第181話  稽古の再開

「ねえ、亘、戦い方を教えてよ」

「……は?」


 ベッドに寝転がり動画を見ながらボソッと言うと、亘が間の抜けた声を出した。汐も呆れた顔でこちらを見る。


「なんですか、藪から棒に」

「いや、中途半端に柾に匙を投げられたままだったから、再開したいなと思って」


 柾に教えてもらった回数なんて片手で足りる。基本のキを覚えたかどうかくらいで、あとは地面に転がされ続けた記憶しかない。亘の事で気もそぞろだったから、覚えが悪くて呆れられたくらいだ。実力なんてついていない。

 

「……奏太様が鍛えたところで矢は防げませんし、近距離で追い込まれたら陽の気を使った方が早いですよ」


 亘の言葉に汐も頷いた。二人にはこの前の妖界での襲撃がきっかけだと気づかれているらしい。

 でも、ここで引き下がるつもりはない。今の俺はどう考えたって足手まといだし、一方的に護られるだけで後悔はしたくない。たとえ矢は防げなくても陽の気以外の戦う術が欲しい。


「いざという時の為に力をつけておきたいんだよ。何時までも弱いままだと、いつか絶対に後悔する。抵抗もできずにただ周りが自分のために死んでいくのを見るのは嫌なんだ。それなら一緒に戦って死んだ方がまだ……」

「奏太様!!」


 汐の鋭い声が上がり、咄嗟にまずいと思った。


「ごめん、そういうつもりじゃなくて……その……とにかく、せめて自分の身は自分で守れるくらいになりたいんだよ。そうすれば、亘達だって相手に集中できるわけだし」

「ですから、それならば陽の気を放った方が――」


 亘はそこまで言うと、一度口を噤む。


「亘?」

「いえ、陽の気を放てるならば、もしかしたら陽の気の結界を張れないかと思ったのです。妖界で陽の気の結界を見るまで考えもしませんでしたが、里の門番が陰の気の結界を張るのと同じ要領であの結界を一時的にでも張れれば、鬼や妖では手出しができなくなります」

「……そんなことできるの?」


 汐はそれに小さく首を横に振る。


「少なくとも、私は聞いたことがありません」

「陽の気の結界という発想がなかっただけかもしれませんよ。妖界や鬼界との結界の穴を塞ぐのが守り手様の本分ですから御役目前に陽の気は無駄遣いできませんし、そもそも御役目がここまで危険になったのはここ最近のことです。鬼が入って来られる大きな穴が開くことなど、数十年前まで殆どありませんでした。目眩まし程度なら陰の気の結界で十分ですから、わざわざ陽の気で結界を張る必要はなかったのでしょう」


 確かに、放っておけば陽の気は回復するけど、役目の前に結界を張った後、連続で陽の気を使って穴を塞ぐのはなかなか大変かもしれない。


「でも、それじゃあ結局役目の時には使えないってことだろ」

「御役目以外の場で危険に晒されることも多いでしょう。それこそ、いざという時の為に、ですよ」

「じゃあ、それはそれとして、稽古はつけてよ」

「……頑なですね。力などすぐにつくものではありませんよ?」


 そんなことわかってる。でも、無力な存在から抜け出したい、という気持ちのほうが今は大きい。無手で震えて誰かの背に庇われ縮こまっている情けない状態のままは嫌なのだ。


 じっと亘を見据えると、亘はハアと小さく息を吐き出した。


「……わかりました。」

 


 毎晩、里で亘に竹刀を使った戦い方を教えてもらいつつ、晦と朔を仕事の合間に呼びつけて結界の張り方を教えて貰うことになった。


 竹刀の方は相変わらずだけど、あの時と違って亘の言っていることが理解できる分ちょっとは身になっているような気もする。

 亘は里で晦や朔の指導役をしていたと以前に聞いたことがある。きっと教え方がうまいのもあるのだろう。こんなことなら、変な意地を張らずにもっと早く教えてもらうんだった。


「ぼうっとしていると、足元が疎かになりますよ」


 パンッ! とスネを思い切り叩かれて、思わず痛みにうずくまると今度は頭上から、パン! と叩かれた。


「――っ!! 今のは余分だろ!」

「気を抜く方が悪いのです。常にどこから何があるか分からぬと警戒しておくよう申し上げたでしょう」


 呆れ顔で見下され、うぐっと言葉を詰まらせる。


「しかし、構えや基本はできているのですね。少々驚きました」

「子どもの頃にちょっとだけ剣道やらされてたんだよ。あと、つい最近柾に滅多打ちにされた」

「アレほど師に向かぬ者は居ませんよ。感覚で教えますから」


 教える方にも教えられる方にも問題があったらしい。


「覚えが良いようですから、もう少し厳し目にいきましょうか。休憩は終わりです。さっさと立ち上がってください」


 亘は一歩下がると竹刀を構え直す。どうやら本気で鍛えてくれる気になったらしい。



 亘に基本の動きを教えられつつ、軽く振るった竹刀に叩きのめされつつしている間に、晦と朔がやってきた。ついでに二人の妹である紬も一緒だ。


「お呼びと伺い参上しました……が……我らが奏太様に結界の張り方をお教えすると伺ったのですが……」


 双子はオロオロした様子で跪く。今までも二人と会う機会は結構あったけど、何度会っても慣れてくれない。一方の紬は、胸の前で両手を組んで何だかキラキラした目で俺のことを見ていて、更に汐がそれを冷たい目で見ている。怖いので、なるべく触れないほうが良さそうだ。


