?」
二人が買ってきたコンビニ弁当を食べながら、聡が眉尻を下げる。
「別にそんなんじゃない。ただ、都合よく使いっぱしりだけさせようとしたからイラッとしただけ。」
「そういえば、何か買ってこいって言われたな。何だったんだ?」
潤也は脇に置いていたメモをカサリと広げる。
見ると、そこには書き殴ったような文字が並んでいた。
「ありったけの遮光カーテン、厚手の黒の服、帽子、マスク、靴、サングラス。あと、日焼け止めクリームと、スプレー……?」
潤也は読み上げながら首を捻る。
「向こうに陽の気の使い手がいる。京を焼いたときみたいに空に結界の穴を開けることもできる。だから、出来るだけ陽の気を防ぐ物が必要なんだ。」
そう言うと、潤也は目をパチクリと瞬いた。
「え……陽の気に弱いって、つまり紫外線に弱いってことなのか……?」
「いや、そこまではよくわかんないけど、事実、厚手の黒い服で陽の気を抑えられたし、白い服よりも全然効果的だった。ただ日焼け止めクリームに意味があるかは知らない。
これから試すつもりなのか、俺の寝ている間に試したのか。」
俺がそう言うと、聡も身を乗り出してメモを覗き込む。
「しかも結構な量だぞ。かなりの金額になるんじゃないか?」
「その封筒の中に、それなりの金額が入ってるんだろ。」
「……確かに、見たことがないくらい入ってる……」
潤也が恐る恐るといった様子で封筒の中身を覗く。
「本家の役目のための必要経費って事だろ。」
これだけの金額だ。どうせ、柊士個人の私費ではないのだろう。
俺達は柊士に指示された通り、メモに沿って買い出しに行ってくればそれでいい、と言うことだ。
ホントに馬鹿にしてる。
そこまで子ども子どもだと言うなら、馬鹿のフリしてその通りに振る舞ってやる。
後で何か言われたら、まるまる柊士のせいにすればいい。
俺はイライラしながら、そう決意した。
それから、俺達は服屋やホームセンター、ドラッグストアなどを片っ端から周り、持ちきれなくなれば家に帰って荷物を置き、また買い出しに戻る、ということを繰り返した。
もちろん、レシートはしっかり確保してある。
ある程度買い込んで、自分達では考えられないような金額を使うと、モヤモヤ重苦しかった溜飲が徐々に下がっていくのがわかった。
ショッピングでストレス発散をする人の気持ちが少しだけわかったような気がする。まあ、人の金だからできる事だけど。
一方で、潤也と聡は、ぐんぐん伸びていくレシートを見て、青い顔をしていた。
どんどん玄関は荷物で埋まっていくし、全ての支払い額を合計したら、目を剥くような金額になったが、そんな事は知らない。
ようやくメモにあったものを全て揃えた時には、日はすっかり沈んでいた。
どこに行っていたのか、帰ってきた父が廊下に山と積まれた買い物袋を見て、
「何だよ、これ!」
と叫んだが、
「柊ちゃんに聞いて。」
と丸投げした。
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