03
こちらへ踏み込んだギルベルト様が、眼光を強めて木剣を薙ぎ払う。
手にした練習道具で弾き、軌道を逸らせた。
その隙に、間合いを詰める。
悔しげに顔を歪ませた彼の鳩尾に、ナイフの柄を入れた。
触れたそれを、即座に引き戻した。
「くそぅ……ッ」
「勝負ありです、ギルベルト様」
「お前、ほんっと人格変わるのどうにかしろよ! もっと人間の稼動範囲内の動きしろよ! 雑技団か!!」
「そんなっ、人体の不思議展みたいな言い方しないでください……!!」
丁寧にお辞儀するも、飛んできたギルベルト様の涙混じりの非難に、思わず愕然としてしまう。
彼は何かと僕を練習相手に指名するが、どうやらいつぞやの決闘を根に持っているらしい。
……もう時効ではありませんか……?
現在地は訓練場だ。
広くて、天井も高い。
二人一組で練習試合を行うそれは、巡回する教官の指導の下、散開して行われていた。
遠くではリヒト殿下とエンドウさんが派手に試合をしていて、何となく近付きたくないと感じる。
あそここそ、世界びっくり人間ショーだと思うんだけど。
「あら、元ちびっこが勝ったの? ギルもまだまだね」
「てっ手加減しただけだ! 俺の実力は、まだまだこんなものではないぞ!」
ひょこりと顔を覗かせたエリーゼ様が、ふわふわの白い御髪を揺らす。
即座にギルベルト様がやられ役っぽい台詞を叫んでいるが、エリーゼ様の赤色の目は胡乱そうだ。
ひくりと頬を引きつらせ、ギルベルト様がわざとらしく咳払いされる。
攻略キャラである坊っちゃんとギルベルト様も、実技クラスはAクラスだ。
エリーゼ様も、同様にこのクラスに在籍している。
見学されることの多いエリーゼ様だが、さすがは王女殿下と称するべきか、兄王子のリヒト殿下ともども、技量がえげつない。
「大体、あなた魔術の方が得意でしょう? 何だってわざわざイマイチ分野で挑むのよ」
「う、うるさいな! これは、男と男のプライドをかけた戦いなんだ!」
「そのプライド、ぼきぼきに折られてるじゃない」
「う、うるせー!! 今日は調子が悪かっただけだ! 次に勝つのは、この俺だ!!」
「はいはい」
必死に胸を叩き、涙目でギルベルト様が大きく宣誓する。
……ここで手を抜いたら、怒るんだろうなあ……。
何だか、すっごく応援したくなるなあ、ギルベルト様って。
エリーゼ様はにやにやと笑っており、どうやら彼も王女様に弄ばれているらしかった。
……僕たち、同類ですね!
仲良くしましょうね、ギルベルト様!!