 俺は汗と土埃でドロドロになった顔を袖で拭きながら、双子の前にしゃがみ込む。


「ちょっと前の御役目のときに、周囲に結界を張ってくれただろ。あれのやり方を教えてよ」

「え、でも、奏太様は陰の気が……」

「陽の気でもできるかもって亘が。ものは試しに、だよ」

「は……はあ……」


 双子は不思議そうに顔を見合わせ首を傾げた。そんなに変な事を言ったのだろうか、そう思いつつ二人を促すと、二人は可愛い灰色の仔犬の姿にふっと変わった。


「え、なんでわざわざ?」

「人の姿より、元の姿に近いほうが気の通りが良いのです」

「四肢から己の気の力を大地と空気に通わせて、思い描く範囲に薄い膜を作っていくのです」


 ……何だかすごく難しそうな事を言っているけど、本当に俺にできるのだろうか……


 二人は四本の足で地面を踏みしめ、ウヴーっと唸り声をあげる。次第に二人の体から灰色のモヤのようなものが上がり、しばらくすると地面から灰色の半透明の結界が浮き上ってきた。


「夜間は陰の気が大地にも空気にもありますから、自分の気の力と周囲の気の力を馴染ませるのです。うまく馴染むと、意図通りに周囲の気の力が動いて行きます」


 晦が結界を上に上にと伸ばしながら説明を加えてくれたけど、やっぱりよくわからない。

 二人はある程度まで結界を広げると、『かい』と呟く。声と同時に、結界にはヒビが入り、パラパラと崩れ落ちて霧散した。


「……気の力を馴染ませるってどうやるの?」

「地面や周囲に、じっくり気の力を加えていくと、混じり合っていくのがわかります」


 朔に言われて地面に手をぺたりとつく。ちょっと陽の気を注いでみたけど、混じり合っていくような感じはない。端から消えていっているような感じがするだけだ。


「あ、あの、両手両足をついた方がよろしいかと……」

「靴も脱がれた方が……」


 促されるまま靴を脱ぎ、四つん這いの状態になる。

 

「こう?」 

「踵もピタリとすべてつけた方が、大地に気の力が通りやすいです」

「……こういう事?」


 素直にそのまま両手両足を伸ばして、両手のひらと足の裏がピタリと地面につくような体勢をとってみた。そのまま陽の気を注いでみたものの、やっぱり何の変化もない。

 地面の気の力と混じり合っていく感覚? ナニソレ?


「……やっぱり唸り声も必要なのかな……?」

「体全体から陽の気がでるようにしたほうが……」


 二人が小声で話し合っているけど、その間にも手足がプルプルしてきた。傍から見たら生まれたての子鹿のような状態になっているのでは……という気すらしてくる。 


「奏太様、全身の毛を逆立てるような感じで、唸りながら陽の気を……」


 全く晦が言っていることが理解できない。いや、さっきの二人を見てるから、どの状態の事を示しているのかは分かる。でも、それが自分にできる気がしない。それに、そもそこの体勢がすごくキツイ。

 

 本当にこれで陽の気の結界が張れるのだろうかと疑問に思いながらチラッと亘と汐を見ると、亘は口元を押さえて笑いをこらえているのが丸わかりだし、汐は無表情と呆れの間のような顔で遥か遠くを見ているし、紬は見ていられないとばかりに両手で顔を覆っていた。


 俺はそのまま、バタリと足を投げ出しうつ伏せに倒れ込む。


「奏太様!?」


 恥ずかしさにジタバタしたくなる気持ちを抑えて突っ伏したまま動かずにいると、心配したらしい双子が駆け寄ってきた。


「……俺には無理だって事がよくわかった。あと、あそこで笑いをこらえてる言い出しっぺに、制裁を加えてきてくれる?」


 俺の頼みを聞いた二人はよく似た顔を見合わせる。

 その後、攻撃に転じた二人が返り討ちにあったのは言うまでもない。

 


 亘に首根っこを掴まれた晦朔を回収していると、紬がこちらに駆け寄ってきた。


「あ、あの、奏太様は陽の気で結界が張りたいのですよね?」

「そうだけど……」

「ならば、媒介となる呪物を使われた方が良いかもしれません。里には使っている方もいますし」


 そういえば、御役目時の目隠しや里の結界の保持にもにも呪物使っていると、侵入者を捕まえた時に柊士が言っていた気がする。


「でも、今あるものは陰の気を媒介するものですから、奏太様には向かぬかと」


 汐が冷静に否定すると、紬は対抗するように汐をキッと睨んだ。


「奏太様用に作らせればよいでしょう」

「今あるのは大昔から使われているものじゃない。研究からしなければならないのに、誰がやるの?」

「守り手様の身を護るものだもの。里の賢者を総動員してでも作らせるべきじゃない」


 何と言うか、二人は本当に反りが合わないらしい。二人の口論が白熱仕掛けたので、そろそろ止めに入るかと思い始めたところで、亘がボソリと

 

「……まあ、研究者に心当たりがないわけではないが……」


と顎に手を当てて呟いた。

 晦、朔、紬は首を傾げたが、汐は眉を顰める。


「まさか、収監されている囚人に作らせるつもり?」

「あれは呪物の研究者で制作者だと言っていただろう。殺さず捕えておくのなら、有効活用すべきだ」


 先日捕らえられた侵入者は、未だにどこかに収監されたままらしい。

 

 使える者は使った方が良いという亘の言葉は確かに一利ある。言った本人が苦い顔をしているのは、未だにあの場で殺しておくべきだったと思っているからだろうか。

 

 あの後、妖界での一件以外に大きな事件は起きていない。その為か、あの時の亘の凍てつくような目もあれ以来見ていなかった。今は普段通りだ。


「まあ、研究させるにしても、柊ちゃんの許可が……」


 そう言いかけた時だった。武官が一人、物凄いスピードで飛び込んできたのは。


「――奏太様!! 柊士様が、御本家お倒れに――!!」

 

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