第154話 巽の報告
ざっくりとした事情を伝えつつ妖界への手紙を聡に頼むと、電話口の向こうで大きなため息をつかれた。
どうせ、そのうち師匠である尾定から伝わるだろうけど、伝えたのは本当に概要だけ。あんまり、友人達を巻き込みたくはない。
俺が詳細を誤魔化していた事には気づいていたようだが、聡は深くは聞こうとはしなかった。
「……だいたいわかった。全く、無茶すんなよ。届け物はしてやるから、お前は大人しくしとけよ。」
聡がそう言って了承してくれたので、汐に妖界の言葉で代筆をしてもらい、大まかな事情とハクの体を丁重に扱ってほしいと記してもらった。
水晶玉を一緒に持っていってもらうことも考えたけど、万が一にも届けるまでの間に何かがあっては困る。炎のように見える水晶玉の魂を水に浸す気にもならなかったので、誰か信用できる人をこちらによこすか、こちらから妖界への通行許可が欲しいとお願いした。
手紙は汐から聡に届けてもらうう。あとはしっかり者で責任感の強い信用できる友人に任せておけば、きっとうまく蓮華畑の河童に繋いでくれるだろう。
汐には、聡のところに行くついでに忠を別室に案内してもらった。忠は驚愕の表情を浮かべてこちらを見ていたが、今はまだ、ここに居てもらったほうがいい。本当は帰らせてあげたいところだけど、ハクとの貴重なコミュニケーション手段が失われるのは困る。
あと少しだけ、となだめ、忠の涙目を見ないようにしながら送り出した。
「私が文を届けに行っている間に、奏太様は、ゆっくりお休みください。あれ程のお怪我をなさったのです。くれぐれも、ご無理はなさらないように。」
信用ならないと言わんばかりの口調で最後の言葉を付け加え、汐は忠を連れて部屋を出る。
それと入れ替わりで、柾の様子を見に行っていた巽が足早に戻ってきたのが扉越しにみえた。
こちらに声は届かなかったが、汐がジロっと巽を睨んで小声で何事かを伝え、巽が顔を引き攣らせ忠が怯えた表情を見せた事だけはわかった。
「……あの……ご報告に上がったのですが……」
巽は俺のそばで膝をつき、言葉尻を濁す。
チラっと閉じた扉に目を向けたのは気になったが、巽との情報交換はしっかりとしていきたい。
「うん。こっちも色々わかった事があるんだ。こっちの状況も伝えるよ。」
俺がそう言うと、椿が躊躇いがちに声を上げた。
「あの、巽の報告を聞く前に、少しお休みになったほうが良いのではありませんか?」
巽も椿の言葉に頷く。
「……汐ちゃんにも、奏太様にご無理をさせるなと凄い剣幕で言われたばかりなのですが……」
さっきのあれはそういう事だったのか、と合点がいったが、俺は巽の報告を聞くのをやめるつもりはない。
「別に動くわけじゃないし、負担にはならないよ。」
「しかし……」
「報告を聞き終わったらちゃんと休むよ。気になって寝ていられないし。それに、こっちの情報も巽に把握しておいてもらわないと。情報の行き違いや認識の遅れで手遅れになるようなことが起こったら困るだろ。」
湊の動きが露見した直後の今の動き方が重要になるのは、俺にだってわかる。ゆっくり休んでいる間に重要な事を見逃して、あとから後悔するのはゴメンだ。今のうちにできる手は尽くしておきたい。
困ったように顔を見合わせる二人を、俺はじっと見つめた。
「もう俺は、これ以上の被害をだしたくないんだ。」
それから、自分の手の中の水晶玉に視線を落とし、部屋の隅で考え込むような表情で座っている亘に目を向ける。
亘とハクをこれ以上追い詰めるようなことがないように。二人のような被害者を他にも出さないように。今できることは、しっかりやっておきたい。
その視線の意味に二人も気付いたのだろう。二人はようやく、諦めたように小さく頷いた。
俺と椿の二人で情報を補い合いながら新たにわかったことの共有を行う。ある程度説明が終わると、巽は考え込むように押し黙った。