「くそっ、おい!! アルバート!!!! お前、次俺と手合いしろッ!!!!」
「馬鹿でかい声で名指しするなッ!! 少しは恥を知れ!!!!」
音を立てて踵を返したギルベルト様が、とても大きなお声で坊っちゃんを呼ばれる。
くわんと反響するそれに、眼光鋭く怒鳴られた坊っちゃんが、対戦相手へ向けて巨大な竜巻を起こした。
天井付近まで伸びたそれに、ジル教官がホイッスルを鳴らす。
怒りの形相で、坊っちゃんがギルベルト様の方を指差していらっしゃった。
「……やばいよな、これ」
「ギルベルト様、がんばってください!」
「だからもっと淑やかに生きなさいって、言ったのよ」
「悪いな。淑やかとは犬猿の仲だ」
すっと顔色を悪くさせたギルベルト様を、精一杯応援する。
呆れ顔のエリーゼ様が、静かに首を横に振った。
坊っちゃんの対戦相手の方が泣きそうな顔でへたりと膝をつき、戦意を喪失される。
可視化出来そうなほど暗黒の何かを背負った坊っちゃんが、ギルベルト様を呼びつけるよう、親指で後方を指した。
ふるり、呼び出された彼が身を震わせる。
「……いってくる」
「ご武運を……」
「骨くらいは拾ってあげるわ」
とぼとぼと歩かれるギルベルト様が、坊っちゃんの前まで辿り着かれる。
――その後ギルベルト様は、坊っちゃんによってけちょんけちょんにされた。
坊っちゃんの風属性と、ギルベルト様の地属性って、坊っちゃんにとても有利なんですよねー……。
「ベルくーん! 今空いてるー?」
「あっ、はい! 空いてます!」
離れた位置から両手を振るリズリット様に、ひらひらと手を振り返して応答する。
「一緒にやろー!」との誘いに、エリーゼ様の方へ顔を向けた。
「エリーゼ様は、如何されますか?」
「ここで見てるわ。一戦しか体力持たないのよ」
「畏まりました。……ご無理されませんように」
「はいはい、いってらっしゃい」
追い払うように手を振ったエリーゼ様へ会釈し、リズリット様の元まで向かう。
途中辺りを見回し、見当たらない人物に首を傾げた。
「お待たせしました、リズリット様」
「ううん。ベルくん、誰か探してるの?」
「その……ノエル様を」
「あー」
得心とばかりに頷いたリズリット様が、僕と同じように周囲を一望する。
不思議そうに小首を傾げた彼が、明るい笑顔で口を開いた。
「いないね。お腹痛いとかかな?」
「お嬢さまのお話では、具合に異常を来たすお菓子だそうですからね……」
お嬢さまから教えていただいた、お菓子の中身を思い返してぞっとする。
……あれ? でもここのところ、あのお菓子出されなくなったような……?
それにこの実技訓練だって、この前まではこれでもか! ってくらい練習相手になってたのになあ。
「それよりベルくん、時間なくなっちゃうよ!」
「あっ、わかりました!」
リズリット様の急かすお声に、はたと意識を戻してナイフ型の木剣を持ち直す。
よろしくお願いしますと頭を下げ、武器を構えた。
訓練後、坊っちゃん方にお伺いしたところ、ノエル様は保健室にいらっしゃるらしい。
……ちょっと様子、見てこようかな。
……ご迷惑だろうけど……。
訓練中にぽつぽつと降り出していたらしい、訓練場の外を覆う緑雨を見上げる。
雨足自体は強くはないが、お嬢さまと坊っちゃんに雨粒をかけるわけにはいかない。
おふたりを傘にお入れして、教室棟へ向かおうとしたところで、濡れる僕にリヒト殿下の傘がかかった。
ここに、お嬢さまと坊っちゃんの傘を差す僕を傘に入れるリヒト殿下という、謎の構図が生まれる。
殿下、あなたは王子殿下なんです。
一使用人に傘を差し出すなんて、……人徳の成せる業ですね、わかりました!!
