第20話 妖界の帝①
言葉少なに歩き、ようやく外が見えると、そこには数十の兵たちが待ち構えていた。
敵か味方かがわからず思わず足が止まる。
すると、たじろいでいることに気づいたのか、宇柳にトンと肩を叩かれた。
「大丈夫。味方だ。」
穴から出ると、兵達はすぐにこちらに気づき、その場でザザッと一斉に跪いた。
驚きに目を見張っていると、宇柳と和麻がそっと離れてハクの行く道をあける。
状況はよくわからないが、御姫様への礼節なのだろうと、俺も慌てて宇柳と和麻の側まで移動した。
「……あの、宇柳さん、ハクってどういう立場の御姫様なの?」
コソっと聞くと、宇柳は苦笑を浮かべる。
「姫ではない。我らの主上。帝だ。」
……帝!?
まさか、そこまで上の立場の者だとは思わず、目を見開く。自治領がいくつかあるとはいえ、妖界の最上位の存在ではないか。
ハクだなんて呼んでいたけど、このままでいいのだろうか。不敬だと咎められやしないだろうかとドキドキする。
そんなことを考えていると、すぐにハクのもとに、位の高そうな着物を身に纏った整った顔立ちの青い髪の男と、橙色の髪の武装した大柄な男が駆け寄ってきた。
「白月様!」
「……
ハクは先程までの思考を振り払うようにニコリと笑う。
「いえ。ご無事で何よりです。」
橙色の髪の大柄な男の方はほっとしたような表情を浮かべる。
しかし、青い髪の男の方は眉根を寄せ、ハクの顔を確かめるようにじっと見つめた。
「……お顔の色が良くありません。中で何があったのです?」
「何もないよ、璃耀。ただ閉じ込められてただけ。」
璃耀と呼ばれた男はハクの答えに不満を持ったのか、すぐに宇柳に目を向ける。
「宇柳、何があった。」
「璃耀、何もないったら。」
ハクは慌てたように、璃耀を制止する。
「何もない者は、そのような反応はしません。宇柳、説明せよ。」
何というか、この男はハクのことを凄くよく見ている。側近の一人なのだろうか。
宇柳はその璃耀の厳しい目に晒されて、うっと息を呑んだ。
「わ……私にも詳しいことはよくわかりません。ただ……」
そう言うと、宇柳はこちらにチラッと目を向ける。
宇柳の視線につられて、璃耀がこちらに視線を移してきた。厳しく検分するような、鋭い視線だ。
それだけで、自分が宇柳に身柄を差し出されたのがわかった。
……あっさり売られた……
「この者は?」
「白月様と共に捕らえられていた者です。その者であれば、多少事情は存じているかと……」
宇柳は璃耀の向こう側で、申し訳無さそうな顔をこちらに向けている。
でも、売り払ったあとでそんな顔をされても、……
俺だってよくわかってないのに、初対面のこの男に問い詰められそうな雰囲気がすごく伝わってくる。
しかし、ハクが俺を背に守るように、璃耀との間に入ってくれた。
「璃耀。彼は人界から来たの。向こうに帰してあげないと。」
「事情を聞くのが先です。それに、何処から帰すおつもりです。」
「陽の山の泉の底に入口があるんだって。だから……」
「では、いつでも戻れるではありませんか。」
「でも、彼は人だよ。あまり長く妖界に居ることはできないの。陰の気に体を蝕まれちゃう。」
「事情を聞くくらいの時間はあるでしょう。」
「でも、既に閉じ込められてから時間が経ってるし……」
ハクは俺を人界に帰そうと説得を試みようとしてくれている。できたら俺も、ハクのお言葉に甘えて、さっさと帰りたい。
でも、璃耀は璃耀で俺から話を聞くまで、譲る気は無さそうだ。ハクの説得が暖簾に腕押し状態なのが傍目からはよく分かる。
ハクは帝だというが、完全に璃耀のペースだ。
……うーん……急がば回れ。ここは、素直に応じておいたほうが、帰り道は早いかもしれない……
「大丈夫だよ。ハク。胸が重苦しい感じもまだ無いし。」
ハクの背後から抜け出し二人の間に立ってそう言うと、ハクは
「……でも……」
と俯いた。そして、
「……私もまだ整理がついてないのに……」
