第10話 学校の怪談①

 それは文化祭が近づき、準備に追われて帰りが遅くなったある日のことだった。


「なあ、潤也知らない? 荷物はあるのに、姿を見ないんだけど」


 資材の片付けをしながら聡が周囲を見渡す。

 同じ班で作業しているので勝手に帰ることは無いはずだし、買い出しに行っているということでも無さそうだ。


「飲み物でも買いに行ったんじゃない?」

「いや、それにしては長いんだよな……」


 聡はそう言いながら首を捻る。


「じゃあ、俺が探しに行ってこようか? こっちはもう片付いたし」

「あ、待った。俺も行くよ」


 聡はそう言うと、そそくさと手に持っていた資材をロッカーの上に置いた。


「居るとしたら、自販機のあたりか、職員室周りか……」


 そう言いながら階段を下っていく。窓の外はもう暗い。帰宅部の自分達がこんな時間まで学校に残っていることは珍しい。この時間にしては人が多いほうだと思うけど、古い校舎だ。暗い時間に人気ひとけの少ない場所を通るのは少々不気味な感じがする。


「なあ、そういえば、この学校にも七不思議があるの知ってる?」


 聡も同じ事を感じたのだろう。暗い外を眺めながら、出し抜けにそう言った。


「七不思議?」

「そうそう。そのうちの一つが、夜に学校に入り込んだ生徒が神隠しに会うってやつなんだ」


 ……神隠しか……


 今では、妖界絡みなんだろうなと思うようになったものの一つだ。以前汐にも、妖界に連れて行かれた絢香の話をした時に神隠しなど良くあることだと言い放たれた。

 ぽっかり空いた結界の穴から誤ってあちらに入り込んだり、絢香のように連れ込まれたり。いずれにせよ、あちらに行ったまま入口を見失ってしまったら戻っては来られないだろう。


 でもそれは、あくまで結界の綻びが発見されるまでの話。これだけ人がいる中で不可解な灰色の渦があれば、きっと既に騒ぎになっているはずだ。


「夜の学校に生徒がいるなんて珍しくないだろ。部活も委員会もあるし、今日みたいに文化祭の準備もこの時期普通にあるし」

「まあ、そうなんだけどさ」


 聡の返事は軽い。本気でそんな事が起こると思ってはいないのだろう。 

 俺達は、七不思議の話や文化祭の話など他愛のない話をしながら潤也を探していく。


 自販機のある場所、職員室、昇降口、他クラス、空き教室……


 しかし居そうな場所を一通り周ってみたが見つからない。一度自分達のクラスに戻ってみたものの、やはり誰に聞いても戻ってきていないと言う。


「何処に行っちゃったんだろう、アイツ」


 次々に帰っていくクラスメイトたちを眺めつつ、本人不在の席で潤也の帰りを待つ。

 ただ、待てども待てども帰ってくる様子はない。


「あのさ、ちなみにさっきの神隠しの話、学校のどの辺りっていうのはあるの?」


 もう殆ど人のいなくなった教室で、まさかとは思いながらも聡に問う。もしや誰にも見つからないような隠れた場所に綻びがあり続けているのでは……という不安が少しだけよぎったのだ。


「ああ、水晶庵ってあるだろ? ほら、あれ。茶道部が使ってるやつ。あの辺りって聞いたことがある」


 聡はそう言いながら、窓から見える校舎裏の小さな池と日本風家屋を指差す。校舎裏なだけあって、教室の窓からぼんやり眺めることはあってもよっぽどの理由が無ければいかない場所だ。


「さすがにあんなところには行かないよな」

「……いや、うちの担任、茶道部の顧問だろ。何か用があって探しに行ったってことは……」


 聡がぼそっとこぼす。


 ……いやいや、まさか。


 そうは思いつつも、悲しい哉、自分の中では既に嫌な予感がし始めている。


「……俺、一応、見に行ってこようかな」


 すごく行きたくないが、万が一妖界絡みで潤也が厄介事に巻き込まれているのなら、自分が行かないわけにはいかない。

 重たい腰持ち上げると、聡もバッと立ち上がった。


「俺も行く。キャンプのときみたいに、何が起こってるかわからないままじっと待ってるなんてゴメンだ」

「でも、何もない可能性のほうが高いと思うけど」

「それでも行く」


 聡の意思は固そうだ。別に断る理由もない。


「わかった。じゃあ行ってみよう」


俺はそう頷いてみせた。


 学校内は電気が着いていて明るいし、まだ先生達も残っている。部活をしている生徒もいる。

 でも、人の行き交う廊下を逸れ普段は使わない校舎裏への出入り口から校舎を出ると、周囲は一気に薄暗くなり一切人の気配がなくなった。

 

