五章

第115話 祭りの来客①

 ちんてんとんてん、祭り囃子が里に響く。子ども達が楽しげに走りまわり、大人もどこかソワソワしている。


 柊士から事前に聞いていた通り、祭りは規模縮小で実施となった。

 具体的に言うと、力比べによる護衛役選出の取りやめ。神事としての力比べは行うが、その結果を受けての護衛役の交代はなくなった。


 まあ一応、周囲の守りを固めるという意味で、目についた者が居れば、サブの護衛役に引き立てても良い、ということは伯父さんに言われた。

 強いからどう、ではなく、人柄や戦い方を加味してお前らが自分の目で見て選べ、ということらしい。もちろん、伯父さんと粟路の最終承認は必要らしいが。


 そういう意味では、正直柾がついてくれると心強い。ただ、亘といたらろくなことにならないので、一旦保留だ。


 椿が良いところまで行くなら、亘との相性も悪くなさそうだしいいかな、とは思うけど。

 ちなみに、チラチラこちらの様子を伺っている巽は俺の中では今のところ案内役の域をでない。

 そして、汐がいる以上、申し訳ないけど案内役は不要だ。



 祭り前、俺達は一度汐の家に向かう。神事に参加するため、そこで正装に着替えるのだ。

 栞の元気そうな姿もあった。

 あの日、柊士の無事を確認したあと、手元にあった温泉水を栞にもかけていたことで、傷の治りが早かったようだ。

 出迎えと共に膝をついて礼を言われたあと、汐だけは視線を上げて、困ったように俺を見た。


「栞を助けてくださった事は感謝申し上げます。それに、柊士様をお救いになりたかったのも理解できます。しかし、危険に自ら飛び込んで行くのはお止めくださいと、何度申し上げたら分かってくださるのです。」

「……あの時は、柊ちゃんを助けるために選択肢が無かったんだよ。」

「奏太様が行かずとも、亘達に任せれば良かったのです。」


 ……まあ確かに。


 とにかく行かなきゃが先行していたのだが、言われてみれば、あの場で戦う事も出来ない俺は一番の役立ずだった。むしろ、椿の手を俺の護衛で塞いでいたくらいだ。

 亘達に任せておいてもあまり変わらなかったかもしれない。

 せめて、椿の手をあけられていたら、もう少しスムーズに事態をおさめられていただろうか。


「やっぱり、自分の身くらい守れる力は必要だよなぁ〜……」

「……奏太様、私は戦いの場にわざわざ行かずにじっとしていてくださいと申し上げたのですが。」


 冷たい声を出す汐に、複数の護衛の一人として駆り出されていた亘が苦笑する。


「奏太様が稽古されたいと仰るなら付き合いますが、あの時は、奏太様が居なければ柊士様の手当が遅れた可能性もありましたし、結果的には一緒に行けて良か……」

「本来、危険に飛び込んで行かれようとする主を亘がお諌めしなければならないのに、一緒に行っている場合じゃないでしょう。」


 汐がジロリと亘を睨むと、亘は口を噤んでツイと視線を逸らした。

 先の戦の時に汐を置き去りにした一件から、こういった面では亘は汐に弱いところがある。

 まあ、俺も同じなんだけど。


 亘と二人で汐をなだめつつ、奥の部屋へ案内されると、俺と柊士は七五三かと思うような羽織袴を着付けられた。


 護衛役達も揃いの袴を履いていたが、俺や柊士が着せられた装飾の入った重たいものではなく、地味で動きやすさを重視したようなものだった。


 せめてあれがいいとは思ったが、ほんの少し口にしかけたところで、汐達の父である瑶にくどくどと説教さてしまった。

 一緒に着付けさせられていた柊士が呆れ顔でこちらを見たが、一旦視界の端に追いやった。



 伯父さん、柊士、俺は、大広場の一角に置かれた赤い毛氈の敷かれた台の上で、淕、亘、柾、椿、巽を含む、信頼できる護衛たちに周囲を厳重に守られて座る。

 目の前には舞台が置かれ、少し離れたところには、左右にここより少し低い同じような台が用意され、左に粟路と粟路の息子が四名。その周囲に瑶や数名の文官と武官が。右に榮、拓眞、そして都築という亀島家の長子が、粟路達と同じように文官や武官に囲まれるように座していた。亀島家の末っ子である湊は、一度挨拶に来たものの、祭りの取り仕切りでせわしなくしているらしい。