「……巽?」
「あ、いえ。つい先日、御番所で湊様にお会いしたので……せめてその時に何かに気づけていればと……」
「湊に? その時は何を?」
「僕らが警備していた保管庫の定期確認にいらっしゃったのです。柊士様が御不在の際にいらっしゃることはあまりないので不思議には思いましたが、許可書もお持ちだったので……」
巽から見て不審な点がなかった為、そのまま保管庫に通し、しばらくして出て来たのを見送ったらしい。
「晦も一緒にいたのですが、その時には特に何も……」
「そっか。」
大っぴらに何かができるわけでもないし、祭りの時に誰も湊の行動を不審に思わなかった様に、湊が普段通りに平静を装っていれば、きっと裏で何かを企てているなんてことに気づくのは難しいだろう。
「柾達の方はどう?」
「お言付け通り、水晶玉に関して知られないよう、あの場にいた者だけで調査を進めています。粟路様が奏太様の救助にと信用できる者だけに絞ってくださっていたので助かりました。」
「良かった。さっきも言った通り、湊が周囲の者達を操ってる可能性が高い。鬼の調査はあの場にいた武官に協力してもらいつつ、水晶玉の使い道とハクのことは、できたら俺の護衛役と案内役の間だけで留めておきたいんだけど。」
「ええ。承知しました。」
未だ不透明なことも多いし、ハクと鬼の魂が入れ替わっていたことや水晶玉でハクの魂を確保している事に関しては、念のため、俺の護衛役と案内役、そして忠の間だけで伏せておいてもらった方がいい。
万が一にもハクの魂を奪われる訳にはいかないし、ハクの魂が不安定な状態であることが知られれば、きっと大きな混乱に繋がる。
「それで、鬼の体にあるかもしれないと仰った水晶玉ですが――」
巽は難しい顔で眉根を寄せた。
「男性武官では血の影響が強いため、特に異常を感じていない女性武官に調べさせました。胸元に不自然なしこりがあったようで切り開いたところ、あの水晶玉が出てきました。」
巽はそう言うと、きれいに拭かれた水晶玉を差し出した。中にオレンジ色の光はなく、買ったときのような白い半透明の球が真ん中にあるだけだった。
行商人が捕まればハッキリするが、鬼の体から水晶玉が出てきた以上、恐らく予想は当たっているのだろう。
「行商人は見つかった?」
「いえ、そのような情報はまだ……普段からフラフラとあちこちを旅しているせいで、足どりを掴むのは困難かもしれません。」
「……仕方が無いか……」
「ええ。ただ、物証がありますし、白月様の証言とも一致しますから。」
確かに、だいたいの事象は把握できたし、黒幕もわかった。行商人捜索は、一旦後回しでもよさそうだ。湊を捕まえて取り調べたほうが確実だろう。
「それから、あの土蔵にあったもう一つの扉ですが、鍵をこじ開けましたが道が崩され土で埋まっていたため、どこに繋がっていたかを調べるのは時間がかかりそうです。」
「わかった。道が無いなら悪用されることもないだろうし、そっちの調査も後回しだね。ひとまず湊を探そう。里には居ないんだろ?」
「ええ。湊様は毎年この時期に休暇を取られていますから……」
毎年不在にする時期。それを利用して誰にも不審に思われずに色々暗躍していたのだろう。
「鬼の体から水晶玉が見つかったなら、一旦そっちの調査は切り上げて湊を探してもらえるように柾に伝えてくれる?」
「はい。僕もそちらに同行しましょうか? 手数は多いほうが良いでしょう。」
「いや、巽は俺の近くにいて何かあった時に動けるようにしておいてもらえると助かる。」
椿を護衛につけておくにしても、巽のように身軽に動ける者がいたほうがありがたい。
俺はそう巽に答えつつ、未だに部屋の隅でじっと視線を下げて座っていた亘に目を向けた。
皆から情報を集め指示出しをしている間も、亘はずっとそうしていた。拳をきつく握ったまま、動かず一言も発しない。今の状態を考えると、亘はしばらく休ませておいたほうが良いだろう。
