第77話 妖の里③

「ところで、何となくついて行ってるけど、俺達、今どこに向かってるの?」

「ひとまず、我が家へ参ります。着物でなくとも、もう少しきちんとしたお召し物の方が良いでしょうし、奏太様は、柊士様からの資料を一度もご覧になっていないでしょう。」


 汐はそう言いながら、俺の格好を上から下まで見る。

 Tシャツとカーディガン、ジーパンの状態で来たのが良くなかったらしい。

 理由もわからず学校帰りに呼び出されたんだから仕方がないと思うけど……


 瑶と汐についていくと、道の左右に並ぶ家の造りがだんだん変化してきた。

 最初は家全体がむき出しの木造りだったのが、次第にしっかりした壁に変わり、更に屋根に瓦が付き、ついには庭のある家まででてくる。


 ある程度進むと、所謂御屋敷、という印象の家がいくつか立ち並ぶ場所に出た。


「なんか、お金持ちエリアって感じだね。」

「実際、似たようなものですからね。」


 亘は何の気なしに言う。


「幻妖京と同じです。家柄の良い者がより北に屋敷を構えているのです。」

「家柄?」

「最初の大君にどれほど近くお仕えしていた家系か、というのが大きいですね。その家系の本家が北に、分家で枝分かれしていくたびに、南へ南へと追いやられて行きます。家系に関わりなく、後から加わった末端は、一番南に居を構えるのです。」