 ぐるりと俺達と舞台を囲むように張られた幕の向こう側では、出見世のようなものが立ち並び、ワイワイ賑やかな声が聞こえ、芳しい匂いが鼻孔をくすぐる。

 食べ物を基本的には食べない妖連中でも、こういうときには娯楽の一部としていろいろ買って食べるらしい。


 汐や栞も、今日は俺達の側ではなく、里の他の者たちと一緒にそちらに参加するそうだ。


 一方の俺達はというと、ただただ真っ直ぐ舞台に向かい、これから行われる奉納を黙ってみていろ、というのが伯父さんの指示だった。


「俺もあっちに行きたかった……せっかくの祭りなのに。」


そう零すと、


「私もです。何故いらっしゃったんです、奏太様。それに、私は暇を頂いていたはずでは?」


と亘に言われた。つまり、俺がいるせいで自分が遊びに行けないと、そう言いたいわけか。

 すると、椿が慌てたように俺と亘を交互に見る。


「わ、亘さん、流石にそれは不敬では……」

「不敬っていうか、普通に失礼だよね。もう慣れたけど。」


 呆れ混じりにそう言うと、亘はわざとらしく眉を上げた。


「おや、奏太様は理解がありますね。」

「理解があるんじゃないんだよ、ただ慣れたって言ってんの。自覚があるなら改めてくんないかな。あと、文句があるなら伯父さんと柊ちゃんに直接言ってくれよ。」

「私の主は奏太様なのに、ですか?」

「そう思ってるなら、一回さっきまでの発言を省みてくれる?」


 ハラハラしている椿を横目にそんな不毛なやり取りを繰り返していると、ゴホンという伯父さんの低い咳払いが聞こえ、更に柊士に


「うるさい、黙れ。」


と怒られた。

 腹いせに亘を睨むと、亘はいつものように俺に向かってニコリと笑う。

 何だか俺だけが貧乏くじを引かされたような気分だ。なにか言ったところでどうせ俺が怒られるだけだから何も言わないけど。



 俺達が席について真っ先にやってきたのは、粟路とその四人の息子達だった。


 小学生くらいの男の子、俺より少し見た目の若い少年、亘と同じくらいの青年、そして、人の年齢で40代くらいの壮年。長子と三子が北の里の管理を担い、次子と末子が里で粟路の手伝いをしているそうだ。

 長子は何というかいかめしい感じがしてちょっと怖い。真ん中二人は、粟路のような穏やかな感じだ。一番下は、何となく緊張しているのか、顔が硬直しているように見えて、少しだけ親近感が湧く。


 簡単にそれぞれの紹介と挨拶を交わしたのだが、基本的には伯父さんと柊士が受け答えしているのを横目に見て、俺は黙って頷くだけだった。


 それを見届けると、亀島の席から男が一人が立ち上がる。先程教えてもらった都築という亀島家の長男だ。

 榮が着いて来るような素振りを見せたのだが、都築はそれを押し留めて一人でこちらへやってきた。


「ご無沙汰しております柊士様、御当主。お初にお目にかかります、奏太様。西の里の管理を任されております、亀島家長子の都築で御座います。」


 俺達の前で膝をついた男は、三十代くらいの見た目でキビキビした雰囲気だ。


 亀島と聞いて俺が身構えたのがわかったのか、都築はチラとこちらに視線を寄越す。

 俺が慌てて表情を取り繕うと、都築は再び視線を下に向けて何事も無かったかのように淡々と続けた。


「情報はこちらにも入っております。大変なご迷惑を。家の者には内密にいくつか調べさせております故、改めて御報告のお時間を頂戴したく。少なくとも、守り手様方に御安心頂けるよう善処いたします。」

「榮を置いてきたということは、当主にも内密に?」


 柊士が問うと、都築はコクリと頷く。


「里の膿の原因が当家にあるのなら、欲も情も捨てて冷徹に見極めねばなりませんので。」

「ここのところ起きている騒動の原因が亀島にあるとして、お前は身内を切り捨てられるのか?」

「家を守るにはそうせねばならぬこともあります。父や弟達に怪しまれては困りますので、今はこの辺りで御容赦ください。必ず御報告に上がりますので。」


 都築はそう言うと、挨拶だけを簡単に済ませて早々に席に戻っていく。その背を見送り、俺は思わずハアと息を吐いた。


「あいつ、どういう奴なの? 少なくとも、榮や拓眞と比べればまともに見えるけど。」

「私も良くは存じません。基本、西にいらっしゃる方ですから。」


 亘が首を傾げると、淕が見兼ねたように柊士の後ろから声を出した。


「都築様は、榮様の前妻のお子様です。拓眞様もそうですが、拓眞様がお産まれになった頃には、都築様は西の里に向かわれていましたので、亘のようにその後に里に加わった者はあまり都築様のことを存じ上げないかもしれませんね。」