と、本当に小さな声でそう呟いた。
……どうやら、余計な事を言ったらしい……
ハクはチラッと璃耀に目を向けてから、ハアと深く息を吐く。
それから、説得を諦めたのか、気を取り直したように、橙色の髪の男の方に目を向けた。
「蒼穹、あちらに検非違使が複数いたの。それに、京に危害を加えようとしてた。瑛怜に内部を探ってもらえるよう、早急に使いをお願い。念の為、京と宮中の警戒をさせて。首領には申し訳ないけど、私達も早めに帰ろう。」
そうハキハキと指示を出す様は、確かに御姫様のそれではない。
俺がぽかんとしながらその様子を見ていると、蒼穹はハクの言葉に眉を顰めた。
「検非違使も、ですか……」
「“も”ってどういうこと?」
「今回、烏天狗の山は厳重に警備されていました。白月様の周りを近衛が、烏天狗の山自体を軍と烏天狗の兵が守っていたのです。協力者が居なければ、白月様を連れ出すなど不可能です。」
話を聞く限りでも、状況は結構複雑だ。
ハク=結なのだとして、ただ遼が妖界の帝になった結を取り戻したい、というだけで終わらない。それに協力する朝廷内部の者が、ハクの周囲に複数潜り込んでいて、幻妖京を滅ぼすことを目的としている。更にそこに、俺達に復讐したい蛙が絡んでいる。
……首謀者の一人と思われる遼の知り合いで、人界から来ている俺は、本当に素直に帰してもらえるのだろうか……だんだん不安になってくる。
ハクに甘えて素直に帰らせて貰えば良かったかも……
ただ、一度了承した以上、ここで前言を撤回できるような空気ではない。
というか、最早誰もこちらを見ていないので、会話に割り込んで行くようなことも出来ない。
「では、一度、烏天狗の領地に戻りましょう。首領に御挨拶もせねばなりません。」
ハクはそれに一つ頷く。
「わかった。ただ、蒼穹は軍の半数をつれて、先に京に戻ってくれない? 信頼出来る者に守っておいてほしいの。」
「白月様。貴方は既に拐かされているのです。信頼出来る者こそ、御側に置いてくださらねば困ります。」
璃耀が横から厳しい声音で言うと、蒼穹もそれに頷く。
「じゃあ、こっちの手勢を厳選して、残りの者全てで京の守りを固めて。」
「白月様。」
諌めようとする璃耀をハクは睨む。
「もう、京を荒らされたくないの。これ以上は譲らないから。」
政変で京は酷いことになったのだと、蓮花畑の河童は言っていた。大君が先頭に立って軍を率いていたのだと。大君が帝のことなら、きっと、ハクはそれを前線で見ていたのだろう。
結局、ハクの意思を変えることはできず、少数精鋭でハクを守りつつ、大多数を京に戻すことで決着したようだ。
二手にわかれていくなか、俺は事情聴取のために呼ばれた和麻と共に、大鷲のお兄さんにのせられ、ハク達と烏天狗の山へ行くことになった。
一応、亘に乗っているので慣れてはいるが、
「まだ子どもだ。恐ろしかろう。」
と気を使って、和麻が後ろから支えてくれている。凄く幼い子どものような扱いをされて、居心地がわるい。
「あの……和麻さん、着くまでの間に、少しハク……月様のことを教えてもらえませんか? できたら、事情聴取に参加する人達のことも含めて……」
事情聴取がどういう雰囲気になるかはわからないが、アウェイの状態であることには変わりないだろう。少しでも情報収集はしておきたい。
多分、その場の最上位者であろうハクは、何かあっても、ある程度味方になってくれると思う。
宇柳も味方になってくれると嬉しいが、さっきあっさり璃耀という人に差し出されたので、あんまり期待はできない。
璃耀の探るような目で見られただけで体が硬直したのだ。できたら、優しく穏やかな人がいてくれるといいんだけど……
そう思いつつ尋ねると、和麻は
「そうだな……」
と少し考えながら、一人ひとり名前を挙げつつ教えてくれた。
和麻が言うには、恐らく同席するであろう朝廷の者は、聴取される側の宇柳と和麻を除いて五名。
