第120話 人界の観光③

 新幹線を降りると、ハクは俺にいろいろスマホで調べさせながら目的地を巡っていく。

 俺が居なかったらどうするつもりだったのかと聞くと、


「駅員さんとかその辺の人とかに聞くつもりだったよ。案内板もあるし、何とかなるかなって。」


と凄く楽観視した返答が戻ってきた。


 着いてきた事自体は後悔しているけど、一方でハクと翠雨だけで来させなくて良かったと心の底から思った。危うすぎて見ていられない。


 ただ、都会で電車を乗り継ぎ歩きまわるという点においては、ハクは俺より慣れたものだった。

 田舎町で生まれ育って遊びに来るくらいしかない俺と違い、結は一時こちらに住んでいたのだと聞いた。その経験も相まって、何とかなる、という発言に繋がったのだろう。



 行政施設等では館内を見学させてくれる場所もある。案内をしてくれる人がいる施設は中に入って説明を聞きながら巡っていき、そうじゃないところは施設内をざっと見て回る。中に入れなさそうな建物は外から見るだけに留めたところもあった。

 何というか、学校の授業や社会科見学の記憶、あとはテレビの知識だけなので、こうして回っていくとなんだか新鮮だ。


 遥斗はそんな中、ちょこちょこハクに話しかけては俺の子どもの頃の話やハク自身のことを聞きたがった。


「もっと奏太の事をいろいろ知りたいんだよね。」


と純粋な眼差しでハクにニコリと笑って言い、


「遥斗君と奏太は仲良しなんだね。」


とハクが嬉しそうに返したりしていたが、遥斗の言葉そのものは真実でも、裏にある思惑はほの暗いものだと察しがつく。


 でも、いくら探ろうとも、ハクは元は普通の人間だ。いくら子どもの頃の事を根掘り葉掘り聞いたところで、返ってくるのは普通の回答。当たり障りのない平凡な従姉弟同士のエピソードだ。


 遥斗にとっては、ハクは東京観光で社会科見学するちょっと変わった子、位にしか見えないだろう。


 ハプニングがあったとすれば、日本でも随一の繁華街に行った時に、翠雨が興奮しすぎたのかハクのポケットから飛び出して、慌てたハクにグチャッと握りつぶされたことだろうか。

 ハクも俺も揃って嫌な汗をかいたし、バッチリ目撃していた遥斗は、


「な……何か不思議なものを持ってるね……」


と顔を引き攣らせていた。


 何も知らない者が見れば、まるで呪いの紙人形だ。そんな物を普段から持ち歩いている奴なんて、きっとまともではない。


「あ、ああ、うん、遊び半分で作ったんだけど、ポケットに手を突っ込んだら落として風に飛ばされちゃって……」


 ハクはそんな説明くさい言い訳をしてなんとか誤魔化していた。


 結構しっかりめに握りつぶされていたが大丈夫だっただろうか……とは思ったものの、再びハクのポケットに戻される時には、どういう仕組みか半分くらい元の状態に戻っていたので、きっと問題ないのだろう。


 それから、他にも問題事が無いわけではない。


 随分前から電話が数分おきにかかってきているのだ。常にブーブー振動している状態。

 電話の相手は見なくても察しがつく。が、一応念のため着信履歴を見てみたら、柊士と伯父さん、本家の固定電話、潤也の名前がびっしりと並んでいた。


 今の本家の状態を想像して夏なのに背筋が寒くなったので、ひとまずハクを連れて帰るまでは電源をオフにすることに決めた。


 顔を引き攣らせつつスマホの電源を切っていると、


「ハクちゃんは大人気だなぁ」


と遥斗が呆れたように言うのでふっと顔をあげる。

 視線の先では、ハクが面倒くさそうな表情を隠しもせずに、チャラそうな男の相手をしていた。


 ハクが知らない男に声をかけられる場面に遭遇したのは本日何度目だろうか。

 今日一日、俺達からちょっと離れた隙に、ハクは若者からおじさんまで、見知らぬ男にしばしば声をかけられていた。

 ちなみに、遥斗は遥斗で高校生くらいの女の子や少し年上の女の人達に声をかけられていたけど。


 俺はハアと息を吐く。

 ツカツカと歩み寄り、グイっとハクの腕を引き寄せて、


「うちのなんで。」


というと、男はチッと舌を打ち鳴らして、何やら悪態をつきながら去っていった。


 最初にハクが捕まっていたときには慌てたけど、その日のうちに何度か経験しているうちに、堂々とした態度でそれだけ言えば、大体相手が引き下がっていくことがわかった。


「へぇ、なんか、あのちっちゃかった奏太が、なんだか男らしく見えるなぁ」


と、ハクにバカにされたけど、もう少しこっちの身にもなってほしい。



 ある程度回り終え、土産が欲しいというハクについて雑貨店に入る。


 ショッピングをしながら、


「これは璃耀りように」「これは桜凛おうりんに」「これは楠葉くすはに」「きりは……うーん、これでいいかな」「あ、一応本家でお留守番してるみんなの分もあったほうがいいかな……」


