第107話 疫病神の正体①
朝、大学の最寄り駅。
いつもは学校で合流している潤也が、改札口で待ち構えていた。
「え、どうしたの?」
駅で待ってるなんて、と俺をは目を瞬く。
「柊士さんに頼まれたんだ。日中、できるだけ側にいてやってくれって。」
「は、直接潤也に? 心配し過ぎだろ、子どもじゃないんだから……」
そう言いかけると、潤也は眉根を寄せて、語気を強める。
「放っておいたらいつ命の危険にさらされるか分かんない奴を放置できるわけ無いだろ。」
「……あぁ、遥斗のこと、聞いたの?」
俺が聞くと、潤也は仕方なさそうにハアと息を吐きだした。
「人間にまで殺されかけるとか、どうなってんだよ。」
「別に殺されかけた訳じゃないよ。ただの脅しだ。」
「脅しじゃなかったらどうするつもりだよ。ていうか、ナイフ突きつけられて平然としてんなよ。もう感覚おかしくなってんだよ、お前。」
……まあ、それに関しては自覚がないわけではない。
少なくとも、遥斗にナイフを突きつけられたところで、怖いとは思わなかった。
直前の鬼のこともあって、感覚が麻痺していたのもあるし、本気で殺そうとする者の気迫のようなものが感じられなかったのだ。
ただ、そうは言っても状況が状況。周囲の反応はわからないでもない。
「でも、普通に大学通う分には何かが起こることなんてないだろ。人目もあるし。」
「お前の場合、信用できない。そこに関しては、俺も柊士さんと同意見だからな。」
潤也にジロッと睨まれて、俺は口を噤む。
ただ、普段通りの生活で何かがあったとしたら、もうそれは俺自身の努力で避けられる問題じゃ無い気がするんだけど……家から一歩も出ないってわけにもいかないし。
「……御祓にでも行ってこようかな。」
「なんだよ、急に。」
「汐に言われたんだ。疫病神でもついてるんじゃないかって。」
「あーまあ……ただ、それはいいと思うけど、そうやって御祓にでかけた先でまた変なことに巻き込まれるんじゃ……」
「……不吉な事言うなよ……」
俺はそう言いつつ、深いため息をついた。
結局その日は、基本的には潤也が俺の近くにいて、別々の講義の時にも講義室まで送り迎えされるという徹底したボディーガードっぷりにより、何事もなく過ぎていった。
「こんなの、負担だろ。今まで通りでいいよ。」
そう潤也に言ってみたものの、潤也には首を横に振られた。
「少なくとも、二、三日は様子を見るよ。」
潤也はそう言いながら遠くを歩く遥斗の方を見る。
遥斗とは時々目はあったものの、お互いに遠巻きに様子を見るだけで、話をする機会は訪れなかった。
その週末、一応両親に相談の上、この辺りでは一番大きな神社へお参りに行くことになった。
……父親同伴で……
「厄払いだろ。外から参拝する程度なら別にいいが、祈祷してもらうなら御挨拶が先だ。」
「御挨拶?」
「ああ、お前は知らないか。あそこの宮司は遠い親戚だぞ。本家との繋がりも深い。」
そんな実感は全く湧かないが、さすが、千年以上続く家系だ。由緒正しき大社すら親戚にあたるとは。
「奏太の顔を見せて御挨拶だけはしておけって本家から言われてたんだよ。丁度良かった。」
そんな事を言われながら、父親の運転する車に揺られること三十分強。馴染みのある大社に辿り着いた。
祭りや初詣にはちょこちょこ来ていたが、祈祷してもらうのは、たぶん七五三以来だ。五歳の出来事なんて記憶にないが、その時も簡単な挨拶だけはしていたらしい。
守り手かどうかなんてその時には分からなかったけど、一応父が本家の出なので、息子です、という顔見せをしたのだと教えてもらった。
今回は守り手になった事を報告に行くという事らしい。既に二年くらい経つけど。
それにしても、この手の話は本家と里に閉じたものだと思っていたので、人間社会でこうやって話をすることになるとは思わなかった。
ただ大社側は、事情は知っている、というくらいで、滅多に妖や鬼に関わるようなことは無いらしい。
一応、御守り、御札、御祓いなど、強力な妖や鬼でなければ祓ったり近付けないようにすることはできるが、神社でどうにも手に負えないことがあれば、本家に依頼が来ることもあるのだとか。
「あいつらが来るから御札は貼れないけど、母さんとか、御守り持ってた方がいいんじゃない?」
足元をジャリジャリさせながら、御守や御札が並ぶ授与所を眺めながら父に言うと、父は少しだけ眉を下げた。
「母さんだけか? それに、家に来るような連中が、御札や御守でどうにかなるわけ無いだろ。やるなら、お前が真剣に祈って陽の気でも込めてやれ。その方が余っ程意味がある。」
「へぇ。」
そういうもんか、と俺は一つ頷く。
一応、本家のゴタゴタを殆ど知らないのに巻き込まれる可能性のある母だけは、ちゃんと守ってやらないといけないんじゃないかという思いはある。父はむしろ、巻き込む側だ。守る必要が無いわけではないが、優先度は若干下がる。
「そういえば柊ちゃんから、結ちゃんの手作りの御守をもらったんだけど、効果あるのかな。」
俺はスマホケースの内側に忍ばせた御守を取り出す。すると、父はそれをチラッと見たあと、小さく頷いた。
「あの子の事だから、しっかり作ってるだろ。大切にしとけ。」
柊士は効果があるかどうかわからないと言っていたけど、父の話からするに、もしかしたら、ちゃんと柊士を守っていたのかもしれない。
……代わりに御守あげたほうがいいかな。いや、あげるならハクに頼んだ方がいいかも。似たようなものを作ってくれるかもしれないし。
そんなことを考えながら、いつもの参拝ルートを外れて社務所の方へ向かう。
事前に連絡していたらしく、父が声をかけると巫女さんが奥の部屋に案内してくれた。
シンと静まりかえった部屋でしばらく待つと白い着物に紫色の模様の付いた袴を履いた宮司が、にこやかに入ってくる。
「お久しぶりですね。ようこそいらっしゃいました。」
「お久しぶりです。息子の奏太を連れて、御挨拶に伺いました。」
父はそう言うと、俺の背をトンと叩く。
「こんにちは。」
そう挨拶すると、宮司は興味深そうな目でこちらを見た。
「随分大きくなりましたね。日向の御本家からもご連絡は頂いています。随分ご活躍だと伺いましたが。」
「いえ、親としては危なっかしくて見ていられませんよ。」
父は苦笑しながら俺を見る。
「今日は厄払いとか?」
「ええ、出かける度に厄介事に巻き込まれるので……」
「もちろん祈祷は行いますが、以前と同様、状況が改善するかはわかりませんよ?」
「ええ。気持ちの問題もありますから。」
父がそう言うと、宮司はこくりと頷いた。
以前、という言葉が少し気になったが、何となく年嵩の者同士の会話に割り込んで行けずに黙って成り行きを見守る。
父と宮司の間で軽い世間話や昔話が交わされ、借りてきた猫のようにじっとしていると、宮司はようやくススっと移動して、扉を開けた。
「では、参りましょう。万が一何かがあっては困りますから、通常の場所より奥で行いましょうね。」
そう言われて宮司に案内されて辿り着いたのは、大きな鏡と祭壇が置かれた、通常の一般客が祈祷する場所よりも少し奥まった所だった。背後の御簾は降ろされ、外からこちら側が見えないようにされている。
そこに居るのは、宮司と父と俺だけだ。
ピンと張り詰めたような、夏なのにどこか冷とした神聖な空気の中、宮司が祈祷を始める。
俺はその後ろに正座をし、玉串を置いた台の前で頭を下げた。
こういう時、何を考えていれば良いのかはよくわからない。でもとにかく、妙な事に巻き込まれないようにと必死にお願いをしておく。
神様、少なくとも、出かける度に変な事に巻き込まれるのだけは何とかしてください。
あと、できるだけ、周囲の皆に危害がないように守ってください。
それから、それから……
そう祈っているうちに、不意に自分の上に小さな影ができた事に気づいて、ふっと顔を上げる。
そこに居た者に、俺はギョッと目を見開いた。
「……何でいるんだよ……」
思わず、そう呟く。
そこには、俺の顔を覗き込むようにしてみている、白い髪、白い着物、白い肌の見覚えのある少女の顔があった。
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