第97話 遊園地のお化け屋敷①

「ねえ、奏太。この前知り合いから☓☓遊園地のチケットを二枚もらったんだけど、次の日曜、一緒に行かない?」


 遥斗と一緒に何度か講義を受けてだいぶ打ち解けて来た頃、遥斗が机の上で前のめりになりながら、俺の顔を覗いて言った。


「え、いつも一緒に居る友だちは? 彼女とか。」

「はは、彼女なんていないよ。それに他の友だちは用があるって断られた。日付指定あるから、その日しか行けないんだ。」

「変更できないの?」

「奏太がダメならそうするよ。で、どう?」


 ―――次の日曜。

 別に全然空いている。ただ、行き先はこの前雪騒動のあった場所の近くだ。


 鬼がどうなったかを俺はまだ聞けていない。それに、俺が遠出することに良い顔をしない人物に何人か思い当たる。

 うちの両親、汐と亘、柊士、伯父さん、尾定、そして俺に何かがあった場合柊士に振り回される事になる淕。


 ……まあ、断った方が無難なんだろうな……万が一何かに巻き込まれたら、今度こそ外出禁止にでもなりそうだ。


 そう思っていると、遥斗は眉尻を下げて悲しそうな顔をする。しばらく考えを纏めるために黙っていたのが良くなかったらしい。


「そんなに俺と一緒に行きたくない?」

「え、いや、そういう訳じゃ……」


 そんな風に見られるとすごく断りにくい。


「じゃあ行こうよ。俺、車出すし。」

「いや、でも……」


 周囲に心配される、というのは流石に男子学生が使うような言葉じゃない。即答で予定があると言わなかったせいで今更予定があるとは言いにくい。


「やっぱ、俺と行くのは嫌かぁ。子どもの頃から時々、言われるんだよね。女の子と歩いてるみたいで嫌だって。いじめられた事もあるし、結構気にしてるんだけどなぁ〜。」

「え!? いや、ごめん、そうじゃ無いんだ! ちょっと気になることがあっただけ! 大丈夫、行くよ!!」


 殆ど反射的にそう答えたあとで、ニコリと笑った遥斗の顔を見て、俺は頭を抱えた。


 ……遊園地ではなく、友だちの家に遊びに行く事にしておけばいいか……いや、ていうか、何で俺、こんな自由が制限されてるんだっけ……?