 なんか、随分な身分社会だ。


「その言い方だと、亘は南の方に住んでいそうだね。」

「ええ。末端も末端です。だからこそ余計に、私のような者が結様や奏太様にお仕えするのが気に入らないのでしょうが。」


 亘の言葉に、汐は困ったような顔をする。


「家柄とは言いますが、守り手様にお仕えすると、北に居を構えることを許されるのです。ただ、亘は南で良いと言って……」

「南の方が何かと気が楽ですからね。慣れ親しんだ場所ですし。」


 ……なるほど。

 粟路の決定など糞食らえだと言放ち、信条の為なら柊士に言い返すくらいやってのけるのが亘だ。権力や地位に固執しないう意味では、らしいと言えば、らしいのかもしれない。


 それに、亘が妬まれる理由も何となく分かった。それだけ、守り手の護衛役は重要な役どころで、身分に直結する分、狙っている者が多いということなのだろう。



 お屋敷が立ち並ぶエリアを進むと、一番奥に、その家々が数件入るような大きな建物がドンと構えられているのが目に入った。


「あそこは?」

「我々は御番所と呼んでいます。この里の政や様々な取締りをしている場所ですね。これだけの妖が集まれば、誰かが目を光らさなければ無法地帯になるでしょうから。

 着替えを済まされたら、あちらへ向かいます。」


 汐がそう言うと、亘は眉を顰める。


「できたら、あまり近づきたくはない場所です。」

「なんで?」

「奏太様も行けばわかります。」


 亘は含みをもたせるような言い方をする。ただ、それ以上は何も言わなかった。

 瑶がピクリと反応し、亘を睨んだせいもあるかもしれない。



 汐の家は、大きなお屋敷郡の中にあった。

 中に招かれると、広い玄関と廊下が広がっている。本家の家の中に少し似ている造りだ。

 そこに、地味な着物姿の男が正座をし、丁寧に頭を下げて俺達を出迎えてくれた。

 瑶の態度を見るに、本家の村田と同様、使用人という位置づけなのだろう。


 家の大きさや使用人がいることからもわかるが、汐は思っていた以上にお嬢様のようだ。


 案内されて座敷の客間に通されると、俺はようやくそこで柊士が放った紙束に目を通した。

 今年の8月に執り行なわれる妖の祭り、柊士が言っていたように、十年に一度の大きなもので、三日に渡って開催されるようだ。


 しかも……


「え、妖の里ってここだけじゃないの?」

「ええ。西と北にもここと同じような場所があります。」

「……その全ての頂点が、伯父さんや柊ちゃんで、祭りにはその有力者が一同に会するってこと?」

「ええ。そうなりますね。」


 淡々と答える汐に、開いた口が塞がらない。


 資料を見る限り、祭りは、舞や神楽の奉納、神輿の練り歩きがあったり、住人たちによる出し物や出店があったりするらしい。

 概ね、地域の祭りと同じような感じだ。


「ねえ、二日目にあるこの力比べって何? 相撲大会みたいなこと?」


 俺の住む地域の祭りにも子ども相撲がある。小学生くらいまでは、親に無理やり出場させられた嫌な思い出だ。

 しかし、汐はふるふると首を横に振る。


「相撲ではありません。十年に一度、武官が自身の力を試す場として催される大会です。ここで勝ち抜いた者が、守り手様の護衛役を任される事になります。」

「え!? 結果によっては、亘じゃなくなるってこと!?」


 思わず声を上げると、亘がフッと笑いを溢した。


「そのように、奏太様に言っていただけるとは。懸命にお仕えしてきた甲斐がありますねぇ。」


 ……懸命に、ね。

 いろいろ思えばそうだったんだろうと思うけど、こういう風に言われると、途端に認めたくなくなる。


「心配性の淕が最も強いですが、私もそれに並ぶくらいの強さはあります。ご安心を。」

「へえ。じゃあ、一番強い淕が、本家の次期当主である柊ちゃんの護衛役で、二番の亘が結ちゃんと俺に、ってわけか。」

「それはそうですが、二番、と言われると、なんとも……」


 亘は不満気にそう言いながら眉を顰める。


「そう言うなら、一番を目指したら? 亘からしてみれば、柊ちゃんの護衛役が一番の誉れって事だろ?」

「……は、本気で仰ってるんですか?」


 俺がそう言うと、亘は一層眉根を寄せて、こちらをじっと見た。

 二番と言われたくないというからそう言ったのに、一体何が不満なのか。

 俺が首を傾げていると、亘はハアとこれ見よがしに溜息をついた。


「まあいいです。それに、そもそも私はそれ程柊士様が好きではありません。一位になったとて、あの方の護衛役はお断りです。」

「亘、口を慎め。」


 瑶が声を上げるが、俺はそれにニヤリと笑って見せる。


「ふぅん。亘は俺が良いってことだね。」

「ええ。からかいがいがあると言ったでしょう。」


 こっちがからかうつもりで言ったのに、結局亘に不敵な笑みで返された。不本意だ。



 粗方確認を終えて、使用人に準備された襟付きのシャツとジャケットに着替えさせられる。

 柊士が栞と共にここに来るときに着替えるものらしい。


 普段着だと里の者を軽視していると思われ、着物だと迎合していると思われる。

 だから、人の世での仕事着くらいが丁度いいのだそうだ。


 なんか行く前から、さっき亘が「できたら行きたくない場所」と言っていた理由がわかるような気がしてきた。

 少なくとも、気軽な気持ちで行くような場所ではない、ということだ。


「馬子にも衣装ですかねぇ。」


と亘に言われたが、ひとまず無視をした。言われなくても自分が一番わかってる。



 何だか緊張しながら汐の家を出て、御番所に向かう。


 建物の前には大きな門が構えられ、周囲は背丈ほどの塀で囲まれていた。

 外から中の様子を見ることはできないが、何やら塀の中から騒がしい声が聞こえてくる。


 何かあったのだろうかと門をくぐると、建物の右奥に大きく開けた広場があって、複数の兵が竹刀を振るい、取っ組み合い、戦いの訓練をしているのが目に入った。


 その中に、見覚えのある人物が一人、腕を組んで訓練の様子を眺めている。


「淕?」


 気になって近くまで行き声をかけると、淕は俺達を振り返り目を丸くしたあと、何かに思い至ったように苦笑を漏らした。


「ああ、やはり押し付けられましたか。」


 ……何を、と言われなくてもわかる。


「“やはり”、ね。」


 苦い顔でそう言うと、淕は眉尻を下げた。


「あの方も、御当主から仕事を引き継ぎ始め、お忙しいのです。どうか、大目に見て差し上げてください。せっかくやる気になって下さったのですから……」


 淕は苦労をにじませるような表情だ。


 まあ、最初に俺が役目を与えられた時には、完全にやる気がなさそうだったのが、今や真面目に本家の仕事をしているのだ。淕は淕で苦労したのだろう。



 そんな話をしているうちに、稽古に勤しんでいた者たちがこちらに気づき、手を止めて次第に集まってくる。

 最初の数人が、俺の前で膝をつこうとしたので、俺は慌ててそれを止めた。


「そういうのはいいよ、稽古しててください。」


 思わずそう言ったのだが、俺が、兵士相手に下手に出たのが気に入らなかったのだろう。瑶が眉を顰めてこちらを見た。


「奏太様、堂々とされてください。」


 ……いや、そんな事を言われても、慣れていないのに、いったいどうするのが正解かもわからないんだけど……


 俺の態度と瑶のその言葉に、跪こうとした兵たちは、どうすべきかと戸惑うように、俺と瑶を交互に見比べている。


 しかしすぐに、


「奏太様はサボらず稽古に集中せよと仰せなのだ。さっさと戻れ。」


という淕の厳しい声音が飛んだ。


 どうやら、機転を利かせ、俺の立場と意見を尊重しようとしてくれたらしい。


「は、はい!」


 兵たちはその声にピシッと立って応じると、慌てたように稽古に走って戻っていった。


 人界の妖の中で一番強いらしいのに、こういうところまで機転が利くのだから、淕は相当優秀なのだろうと思う。

 加えて柊士第一主義。柊士に危険が迫れば、何を犠牲にしようと柊士を守ろうとするのだから、次期当主の護衛役としては最適な人選だ。

 柊士に振り回されていそうな苦労性な面は御愛嬌だろう。


 一方の亘は、強いしいざという時の機転も効くけど、何となく人界の妖の中での上下関係や柊士への対応など、分かった上でなお否定的に立ち回っているように見える。

 さっきの状況でも、亘は瑶に対して何かを物申そうとしていた。

 その前に淕がうまい具合にまとめたので、妙な事態には発展しなかったが。


「亘、ここから先は、奏太様のお供を私が変わろう。兵の稽古を見てやってくれ。」


 淕は、俺と亘と瑶の様子を見回して、そう申し出る。しかし、亘はそれに眉を顰めた。


「淕が奏太様に? 柊士様のことしか考えていないようなお前が?」


 亘の訝しむような声音に、淕は苦笑する。


「奏太様の印象を良くしておくことは、柊士様の利にもなる。悪いようにはせぬから安心せよ。むしろ、我慢のきかぬお前が近くにいる事で、奏太様に妙な言いがかりをつけられぬとも限らぬ。私は柊士様で慣れたが、お前は黙っていられぬだろう。柊士様が押し付けた御役目だ。私に手助けくらいさせてくれ。」


 淕は亘に言い聞かせるような穏やかな声でそう言った。


 俺としては、いつも一緒にいて、なんやかんや言いながらも俺の味方をしてくれる亘にいてもらえると心強い。淕は亘が言うように、絶対的な柊士の味方だ。


 でも、瑶と汐もまた、淕の意見に賛同したことで、亘は苦々しげな表情を俺以外の三人に向けたあと、自分でも心当たりがあったのか、大した抵抗をすることなく淕にその役目を譲った。

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