 そんな中で、煌々と光る職員室の明かりがぼんやりと水晶庵の側にある小さな池を照らし出す。でも当の水晶庵は中に誰もいないのか暗がりに包まれたままだ。


「何だか薄気味悪いな」


 聡が小さくこぼす。

 念の為、中に入れないかと扉に手をかけてみるが、引き戸を引いても鍵がかかっていて開きそうもない。


「さすがにいないとは思うけど、妙なことに巻き込まれてるかもしれないし、外側から中を確認してみるか」


 俺が言うと、聡もコクリと頷いた。


「ああ。ついでに水晶庵の外を一周してみよう。たしか建物の裏手も通れる筈だから」

 


 俺達は、ひとまず池と建物の間の小道に入り、1番大きな窓のある場所まで行って硝子窓から中を覗き見る。

 ただ、室内はやっぱり暗くて良くわからない。


「見えないな。何か明かりでもあればいいんだけど……スマホとか、明かりになりそうなもの持ってきてないよね?」


 そう言いながら目を凝らす。しかし反応は戻って来ない。代わりに、同じように隣で窓を覗き込んでいたはずの聡から、何故か突然、


「うわっ!」


という叫び声が聞こえ、一拍遅れてボチャっという重たい物が落ちたような水の音が耳に届いた。


「……は? 聡?」


 隣を見ると、そこにあったはずの聡の姿は忽然と消えていた。


 水音が聞こえたから池に落ちたのだろうかと振り返ってみたものの、水面が揺れているだけで、やっぱり姿はない。


 いったいどこに……


 聡の姿を探して周囲を見回す。

 その時、不意に自分の体がぐいっと後ろに引っ張られる感覚がした。しかも結構な強さで引っ張られたおかげでバランスを崩し、そのままグラッと体が揺れて背中から倒れる。


 まずい!


 そう思ったが、そのまま地面に叩きつけられるようなことにはならなかった。代わりに、倒れこんだ先で何か柔らかいものに支えられた感覚がしたあと、何事かと状況把握もできないまま、頭から水にボチャンと落ちた。


 そこから先の記憶はない。



「おい、奏太! 奏太、起きろって!」


と呼びかける声に起こされ目を開ける。


 そこは、見たことのない木の小屋の中だった。周囲はほのかな灯りに照らされている。

 小屋といっても、キャンプ場のコテージのようなしっかりしたものではなく、そこらの木をいろいろ組み合わせて作ったような歪なものだ。


 声のした方に目を向けると、潤也と聡が木の蔓のようなもので縛り上げられて転がされている。かく言う俺も、同様に縛られていて身動きが取れなくなっていた。


 しかも、体が濡れて、寒いし気持ちが悪い。


「……ここは?」

「多分だけど、妖界だと思う。ここに来る時にチラっと見えた景色が、前に見た景色に似てたから」


 潤也は眉根を寄せて答える。


「いったい何がどうなってんだよ……」


 聡は困惑するように息を吐く。それはそうだろう。学校で潤也を探していた筈なのに、気づいたらこの有様なのだから。


 周囲をもう一度見回すと、天井に、いつか見たような硝子のランプがついていて中で灯りが踊っている。


 ……鬼火だ。


 ということは、神隠しの正体はやっぱり妖のせいだったわけだ。

 それにしても、何で妖界への綻びが……


「二人はどうやってここに来たか覚えてる?」


 俺が聞くと、聡は首を横に振った。


「いや。何かに後ろから引っ張られて泉に落ちたところまでは覚えてるんだけど、気づいたらこの小屋の中だった」

「潤也は?」

「俺は……」


 潤也が言いかけると、聡はそれを遮って潤也に非難めいた目を向ける。

 

「というか、そもそもお前、一体どこで何してたんだよ。散々二人で探したんだぞ」


 確かに、潤也に関してはそこから説明が必要だ。俺も視線を向けると、潤也は小さく肩を竦めてみせた。

 

「いや、今日、俺日直だっただろ。で、日誌を出すの忘れてたから職員室に持っていったんだよ。でも先生がいなくてさ。遅れた時は手渡ししないとあの人怒るだろ。で、茶道部の顧問だったこと思い出して届けに行ったんだ。

 結局、水晶庵の手前で会えたから手渡したんだけど、その時に池の方で何かが跳ねた気がしてさ。気になって様子を見に行ったんだ。そこから先は、聡と同じだよ」

「でもさっき、来るときにちらっと外が見えたって言わなかった?」

「この小屋の扉の前で目が覚めたんだよ。思い切り地面に落とされて」


 潤也は思い出すようにしながら顔を顰める。


「じゃあ、ここに連れてきた奴を見たのか?」

「見たけど……」


 潤也がそう言いかけた時、不意に、建付けの悪そうな扉がギイと音を立た。


 俺達は揃って口を噤んで扉を見る。


「おや、目覚めましたか」


 扉を開けて俺達を見ながらそう言いながら入ってきたのは、小さな耳に長い尾を持つ、二足歩行の動物だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る