シーン2:学園廊下

「その七不思議って、誰から聞きましたか?」


 ミュゼットが見かけたリサ・ノルヴァは、女生徒に話しかけている最中だった。

 尋ねられたふたり組の2年生が、互いに顔を見合わせる。


「えーっと、……ねえ、誰だったか覚えてる?」

「ううん……。あっ、でも、別に最近聞いた話じゃなかったと思うのです!」

「確かに! リサ姉さまに聞かれるまで、あたしたち忘れてたもんね!」

「あの、リサお姉さま……?」

「ひえッ!? コード様!?」


 そーっとうかがうように公爵令嬢が声をかけたことにより、同級生の肩が大袈裟なまでにはねる。

 振り返ったノルヴァが、「ミュゼたん!!」歓喜に満ちた声を上げた。


「失礼しました、お話の最中に割り込んでしまって」

「いいんですよー! 今、ベルにゃ……るどさんが言ってたことが気になって、みんなからお話を聞いていたんです!」


 げふんげふんっ、と呼称を濁らせ、ノルヴァがふたり組を手で示す。

 青い顔をする彼女らは、静々スカートをつまみ、恭しく頭を下げていた。


「ほ、本日はお日柄もよく……ええっと……!」

「わ、わたしたち、お邪魔でしたら、下がりますなのです!」

「か、構いません! わたくしが勝手にお邪魔したので……!」


 人見知りたちがあわあわする光景を、おつきのアーリアが黙して眺める。

 友好的な顔で微笑んだノルヴァが、「さあさあ」と両手を広げた。


「最近じゃないってことは、いつ頃の話か覚えてますか?」

「へ!? ええ……、いつだっけ?」

「えっと……、あ! ハンカチのおまじない! あれが流行ったときなのです!」


 片割れの少女が手を叩く。

 黒髪を肩口で切りそろえた、小柄な少女だった。

 はっと彼女を指さしたもうひとりが、「それだ!」明るい声を発する。

 明るい茶髪をサイドテールにした、活発そうな少女だ。


「ほら、リサ姉さま! うちらが1年の頃に、『しあわせのハンカチ』って流行ったじゃないですか!」

「恋愛成就のおまじないの、アレですか?」

「それそれ! それです!」


 大きく頷く少女に、ノルヴァがミュゼットと顔を見合わせた。


『しあわせのハンカチ』は、ミュゼットが1年の頃に流行った、恋愛成就のおまじないである。

 このおまじないには決められた手順がある。

 ミュゼットも一度は試そうとし、途中で思い直した。


 手順は以下の通りだ。

 1、白いハンカチを用意する。

 2、赤い糸で、意中の人物の名前を刺繍する。

 3、四つ折にしたハンカチを口に当て、意中の人物の名前を三回唱える。

 4、赤い花を浮かべた水にハンカチを浸し、奥から掬い上げ、月明かりの下に置く。

 5、翌日から肌身離さず持つと、意中の相手と両思いになれる。というものだ。


 なお、このハンカチは『誰にも見られてはいけない』との制約が設けられている。


 案外覚えているものだと、手順を思い返し、ミュゼットが少女たちへ向き直った。

 黒髪の少女が、胸の前で指先を組む。


「確か、アニーちゃんから聞いたのです」

「そうだそうだ! アニーから、『こんな話知ってる?』って聞かれたんだ!」

「そのアニーさんとは、会えますか?」

「あっ、それは……」


 記憶を紐解き、明るい顔をしていた少女たちが、気まずげに視線を逸らす。

 茶髪の少女が、ちらと目線を上げた。


「アニー、魔術暴発させちゃって、……がっこ、来てないんです……」

「治療中って、言ってたのです……」


 少女たちの証言に、ミュゼットとノルヴァは顔を見合わせた。


「暴発、……治療、ですか」

「そうなんです。うちらがアニーから聞いたの、魔術暴発起こす前日で……。保健室帰りだったっけ?」

「そうなのです。訓練で怪我したあとだったのです。痛いの苦手だって、アニーちゃん、小さな怪我でもよくフィニール先生のお世話になっていたのです」

「保健室? フィニール先生?」


 見知った人物の登場に、ミュゼットが慌てる。

 こくり、少女たちが頷いた。


「なんだっけ? 確かアニー、『フィニール先生から聞かれたんだけど、こんな話知ってる?』って感じだったよね」

「はいなのです。『先生案外オカルト好きなんだね』と、ユリちゃんいってたのです」

「うち、そんなこと言ったっけ?」

「いったのです」


 思い出話に花を咲かせるふたりを傍に、ミュゼットとノルヴァが顔を見合わせる。

 彼女たちの顔色は、心なしか青ざめて見えた。


「ね、ねえ、ミュゼたん……。フィニール先生って、やけに七不思議のこと、詳しかったよね……?」

「お姉さま、これは、どういうことでしょう……?」

「わ、わかんない……わかんないけどっ」


 保険医のフィニールは、ミュゼットたちに七不思議の収集をやめるよう『注意喚起』した。

 エリーゼは身体が弱く、保健室でよく休む。

 エリーゼの常用薬は保健室で保管され、戸棚の鍵はかかっていない。

 魔術訓練をしているにも関わらず、生徒による魔術の暴発事故はなくならない。

 1年の頃のリズリットは、感情を制御できず、まるで魔術の暴発のように荒れていた。

 ベルナルドは、七不思議が流行っているところと、流行っていないところがあると証言している。

 ジル教官は、自身が研究生の頃と現在とで、怪談の内容は変わっていると証言している。


 憶測が点と点をつながりかけたそのとき、廊下を荒々しい靴音が響いた。


「おおおおおい!!!!! ミュゼットォォオオオオオッッッ!!!!!」

「ひゃっ!?」


 突然響いた大音声に、彼女たちの心臓が飛び跳ねる。

 ミュゼットの前で減速したギルベルトが、がしりと彼女の手首を掴んで走り出した。

 前のめりにつんのめった彼女が、あわあわ慌てる。


「ぎ、ギルベルト様!?」

「悪い! 用がある!! 手短に済ませるから、ついてきてくれ!!!!」

「みゅ、ミュゼたーん!!」


 運動おんち代表のギルベルトと、後衛補助職ミュゼットが走る。

 彼らのうしろを、非戦闘員ノルヴァがぽてぽて追った。

 残された少女たちは怒涛の展開にぽかんとし、微妙な顔をしたアーリアが、即座に彼らを追尾した。


 ——お嬢様、そろそろ登城のお時間なのですが。


 できる侍女が懐中時計を確認する。


 ——いっそ時間短縮のため、宰相の嫡子ごと担いで運ぼうか。

 脳筋思考のアーリアが行動に移すまでの時間は短く、直後に木霊したギルベルトの悲鳴は悲壮なものだった。

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