まずは、先程真っ先にハクに駆け寄った璃耀。蔵人頭という役回りらしいが、要はハクの側近であり腹心。ハクが妖界に来て間もない頃から仕え、共に旅をし、帝位に就くのを側で支え続けていたらしい。
それから、朝廷の抱える軍団の大将である蒼穹と、その部下である
本来、蒼穹の右腕は宇柳らしいが、今回は宇柳が事情を聞かれる側なので、藤嵩が出てくるのでは、ということだった。
軍の大将の右腕って、相当な地位だと思うけど、宇柳さんて、なんか、そんな感じがしないんだよなぁ……
そして蒼穹たちと同様に、ハクが帝位に着く前から周囲を守ってきた、近衛である
話を聞いているうちに、だんだん胃が痛くなってきた。
「そう言えば、
不意に、俺達を運んでくれている大鷲のお兄さんが口を開く。
「翠雨様というのは?」
「左大臣様だ。白月様に次ぐ権力者であらせられる。」
「え……あの……その人ももしや……?」
「いらっしゃるのであれば、参加されるだろうな。」
大鷲のお兄さんはコクリと頷いた。
「白月様はお優しい故、何があっても其方を害することをお厭いになるだろう。ただ、あの方の一番近くにいらっしゃる翠雨様や璃耀様は違う。白月様を煩わせる者を影で排除するくらい躊躇いなく行う方々だ。
白月様に敵対する気がないのなら、発言にはくれぐれも気をつけることだ。」
和麻は物凄く気の毒そうな声でそういった。
……何でそんな怖いことを言うのだろう。
いや、何でそんな怖いところに向かう事に俺は決めたのだろう……
あのとき事情聴取に応じると決めた自分を呪いたい。
「……あの、ちなみに、白月様はどういう方ですか?」
側近達が怖いなら、頼れる者はその最上位者だけだ。ハクならいざとなったら助けてくれるとは思うのだが、一方で、さっきのやり取りを見るに璃耀という人の説得すら出来ていなかった。
最上位者のハズなのに、あまりにも不安すぎる。
すると、和麻が誇らしげに口を開いた。
「あの方は、妖界の英雄だ。私は元検非違使故、市井の者達の様子も良く見知っているが、軍を率い、鬼どもから身を挺して真っ先に京を救ってくださり、復興にも身分関係なく心を砕いてくださったあの方は、京でも絶大な人気がある。」
それに大鷲のお兄さんも同意する。
「市井の者だけではない。あの方に命を救われた者は、京にも朝廷にも少なくない。天が荒れた妖界に女神を遣わしてくださったのではと噂されるくらいだ。」
……なるほど。
そういうことが聞きたかったわけではないが、ハクは随分慕われているようだ。
ただ、それは本当に、側近に言い負かされそうになり、蚯蚓姿の和麻を見て震えていたあの少女と同一人物の話なのだろうか……
それに、結のイメージともあまり一致しない。性別が違ったせいもあるだろうが、しっかり遊んだ記憶がない分、俺の中の結の記憶はあまり定かではない。でも、おおらかで優しいお姉さんという印象はある。
ハクはそれに比べると少し幼い印象だ。見た目の問題もあるのだろうが、コロコロ変わる表情も、言動の一つひとつをとっても。
もちろん、軍を率いて最前線で鬼と戦う様など想像がつかない。
だからこそ、本当にハクが結なのだろうかと疑っているところもある。ハク自身が人界の記憶を取り戻せば、ハッキリするのだろうが……
そう思ったところで、俺は首を横に振る。
何だか、面倒なことに首を突っ込み過ぎている気がする。ひとまず、無事に事情聴取を終えることを考えよう。
そして、さっさと人界に戻ったほうがいい。
遼の心配は残るが、きっと人界では汐と亘も俺を探そうとしてくれているだろう。一応、伯父さんや柊士に相談したほうがいいこともできた。
それに、結のことが気になるなら、戻ってから、汐と亘に聞いたっていい。
とにかく、さっさと無事に終えることを祈ろう。
俺は 、ハアと息をついて目の前に迫る岩山を見つめた。
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