「前妻? 湊は違うの?」

「湊様は後妻のお子様です。前の奥方様がお亡くりになり後妻を娶られたのが拓眞様がお生まれになったすぐ後でしたので、都築様とあとの御二方では、御育ちになった環境そのものが異なります。」


 うーん……

 育った環境が違うとはいえ、同じ後妻に育てられたのに、湊はまともなんだよな。

 拓眞が複雑な家庭環境で歪んだ、ということなのだろうか。まあ、単純に榮に似たのが拓眞だけだったっていう可能性はあるけど。


 そんな事を考えていると、柊士は難しい表情で都築の方に目を向ける。


「淕、祭りの後で都築を呼んでくれ。恐らく、何か情報を掴んでるんだろう。」


 柊士は自分で都築から聴取をするつもりらしい。しかし伯父さんは低く窘めるような声音をだした。


「柊士、今回の件はこっちで処理する。お前は手を出すな。」


 柊士はそれに眉根を寄せて、抗議の色を浮かべて視線を伯父さんに移す。


「跡目を譲るから里の政を管理しろって言ったのは親父だろ」

「だから、先延ばしにしただろうが。異常時の対応はお前の手に余る。」

「ふざけんなよ。俺がやる。親父こそ黙ってみてろよ。」


 柊士は引き下がるつもりは一切ないようで、伯父さんを睨んでいる。そこへ、淕がおずおずと声を上げた。


「しゅ、柊士様、御当主の仰ることは御尤もです。柊士様に何かがあっては……」

「淕、お前は黙ってろ。」


 祭りの席で、静かに繰り広げられる当主と次期当主の親子喧嘩に、周囲が緊張に包まれ始める。


 柊士が伯父さんをじっと見据え、二の句を告げようと口を開く。


 しかしその瞬間、それを遮り緊迫した空気を切り裂くように、唐突に一羽の燕が物凄いスピードでこちらに突っ込んできた。


「た、大変です! 妖界から何故か……」


 そう燕が言いかけると、その後を追ってきていたのか一羽の梟がバサリと俺達の前に降り立つ。

 そして、あっという間に人の姿に変わったと思うと、その場にスッと跪いた。


「白月様の臣下、軍団参謀の宇柳と申します。妖界より白月様がおいでになりましたので、お知らせに。」

「……は? 宇柳さん?」


 唖然として呟くと、宇柳は顔を上げてニコリと微笑む。


「お久しぶりです。奏太様。」

「え、あ、はい、お久しぶりです……って、宇柳さんがなんでここに? ……それに、今、なんて……?」

「……白月が、ここに来てるのか……?」


 柊士も呆然と呟く。


「ええ、御招待を頂き、白月様も大層お喜びです。今、門番とじゃれ……お話しをされながら入口でお待ちです。」


 宇柳は当たり前のような顔でそう言うが、こちら側は恐らく誰一人として状況を理解できていない。


「……誰か、祭りにハクを招待したの?」


 伯父さんと柊士を見るが、二人の表情を見るに、そんな雰囲気ではない。


「呼ぶ訳ないだろ。祭りを縮小せざるを得ないようなこんな状況下で。」

「……しかし、確かに翠雨様の元に招待状が届いたと……」


 宇柳は眉を顰め、戸惑うように俺や柊士、伯父さん、護衛たちの顔へ視線を一巡させる。


 それに皆が顔を見合わせあっていると、伯父さんが難しい表情を浮かべたあと、その場を仕切るように声をあげた。


「事情は分からないが、宇柳殿がここにいる以上、既に里に来ているのだろう。

 来てしまった者を追い返す訳にはいかない。

 巽、粟路さんと榮さんに知らせた上で、湊のもとに向かい受け入れ準備を整えさせろ。それから、それなりの立場の者の迎えが必要だ。柊士はこちらの指示出しを、奏太、お前が迎えに行け。」

「……それはいいけど、大丈夫なの?」


 俺はそう言いつつ、チラッと亀島の方に目を向ける。向こうは状況を探るようにこちらを見ていた。


「こちらの名で招待状が送られ、来てしまった以上、何かの手違いだったでは済まされない。受け入れる他ないだろう。

 宇柳殿、申し訳ないが、こちらの落ち度であることは認める。ただ、できるだけ穏便に事を済ませたい。御協力を。」


 宇柳は俺の視線を追って亀島を見たあと、小さく息を吐いて頭を下げた。


「詳しいお話は後程伺いましょう。祭りの席で事を荒立てるつもりはありませんが、此度は翠雨様も御一緒です。くれぐれも、白月様への粗相無きよう願います。白月様と違い、お厳しい方ですので。」

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