第2話 最初の仕事①
「……それで……俺は結局、何をすればいいわけ?」
本家でポツリと取り残された俺は、
「結界の
……いや、そもそも、さっきから結界を補強しろと言われ続けているが、まず結界というファンタジー極まりないものが現実世界ではどんなもので、どう補強すればいいのかがさっぱりわからない。
それに加えて、力を注ぐ?
力を注ぐって何? どういう状態のことを言うの?
眉根を寄せて首を傾げていると、汐は困ったように眉尻を下げる。
「何かご不明なことが?」
「ご不明な事だらけなんだけど……」
俺達は二人で首を傾げ合う。
「……まず、そもそも結界ってどんなもの?
「結界は通常、目には見えません。あちらとこちらは常に目に見えない壁に隔てられ、生活する中では誰の意識にも上がりません。
ただ、綻びが生じると、
「……妖界と鬼界ってなに?」
新しい概念が次々と出てくるんだけど……
「妖界とは、私達妖が通常生きる世界です。鬼界とは、人や妖を喰う鬼共の生きる世界です。この
ますますファンタジーの様相が強くなってきた。
一応今まで黙って聞いてたし、伯父さんも
「……じゃあ、その結界を補強するのが俺と
「それは、私には経験が無いことなので何とも……」
……いやいや、それが分かんなきゃ意味ないじゃん。
「結局、柊ちゃんに聞かなきゃわからないってこと?」
怪訝な顔で汐を見ると、汐は小さく首を横に振る。
「いえ。こちらの書に目を通し力を通わせている
と、結界を閉じる方法を
汐はそう言うと、先程柊士が落としていった紙束を指し示す。
力を通すというのがわからないが、俺はそれを拾い上げ、ひとまず最初から最後までパラパラ
ただ、中身が
結にはこれが読めたのだろうか。
「残念だけど、俺には読めないよ」
そう言いつつパタリと閉じて畳の上に置こうとする。
瞬間、何故か紙束の中身から白っぽい光が漏れ始めた。
「は!?」
しかも、その光が紙束を掴む手の方に寄ってきて、自分の中に流れ込んでくるのが分かる。
「ちょ、ちょっと待った! 何だこれ!」
思わず紙束を落としそうになる。
「離してはダメ!」
「えぇっ!?」
汐の鋭い声が響いて、
別に、何かが自分の中に無理に入ってくるような不快感はない。ただ、光が入って消えていくだけだ。
何がなんだかわからないままそれをじっと見つめていると光は次第に小さくなっていき、しばらくすると先程までのただの紙束に戻っていった。
目の前の不思議現象が収まり、ほっと息を吐く。
「結様は、書に力を通わせた後、結界を閉じるのだと強く願い見えない力を注ぐ様に掌に力を込めると祝詞が頭に思い浮かぶのだと仰っていました。これで、
「……はぁ……」
そうは言われても、全く何かが変わった感じがしない。本当に大丈夫なのだろうか。
「ひとまず綻びを塞ぎに行ってみましょう。ちょうど先程、一箇所発見したと報告があったばかりなのです。本当は柊士様と
「え、今から行くの? 明日じゃ駄目なの?」
もう夜だし、これから出掛けるのは面倒だ。さっさと家に帰って風呂に入って寛ぎたい。
しかし、汐は眉尻を下げて首を横に振った。
「残念ながら、我ら妖は日の出る時間帯に外を出歩くことができません。
「……陽の気?」
「人界では、日の下に陽の気が満ち、日が沈むと
……なるほど、それは柊ちゃんも仕事があると嫌な顔をするわけだ。
かくいう俺も、翌日学校があり親の目もある中、頻繁に夜に外に出たり出来ない。
本家の指示なのだから、本家の用だと言って詳細は伯父さんに聞いてくれと言えばいいのだろうが……
「それで、どこに行くって?」
「ここから二時間ほど飛んだ先にある廃校です」
「……飛ぶ? 飛行機に乗るってこと? 今から?」
そんなに大掛かりな移動が必要とは聞いていない。
そう思ったが、汐は首を横に振る。
「いえ。空を飛べる者が居ますので、その者に乗っていきます。そろそろ迎えが来るはずです。外に出ましょう」
汐に案内されて廊下に出ると、ちょうどよく伯父さんに鉢合わせた。
「行くのか?」
「うん、よくわかんないけど一応……。それで、これから先も夜出掛ける事になるなら、うちの親にも言わないといけないと思ってるんだけど……」
「ああ、それなら、うちの仕事を手伝ってもらうから時々泊まることになると伝えてある。汐と出るときにはこっちに来ると言っておけ」
「……わかった。うちの親は知ってるの? その、妖の事……」
自分ですら未だ信じきれない妖の存在を
「お前が信じきれていないように、信じられる者など
つまり、母さんは知らないし、言うなということなのだろう。
まあ、父さんが知っているなら大丈夫か。何かあっても母さんに言い訳くらいしてくれるだろう。
「わかった」
そう頷くと、伯父さんは俺の肩をぽんと一度叩いた。
「気をつけて行けよ」
伯父さんに送り出されて内庭に出ると、そこには、タクシーの運転手のような格好をした、にこやかな笑顔の男性が立っていた。
手には一際明るい
「どうも、
タクシーの運転手にしては、なんか、ものすごく軽い話し方だ。
それに、タクシーと言ったが、空を飛ぶのではなかったのだろうか……
汐に目を向けると、呆れたような表情で男を見ていた。
「なあに、その格好」
「良いだろ。
男は周囲を見回す。
汐はそれに溜息をつくと、俺の方に目線を向けた。
「新しく守り手様になられた奏太様よ」
汐の言葉に、男はこちらへ目を向けると、あからさまに、がっかりしたような表情を浮かべた。
「……
何だかよくわからないが、凄く失礼なんだけど……
「なんでそんなに残念そうなんですか?」
「いえ、てっきり
なるほど。理由はわかったが、ここまであからさまに態度を変えられると言葉も出ない。
「あまりお気になさらず。奏太様。さあ、亘、準備を」
汐に声をかけられると、男は渋々といった様子でコクリと頷いて、
「これを」
とランタンを俺に押し付けるように渡してから、先程の汐や
しかし、変わったのは小さな
……だから大鷲タクシーか……
ただ、それ程大きな鷲が目の前に現れるとさすがに怖い。ギョロッとした目に鋭い
それに、
「さあ、背にお乗りください。」
と言われても、どう乗るのが正解かわからない。
俺が背に乗ると、亘は至極残念そうな声を出す。
「次の守り手様は男子とは……」
「仕方が無いでしょう。どの方であろうと、誇りに思うことよ」
亘はハアー、と深く息を吐いた。
「……あのさ、そんなに嫌なら乗せてくれなくてもいいんだけど」
失礼
そう思っていると、大鷲はブンブンと首を横に振る。
併せて体が大きく揺れて振り落とされそうになり、慌てて体を伏せ、ランタンを持っていない方の手で首元の羽を鷲掴みにしてしがみつく。
「ああ、失礼。それから、別にお乗せすることが嫌なわけではありません。残念なだけで」
……いや、だから、それがさ……
「奏太様、お気になさらないでください。亘は女子、とりわけ結様が好きなだけなのです。そのうち慣れます。それよりも早く参りましょう。夜が明けてしまいますから」
汐は蝶の姿になり、俺の目の前まで飛んできてそう言った。
正直
「ハア……。わかった。行こう」
俺がそう言うと
「じゃあ、しっかり捕まってて下さいよ!」
と言いながら、亘は翼を羽ばたかせた。
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