第76話 妖の里②

 俺達は坑道のような道を突き進む。

 門番の兄弟、特にかいの方は、ように窘められて悔しそうに口を噤んだが、最後まで忌々しそうな顔で亘を睨んでいた。


「何をしたら、あんなに嫌われるんだよ。」


 呆れ混じりにそう言ったが、亘は、


「さあ。特別な事はしていませんが。」


とサラッと流そうとする。


 さっきから俺にしているように、アレコレとからかいまくっていたら、それなりに嫌われるだろうとは思う。でも、なんだかそれ以上に恨みを買っているようにも見えた。


 亘の言葉に、瑶は眉根を寄せる。


「あれ程のことをしておいて、そういう態度だから其方は余計な反感を買うのだ。淕を見倣え、馬鹿者。」


 どうやら、亘は、瑶に “あれ程のこと” と言わしめる何かを仕出かしたらしい。


「何したんだよ、ホントに……」


 そう言って見ると、亘は何も言わずに、俺にニコリと笑って見せる。


 答える気が無さそうなので瑶に視線を移すと、瑶は仕方がなさそうに息を吐いて詳しく教えてくれた。


「結様をあちらにお送りした際、亘は相当里の者に責められたのです。そもそも、護衛役でありながら、結様を御守り出来なかった事が原因でしたから。もちろん、汐も責められましたが、案内役よりも護衛役の責のほうが重たい出来事でした。