ため息に全ての感情を盛り込んだ僕の手から、坊っちゃんが傘をお取りになる。
そのまま苦笑いを浮かべるお嬢さまとひとつの傘をお使いになられる姿に、何でだろうか、涙が出そうになった。
僕のお仕事……。
従者のお仕事をさせてください……っ。
辿り着いた教室棟にて、お嬢さま方をお見送りし、一学年下の坊っちゃんの後を追いかける。
不審そうに振り返った黄橙色の目が、じっとりと細められた。
「……お前、次の授業はどうしたんだ?」
「空き時間です」
「僕の代わりに受けて来い」
「それは……坊っちゃんのためになりませんので……」
やんわりとお断りの言葉を出すと、忌々しそうに舌打ちされた。
大人数が苦手な坊っちゃんは、ノエル様がいらっしゃらないときに押し寄せてくる、同級生等がお嫌らしい。
一長一短だなあ。苦笑いを浮かべる。
「どうするんだ?」
「ノエル様のお見舞いに行こうかと」
「……物好きだな」
「心配なので。……この頃、調子も悪そうですし」
「僕の前では相変わらずだぞ」
ため息混じりのお言葉に、ますます内心首を傾げる。
何というか、ノエル様の人物像が掴めない。
ハイネさんとアーリアさんの調査結果と、坊っちゃんから証言。
そして僕に対する態度がちぐはぐ過ぎて、パズルのピースをくるくる回している気分だ。
まずはハイネさんの調書から。
『
対象はワトソン家の三男として生まれたが、貴族の責務を果たすことなく遊び回っている。
また、親の言うことを聞かず、叱り声が多かった。
夜遊びが原因で、閉め出されたことが度々ある。
魔術の暴発に巻き込まれ、母親が大怪我を負っている。
以来、母親は人前に出ることを嫌がるようになった。
しかし対象に反省の色はなく、家名を汚す存在として扱われている
』
次に、アーリアさんの報告。
『
ノエル・ワトソン(以下本人)は明るく社交的な性質で、特に坊ちゃまに対して友好的であろうとしている。
度々学友に対し、二択の菓子(最中状のもの。中身はチョコレートか劇物)を選ぶよう迫る。
本人が称する『当たり』の菓子は中身がランダムであり、聞き込み相手によって内容が異なっていた。
何れも保健室へ運ばれている。
人当たりは良いが、上記の賭けごとから、本人を避ける人が多い。
また、勉強は苦手らしく、授業を欠席することが多い。
何処か浮いている存在。
』
そして坊っちゃんの見解。
『
邪険にあしらってもへらへら笑っており、何を言っても引かない。
彼が僕の近くにいる間は、他の同級生が寄り付かない。
本人は高位の存在へ取り入る目標があるそうだが、現状、その動きに活動的な様子は見られない。
頭の回転が早く、洞察力が鋭い。
僅かな言動からもこちらの情報を汲み取ろうとするため、注意が必要。
執念深い面があるが、ふとしたときに忽然と姿を消す。
何事かに切羽詰っている印象を受ける。
』
最後に僕の感想。
『
始めはにこやかであったが、(報告者)に対して攻撃的な面を見せる。
「褒められたい」「羨ましい」といった言葉を繰り返し口にしている。
愛情を渇望している様子だが、対象者については不明。
本人の称した「皆」の範囲も不明。
衝動的ではあるが、計算高く計画的。
(報告者)を高位の存在へのパイプと捉えているが、付き纏いに関しては私怨が見受けられる。
お菓子の『当たり』を選ぶことを望んでいる。
』
思い返した書面の内容に、悩み深く唸る。
ハイネさんのものが、ノエル様のご実家近辺から取った調書。
つまり社会から見たノエル様だ。
アーリアさんのものは校内で得た証言で、学園内のノエル様の印象。
坊っちゃんと僕のものは、個人の感想だ。
恐らく、彼が授業を休んでいる時間が、僕の空き時間に充てられているのだろう。
ハイネさんの調書内の、『遊び回っている』についても心当たりはある。
入学前に、個人的に攻略対象を調べたことがあるが、そのときもこのような話を拾った。
けれども、何故だろうか。
現在のノエル様を見ていると、違和感が付き纏う。
――母親に怪我をさせても反省しない子が、『パパとママに認めてもらえない』などと口にするだろうか?
うんうん唸る僕へ視線を向け、坊っちゃんが呆れ顔を作られる。
こつりと手の甲で腕を叩かれ、はたと意識を戻した。
「余り深入りするな」
「……わかってます」
「お前に何かあれば、義姉さんがうるさい。それにお前もメイド服の刑だ」
「肝に銘じておきます……!!」
指定の教室の前で立ち止まった坊っちゃんの恐ろしい指摘に、雨で冷やされた以上に背筋がぞっとする。
嘆息された坊っちゃんが片手を上げ、教室へ入られた。
あっさりと扉に遮られた後姿から顔を俯け、懐中時計を取り出す。
確認した文字盤から、しとしと濡れる窓へ視点を移し、曇天に肩を落とした。
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