 そもそも論に辿り着いて頭に疑問符を浮かべている間に、週末の予定は確定した。



 日曜、遥斗の家の最寄り駅を教えてもらいそこまで行く。

 集合場所を決めたときに判明したのだが、遥斗の家はどうやらあの日雪が降った地域にあたっていたらしく、あの日は大変だったよ、なんて笑っていた。


 遥斗の口調からは、雪が降ったというだけで、それ以外の異変は無さそうだ。


 目的地の遊園地は、所謂メルヘンチックな場所ではなく、絶叫系がひしめいているのが特徴。家族連れよりも、友人同士や恋人同士が多い印象だ。


「俺、乗ってみたかったのがいくつかあるんだよね。」


とウキウキしながら言う遥斗にひとまずついて行く。でも、正直絶叫系は苦手だ。

 子どもの頃連れて行ってもらった夢の国系の遊園地で、ジェットコースターではないと父に騙されて乗せられて以来、苦手意識がついていた。


「あれ、ジェットコースター苦手だった? 意外だな、強そうに見えたけど。」


 俺からは何も言っていないのに遥斗にそう言われるくらいには、表情が強張っていたらしい。


 ドキドキしながら、最恐と言われれるジェットコースターに並び、時々遥斗にからかわれること一時間弱。

 順番が来てマシンに乗り込み、ガタンガタンと揺られて頂上に登る。物凄くよい景色を眺めながら祈るような気持ちで落ちるのを待つのだ。

 そして、いざ頂上。

 前が徐々に落ちていき、自分達も引き摺られるようにして落ち始める。


 しかしそこで気付いた。風を受け、勢いよく落ちているのに全く怖くない。というか、亘に乗ってるのと同じ感覚だ。むしろ、シートベルトがある分安心感があるくらいだ。

 そういえば、亘に最初に乗ったときに、シートベルト無しのジェットコースターだと思った記憶がある。

 あの時は亘がわざと物凄いスピードで高下させていたけれど、俺はそれにいつの間にか慣れてしまっていたということだ。


 周囲の叫び声をなびかせながら落下するジェットコースターに乗って、俺はそんなことを思い出し、苦い笑いを浮かべた。



 それからいくつか絶叫系の乗り物に乗ってみたが、びっくりするほど怖さを感じなかった。何だか拍子抜けしていたら、遥斗が苦笑する。


「やっぱり、絶叫系全然大丈夫じゃないか。さっきのとか、俺、叫びそうになったよ。」

「そう言いつつ、遥斗だって全然平気そうじゃん。」

「俺、もともと得意な方なんだ。じゃあさ、あっちはどう?」


 遥斗は少し向こう側にチラと見える、薄汚れた灰色の建物を指差す。


「かなり怖いって噂だけど。」


 それは、怖いと評判のお化け屋敷だった。噂では本物の廃病院を使っていて、本物の幽霊が出るなんて噂もある。真偽は不明だが、もしそうであればあんまり近づきたい場所ではない。

 心霊スポットには陰の気が満ちていると汐が前に言っていた。

 遊園地で妙な事が起これば騒ぎになるはずだから安全なはずだけど、あんまり良い気はしない。


「あのさ、あそこ、本物の幽霊が出るって噂だけど、ホントかな?」


 思わずそう零すと、遥斗は首を傾げてこちらを見る。


「あれ、ソッチ系は本当に苦手なの?」

「うん、まあ……」


 苦手の種類は違うが、そう言っておいて回避できるならそれに越したことはない。

 しかし、遥斗はニコリと笑いかけた。


「なら、行っておかないと。ジェットコースターをあんなに余裕そうに乗られたら、流石に癪だからね。」

「は!? ちょ、ちょっと!」


 まさかそっちに話が転じるとは思わず、変な声が出る。それに、遥斗はフフっと笑った。


「行こう!」


 楽しそうな遥斗に半ば引き摺られるようにして、俺は最恐と噂のお化け屋敷に向かうことになったのだった。



 お化け屋敷の周囲は演出のせいか少し薄暗い。

 御役目で本物の廃病院に行ったことがあるが、雰囲気はよく似ている。


 中に入ると説明を受け、順に先に進んでいく。


 カップルが入り、三人組の高校生っぽい男子が入っていき、四人組の女の子たちが続き、もう一組カップル。そして俺達だ。


 中に入るとかなり暗く、遠くの方から叫び声が響いてくる。狭い順路を進んでいくと診察室や手術室などがあり、病院器具のようなものが置かれている。


 時々、うおぉぉ! とか、あぁぁぁ! とか言いながら血みどろの服を来たゾンビが出てくる。しかも、見えないところから急に出てくるものだから、


「うわぁぁ!」


と思わず叫び声を上げてしまう。


 いつも妖連中を相手にしてても、驚かされるのは苦手だったことに今更気づく。


 あいつらは妖とはいえ、急に飛び出でてきたりおどろおどろしく出てくる感じじゃないし、結構しっかり実体がある。

 敵対している場合には、だいたい真正面から問答無用で襲ってくるし、わぁ、と脅かしてくるのは悪ふざけしている亘くらいだ。

 お化け屋敷のお化けと妖では全然違う。逆の意味で。


 お化けのふりした従業員に驚かされ叫び声をあげる度に、遥斗はクスクスと笑いを漏らした。


「奏太、ホントに怖がりだな。」

「そういう遥斗はなんでそんなに大丈夫そうなんだよ?」

「だって、相手は人って分かってるだろ?」

「いや、そうなんだけどさ……」


 そんなことを言い合いつつ、恐怖を紛らわせるように先に進んでいくと、不意に、前方天井付近でふわりと妙な動きをするオレンジ色の浮遊する光が目に止まった。

 急に早くなったりゆっくりになったり。上下左右に自在に飛んでいる。まるで本物の鬼火を見てるみたいだ。


「あれ、どうなってるんだろう? 自動で動いてるにしては、動きが不自然だよな。」


 俺がそう言うと、遥斗もそれに目を凝らす。


「うーん、人が操作してるのかな。小型のドローンってことは……流石にないか。」


 光自体も一定の強さを放っている訳ではなく、まるで炎のようにチラチラと揺れている。しかも、俺がじっと見つめていると、光はまるで慌てて逃げ出すように遠ざかって行った。


 ……動き方が本物っぽすぎるのが気になるけど、まさか、こんなところに鬼火が居るわけないよな……


 そう思いながら首を捻っていると、遥斗は


「そんなに気になる?」


と俺の顔を覗き込む。突然目の前に現れたものだから、


「うわぁ!」


と声を上げてしまったほどだ。


「ハハ、流石にそれは酷くない?」


 遥斗はそう言って笑い声を上げた。

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