 結果的には結様を妖界にお送り出来たので、亘には御役目の剥奪と謹慎という比較的軽い処分で沙汰が下ったのですが、私刑のような形で亘を貶めようとする輩もいまして……

 ただ、亘は向かってきた者共を一人残らず返り討ちにしていったのです。

 あの時の亘は、目も当てられないくらいに荒れていましたし手加減も一切無かったので、向かって行った者共は相当手痛い目にあいました。

 奴らの兄もそのうちの一人でした。

 里では亘に次ぐ程の力の持ち主で、もともと奏太様の護衛役を任じられる予定でした。自分の腕にも自信があったのでしょう。

 しかし、実際には、周囲に被害をまき散らした挙げ句、亘に負ける始末。

 逆に、淕を除いて敵う者が居ないほどに強い亘を遊ばせておくわけにもいかないと、沙汰は覆され、亘が奏太様の護衛役を任じられることになったのです。

 最初の大君の血を引く守り手様の護衛は、人界の妖で最も強い者が選ばれる誉れです。奴らの兄は、それを亘に奪われた形となったのです。」


 瑶はそう言うと、再び、ハアと溜息をついた。


 ……なるほど。状況はわかった。


「なんか、話を聞く限りじゃ、亘は悪くなさそうだね。単なる逆恨みって感じだ。」

「おや、奏太様は私の味方してくださるのですか?」


 亘は軽い調子で言う。


「話を聞く限りは、だけど。」


 そうは言ったものの、どちらかといえば、俺は亘に同情的な立場だ。

 結を送り出したあとの亘にとっては、その時の状況は、相当辛いものだったはずだ。

 多分、結の件で亘を一番責めていたのは、亘自身だったはずだから。


「まあ、弌と弐のあの態度の理由はそれだけでは無いのでしょうけどね。とはいえ、剣術の教え子からあんな調子で嫌われるのは残念でなりません。」


 亘は残念そうな雰囲気を微塵も感じさせない声音でそう言った。


「……一応亘に同情はするけど、亘がそんな風に二人を呼ぶから余計に嫌われてるんじゃない?」

「可愛がってやっているからこそなのに、ですか?」


 俺は、それに呆れて返事も出来なかった。


 嫌われる理由は亘個人の性格に寄るところも相当ありそうだ。そこばっかりは、あの兄弟に同情する。

 汐も呆れたような顔で亘を見ていた。



 そんな話をしながら、俺達は狭い坑道を抜ける。


 俺はそこで、驚きに息を呑んだ。


 そこには洞窟の中とは思えないほどの広大な空間が広がっていた。


 地面には土があり、真ん中の道の部分だけに石畳が敷かれている。

 木造の家々が曲がりくねった道の左右に軒を連ね、等間隔に並んだ灯籠で道や家が明るく照らされている。

 家の数は、数えきれないほどあり、相当数の妖達が住んでいるのだろうと想像がつく。


 瑶に案内されながら歩いて行くと、道はいくつかに枝分かれしていて、入り組んでいるようだった。

 さらに、似たような造りの家々の中に、時折大きな建物や広場もあるのが目に入る。

 水路も通っているようで、サラサラという水音も聞こえてきた。


 天井が岩でできていなければ、洞窟の中とは思えないような集落が、そこにはあった。


「凄いな……」

「先人たちによって積み上げられてきた、自慢の里です。」


 よほど、この里が誇りなのだろう。思わず呟いた俺に、瑶は出会って初めて、柔らかく顔を綻ばせた。


 石畳の道を案内されながら進むと、時折、そこに住む妖達とすれ違う。着物姿の女性もいれば、子どももいる。

 俺達が近くを通ると、皆一様に立ち止まり、こちらに向かって深く頭を下げ、子ども達が、


 キャハハハ!


と声を上げて駆けて行こうとすると、近くの大人に首根っこを掴まれて、無理やり頭を押さえつけられていた。


 俺を……というより、最初の大君の血筋に対してのものだろうが、何だか皆の生活を邪魔している感じがして、申し訳ない。


「なんか、凄くいたたまれない気持ちになるんだけど……」


 俺がぼそっと呟くと、亘が苦笑をもらした。


「我らにとって、守り手様とはそういう存在だということです。」

「……亘が言うと、全然説得力がないけどね。」


 そもそも、亘からは出会った当初からからかわれてぞんざいに扱われていたし、汐も汐で事務的対応だったし平手打ちも食らっている。


 ハクを救出しようとしたときにも、人界の妖はたくさんいたが、とにかく柊士の指示に従っていた印象しかない。


 それが、里に来た途端に、こんな風に畏まった態度を取られると、戸惑いしか湧いてこない。


「俺、別に偉くないし、普通でいいんだけどな……」


 思ったままを口に出したのだが、瑶はそれに厳しい顔をした。


「虚勢でも良いのです。堂々と為さってください。許されざる事ですが、まだお若い奏太様や柊士様を、影で若輩と侮る者もおります。そのような者共も含めて従え導いて頂かなくてはなりません。」

「……そんなの、柊ちゃんだけでいいんじゃない?」


 本家の次期当主は柊士だ。ここまで関わったからには手伝いくらいしようとは思うが、人界の妖達を率いて導けといわれてもピンとこない。


 そう思っていると、汐が小さく首を横に振った。


「奏太様は、柊士様を支えていかれる身です。それに、柊士様に万が一のことがあれば、次の御当主は奏太様となります。なんの心構えもなしに、とはいきません。」

「……え、俺が当主?」


 寝耳に水の話に思わず目を見開くと、汐はそれに眉尻を下げる。


「陽の気を使えるのが奏太様だけになるのです。当然、そのようになるでしょう。もちろん、柊士様にそのようなことがないように、淕や栞がついているわけですが……」

「それでも、亘と汐がついていた結様があのようなことになられたのです。備えておけることは備えておくべきです。」


 言葉尻を濁した汐の言葉を引き継いで、瑶がそう言った。


「特に文官衆にその傾向が強いのです。気を引き締め、せめて侮られることのないようにしていただかねば。」


 そう言う瑶も、見た感じは文官の類いなのではと思うのだが、物凄く俺の立場を慮ってくれているように思う。


「瑶さんは違うんですか?」


 不思議に思いそう尋ねると、瑶は首を横に振る。


「奏太様、どうか、瑶とお呼びください。我らに謙る必要はございません。むしろ、そのような態度こそ、足元を見られる原因になり得ます。」

「……瑶は違うの?」


 俺がそう言い換えると、瑶は一つ頷いてから、汐にチラッと目を向ける。それから、


「私は、汐から奏太様のご活躍をよく聞かされていますから。」


と、柔らかく、フフっと笑いをこぼした。


 いつも淡々と仕事をこなしているだけかと思っていたが、どうやら汐も、しっかり仲間として見てくれているようだ。


「へぇ。」


 俺が汐を見やると、汐は顔を少しだけ赤くして、フンと顔を反らした。

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