などと呟きながら小物を物色し、完全に観光旅行モードだ。

 女の子の買い物に付き合ってられなくなり、壁際でその様子を眺めていると、遥斗がトンと俺の横に寄りかかった。


「お前のいとこだって言うから、いろいろ聞き出してやろうと思ったのに、あの子、何聞いても普通のことしか言わないんだよ。子どもの頃近所で遊んだとか、親戚の集まりのときはどうだった、とか。」

「普通なんだから当たり前だろ。」


 そう言うと、遥斗はフンと鼻を鳴らす。


「普通に見せてるだけって感じだ。お前も、あの子も。お前と一緒で、居ないはずの誰かに話しかけているように見えることもある。」


 まあ、実際には姿を隠した紙人形に話しかけているわけだけど。


「そういう風に見ようと思うからそう見えるんだよ。あんまり疑り深いと友達なくすぞ。」


 俺がしらばっくれてそう言うと、スッと遥斗の表情から感情が消え失せた。更にその目に冷たい光が宿る。

 まるで、宿舎でナイフを突きつけられた時のような顔だ。


「そんなもの、最初から居ない。どうせ誰も彼も上っ面だけだ。本音を話せば、大体皆が鼻で笑う。周りの連中なんて、愛想振りまいて近づいて情報収集さえできればそれでいい。」


 それは、恐らく前に言っていた遥斗の目的の為。俺を疑い周囲を探ろうとする理由そのものだ。


「……なんで笑わないのがお前だけなんだよ。」


 遥斗は吐き捨てるようにそう言う。

 俺はそれに何も答えられなかった。


 何も知らないハクが戻ってくると、俺達の様子を見て首を傾げる。でも、遥斗が何時ものようにニコリと笑って、せっかく来たのだからクレープでも食べようとハクを誘った事で、雰囲気が先程までの状態に戻った。


 遥斗のあの笑顔は、こうやって本心を隠すために磨かれて来たものなのかと思い至り、何だかやり切れないような気持ちになった。



「こんなの食べるの久しぶり!」


 公園のベンチでハクが嬉しそうにクレープを食べるのを横目に、少しだけトイレ休憩になった。


 ハクを一人で残していくと誰かに連れ去られそうな怖さがあったので、俺と遥斗が交代でトイレに行くのがこの日のルールになっていた。

 遥斗とハクを二人だけにすることも心配だったのだが、一人取り残すよりはマシだろうという判断だ。


「満足した? そろそろ帰らないと、ホントに伯父さんや柊ちゃんが怖いんだけど。」


 遥斗が席を外した隙に俺はハクにそう尋ねる。

 今だけ、翠雨はハクのポケットから出て俺とハクの間に座り込んでいた。


「うん、もう十分。奏太と遥斗君のおかげだよ。何だかんだ言って、カミちゃんも楽しそうだったしね。」


 フフっと笑いながら、ハクはツンと紙人形を突く。すると、紙人形はイラッとしたように、ペシっとハクの指を叩いた。


「……ねえ、それ、ホントに翠雨さん?」


 何となく、普段のイメージと違う気がしてそう尋ねると、ハクは抵抗する翠雨の手をヒョイヒョイと避けならが、再びツンツンと腹のあたりを突きながら、


「そうだよ。」


と楽しそうに頷いた。


 翠雨は紙人形の体全体で地団駄を踏んで抗議の意を示している。


「紙人形の時はいつもこんな感じなの。こっちの方がホントのカミちゃんなんだと思う。立場が立場だから、人の姿だと求められるものが多くて肩肘張っちゃうんだよね。でもこの姿の時は、翠雨じゃなくて紙太かみただから。ね、カミちゃん。」


 抵抗したところで聞き入れてくれないと思ったのか、翠雨は疲れたようにペタリと座り込んで小さくコクリと頷いた。


「……ハクも?」

「まあ、そうだね。私は割りと自由にやってるとは思うけど、やっぱり気は使うよ。常に帝らしく、いつも見られていると思って行動しろって璃耀には言われてるしね。だから、こんなに伸び伸びした時間を過ごせたのは、ホントに久しぶり。たった一日だけだけど、普通の人間に戻れたんだもん。」

「……そっか……」


 人として生きていく道、慣れ親しんだ体、故郷、の光、そして、こうして何気ない時間を過ごす自由……


 それらを全て失ったとしたら、俺だったら耐えていられるだろうか。


「ありがとう、奏太。一緒に来てくれて。すごく楽しかった。」


 ハクはそう言うと、満面の笑みで俺を見た。

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