「亘。」
「……はい。」
俺が呼びかけると、亘はようやく視線を上げて低く返事をした。
「ここはいいから、少し休んできなよ。」
引き金は亘も関わった過去の出来事。悲しく辛い話だとは思う。でも、聞いた話だけになるけど、少なくとも俺は誰も悪くないと、そう思った。
俺自身がその場にいたら……結の父親の立場だったらどうしただろうか。
瀕死の自分の家族を諦めるか、助ける為に周囲の皆を危険に晒すか。非情だと、一言で片付けて良い問題ではない。きっと誰にとっても辛い決断だったはずだ。
それでも、それがきっかけで湊は恨みを募らせ、復讐の為にハクと鬼の魂を入れ替え、亘にハクを斬らせた。
柊士の母の話も、知らずに亘がハクにしたことも、全てが今の亘には重くのしかかっているのだろう。
「……いえ、私は……」
「いいから。護衛には椿がいるし、何かあれば巽や汐に動いてもらう。俺も怪我のせいでしばらくここから動けないから、その間に少し休んでこいよ。今のお前の状態で、護衛の役目なんてできないだろ。」
ただ、休んでこいと言ったところで、亘は大丈夫だと答えるだろう。傍目から見れば、全然大丈夫には見えなくても。
あえてきつい言葉を使うと、亘はぐっと奥歯を噛んだように見えた。
「……あのさ、気に病むなとは言わないよ。でも、ハクは死んでない。助けられるんだ。ハクを元の体に戻す為にもこれ以上被害を広げない為にも、考えないといけないこともやらなきゃいけないこともいっぱいある。お前が揺れてたら困るんだ。だから、動ける時にきちんと冷静に動けるように、今のうちに休んでこいよ。」
俺が言うと、巽もコクリと頷いた。
「亘さん、そうですよ。いずれにせよ白月様をあの鬼の体のままにしておくことはできませんでしたし、あの方はちゃんとここにいます。妖界側の返答が戻ってくれば、正しい状態にお戻しするために忙しくなるでしょう。奏太様には椿と僕がついてますから、先に休憩してきてください。」
巽と俺の言葉に、亘は一度、ぎゅっと眉根を寄せて目を瞑ったあと、静かに深く重い息をゆっくりと吐いた。
「……承知しました。」
自分も休むからと亘を下がらせたは良いものの、いろんなことが気になって、俺自身は、全然気持ちが休まらなかった。
あれこれと似たような事を何度も巽と椿に確認をとっていたら、痺れを切らした椿に、
「奏太様、そろそろお休みになってください。」
と眉尻を下げて言われた。
でも、一気にいろんな事が起こり、いろんな事が判明したせいで、状況の整理だけで頭がパンクしそうな状態だ。しかも頼れる従兄は不在。柊士の行方も気がかりだし、ハクを元の体に戻す目処を早くつけたいし、亘の心情も心配だ。それに、温泉水を少し飲ませてから未だに目を覚まさないらしい遥斗のことも気になる。全ての黒幕と思われる湊の行方も掴めず、更に何か仕掛けて来るのではという漠然とした不安もある。
心配事が多すぎて、何か一つでも早く解決したいと、気持ちばかりが焦ってしまう。
とてもじゃないけど、じっと寝てなんていられない。
そう思っていると、巽は呆れ顔で溜息をついた。
「指示を出した御本人がお休みにならなかったら、亘さんだってゆっくり気持ちの整理をつける時間なんて取れませんよ。主である奏太様にこれ以上何かがあれば、亘さんも僕らも、耐えられません。」
「でもさ……」
「でも、ではありません。それに、汐ちゃんが戻ってきた時に奏太様がお休みになってなかったら、きっとお説教ですよ。僕らも巻き込んで。お休みの間に僕が情報収集しときますから、今は僕らと亘さんの為に休んでいてください。」
巽が切実そうに言うと、椿もまた、神妙な面持ちで頷いた。
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