四章
閑話 ― side.白月:人界からの招待状 ―
その日、璃耀不在の時間をわざわざ狙い、カミちゃんが部屋にやってきた。
璃耀への報連相を徹底させている蔵人所の者を一切通さず、さらに真面目でお堅い蝣仁ではなく別の者を使って凪に確認に来る徹底ぶりだ。
凪は元々カミちゃんの側近。常に私の側で目を光らせる璃耀を恐れてはいるが、信頼からか、自ら望んで私についた後ろめたさからか、基本的には近衛にいてもカミちゃん派だ。
ということで、蔵人所の者と蝣仁の目を掻い潜り、にこやかな笑みを浮かべて、カミちゃんは私の前に一通の手紙を広げた。
「共に人界の祭りに参りましょう、白月様。」
「……はい?」
私は唐突な誘いに目を瞬く。
休みの日に人界に行って遊びたい。そんな主張をことごとく璃耀に却下されて諦めたのは随分前の話だ。
「招待状が届いたのです。人界の妖の里で行われる祭りへ是非とも、と。」
カミちゃんの指し示す手紙を見ると、妖界の文字で、確かに妖界から来賓を招きたいという趣旨の事が書いてある。
「でも、これ柊士の字じゃないよ。」
人界とのやり取りは、基本的には柊士とすることが多い。本来は当主である伯父さんとすべきかもしれないが、どう考えたって柊士の方が気安い。
柊士は妖界の文字を少しずつ覚えているようで、私信以外はたどたどしい妖界の文字で手紙を送ってくる。私信なんて滅多に来ないし、来たとしても私がいろいろ書いた手紙に対して一行返ってくるだけなので、ほとんどが妖界の文字で来ていることになるんだけど。
人界からの手紙は、私個人宛のものは璃耀の確認が、ちょっとした取引など朝廷宛のものはカミちゃんの目が通る。
で、今回の手紙に関しては、遠回しに私を招きたいということは書いてあったものの本筋としては朝廷からの来賓としてどなたかを、という内容だったことから、カミちゃんのところに回ったらしい。
「あちらの誰かが代筆したのでは? 公的なものでは良くあることでしょう。実際、私のところに回ってくるものは、恐らくあちらの文官が書いたものですよ。」
「そうなんだ。でもなぁ……」
正直、璃耀の説得が面倒くさい。
行きたい気持ちは大いにあるし、できたら昼間にいろいろ遊び回りたい。結の貯金がそのまま残っていることは柊士に確認済みだ。
でも、今の立場がそれを許してくれない。
どこに行くにも護衛は必須。人界で昼間遊ぶ場合には誰も私の護衛にはつけないし、夜間は妖や鬼の時間。結界の綻びが出来まくっている人界で出歩くなんて以ての外、と璃耀は許可を出してくれなかった。
返答を渋っていると、カミちゃんは眉根を寄せる。
「璃耀のことですか?」
「うん、まあ。」
「たまには、一日二日、私にお付き合いくださっても良いでしょう? いつも璃耀ばかりではありませんか。」
「それは役割上しょうがないでしょ?」
「以前、共に人界へ連れて行ってくださると仰ったでしょう。」
「いや、言ったけど……」
そう言うと、カミちゃんは再びニコリと笑みを浮かべる。
「では、参りましょう。白月様は約束を違える方ではありませんからね。」
その言い方は、殆ど強制では無かろうか……
「でも、璃耀はたぶん許可してくれないよ。散々交渉したもん。それに、私もカミちゃんも揃って不在になるのはちょっと……」
「許可するも何も、公務ですから。他の仕事は蝣仁と璃耀に上手く調整させましょう。我らの不在も、四貴族家のうち三家の当主が残れば問題ありません。」
「え、璃耀も置いていくの?」
思わぬ発言に驚いて声を上げると、カミちゃんは当然だというように頷く。
「ええ。そのつもりです。留守を任せねばなりませんからね。それに、いつも置いていかれる私の気持ちを思い知れば良いのです。」
……ああ、本音は後者か……
「でもそれ、ホントに大丈夫? 絶対了承しないと思うけど。」
璃耀は自分が不在の間に私に何かが起こることをとにかく危惧している。今までの自分の行いのせいだということは十分理解しているつもりだが、璃耀の主張は帝位につく前から一貫して変わらない。
さらに、帝位についたからか輪をかけていろいろあったからか、今や璃耀が私の側を離れるのは最小限、自分が不在の時は信頼できる者で周囲を固めて誰も近づけさせない徹底ぶりだ。
今日、カミちゃんが璃耀不在の時間にここにいられるのは、カミちゃんの地位と私や凪との関係性によるものに他ならない。
それにも関わらず、
「文句は言わせません。承諾させますよ。」
と、カミちゃんは随分強気だ。一体その自信はどこから湧いてくるのだろうか。
「……じゃあ、璃耀の説得は任せるよ。私は無理。」
そう匙を投げると、カミちゃんは小首を傾げる。
「決定事項として伝えるので、説得など不要です。その為に、璃耀を排除した状態で白月様のご了承を得に来たのですから。璃耀がいる状態でお話ししたら、白月様の御返事を伺う前に邪魔されますからね。」
……なるほど。確かに、璃耀がいたらここまで話が進む前に止められて、カミちゃんと璃耀が喧嘩になるか、私が言いくるめられて終了だろう。
単純に人界へ行くのを認めさせるという目的だけを考えれば効率的なやり方だ。でも、それは帝と左大臣の名前で問答無用で認めさせる荒業ということで……
「……結局、後で嫌味をグチグチ言われるのは私じゃない……?」
その考えに思い至って呟いたのだが、カミちゃんはまるで聞こえなかったかのように、
「それでは、御約束ですからね。」
と満足そうに笑って立ち上がり、私に反論する間も与えずに部屋を出ていった。
互いにどんな立場になっても、自分の要求をゴリ押しして無理やり通してしまうところは相変わらずだ。
「……ねえ、凪、帝って何?」
そう聞いてみたが、凪は曖昧に笑って誤魔化した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます