シーン1:手紙

「エリーゼ、手紙だ」


 金髪の青年、ノアの言葉に、コンコン咳き込んでいたエリーゼが身動ぎする。

 のろのろと起き上がる彼女の背を、ノアが支えた。

 額から落ちる濡れたタオルを、彼の手が取り払う。


「ごほっ、……誰から?」

「ギルベルト・ティンダーリア。ミュゼット・コード」

「開けてちょうだい」


 衰弱した身体は、元の病弱さと相俟って、容易く調子を崩した。

 苦しげな呼吸で指示したエリーゼに、黙したノアが従う。


 ペーパーナイフが封を開ける。

 途中、カサリと妙な音がした。

 ノアが僅かに柳眉をひそめる。


 寡黙な彼は追及せず、エリーゼへ二通の手紙を差し出した。


「ありがと」


 受け取った彼女が、封筒から便箋を引っ張り出す。

 ――四つ折にたたまれた紙が、一枚顔を出した。

 開いた中身を目視した瞬間、エリーゼの顔が青ざめる。

 素早く手紙をたたみ、震える唇を動かした。


「……出てって」

「は?」

「いいから出てって!!」


 取り乱した少女が、ノアの身体を突き飛ばす。

 しかし貧弱な彼女の力では、青年を動かすことはできなかった。


 衝撃で封筒から、何かが滑り落ちる。

 カサリ、音を立てたそれは、粉末をおさめた薬包紙だった。


「エリーゼ、それは……ッ」

「出てって!! 出てってってば!!」


 真っ青になったエリーゼが、慌ててそれを拾い上げた。

 隠すように身体を丸める。

 大声を上げた弾みに、激しく咳き込んだ。

 差し出されたノアの手を振り払い、エリーゼの涙声が張り上げられる。


「ほっといてよ!! 見ないでッ! 早く出てってよ!!!」




**


 いくつかの封筒を手に、学園前のポストへ向かう。

 賑わう街並みは収穫祭一色で、込み入った事情さえなければ、浮かれたい景色だった。


「あれ? やあ!」


 背後から声をかけられ、振り返る。

 茶色の馬を引く好青年は顔なじみの郵便屋さんで、いつもの人好きの笑みを浮かべていた。


「あっ、郵便屋さん」

「久しぶりだね。元気だった?」


 彼が制帽を浮かせ、にこりと微笑む。

 その視線が僕の手許へ向けられ、ぱちりと瞬かれた。


「手紙、出すところ? よければ預かろうか?」

「お願いします」

「任せて」


 革手袋越しの手のひらに、投函予定の手紙を差し出す。

 にこにこ、笑う彼が僕の頭を撫でた。


「もうじき収穫祭だね。楽しみだなあ」

「郵便屋さんは、収穫祭、おすきですか?」

「あははっ。この王都にいて、収穫祭が嫌いな人なんていないよ」


 ひらひら、片手を振った郵便屋さんが別れの挨拶を口にし、ポストへ向かう。

 開かれた扉が、手紙の詰まった麻袋を覗かせた。


 ……僕も学園へ戻ろう。

 踵を返したところで、ひとりの生徒とぶつかった。


「いっ……! 申し訳ございません!」

「わ、わりぃ……って、ベルナルド!! お前を探していたんだ!!!」

「うわあ!? ギルベルト様! 胸倉を掴まないでください!!」


 僕の胸倉を掴んだ少し背の低めの生徒、ギルベルト様が、慌てた仕草で郵便屋さんへ手紙を渡し、僕の腕を引く。

 ほとんど駆け足で学園へ戻ることになったそれに、状況がのみ込めなくて慌てた。


「ギルベルト様!? どうなさったんですか!?」

「エリーから返事が来ないんだ!!」

「エリーゼ様から……?」


 正門をくぐり、そのまま談話室まで連れ込まれる。

 ばたん! 扉を閉じたそこは、明かりも灯っていない、未使用の状態だった。

 ……これ、もしかして無許可で談話室使ってるんじゃ……?


 肩で息をするギルベルト様が振り返り、僕の両肩を掴んだ。


「エリーに手紙を出したのに、返事が来ないんだ!! 何かあったのではないかと、心配で心配で仕方ないんだ!!」

「ええっと、……いつ頃、お手紙を投函されたのでしょうか?」

「二日、いや、今日で三日になる!!」

「ええ……」


 ……三日前かー。

 国内の郵送だから、出した時刻にもよるけど、そんなものじゃないかなー?

 ギルベルト様は焦燥に満ちているけれど、相手は病人なのだし、そこまで急かさなくても……。


「ちなみに、普段のお手紙の返信速度は?」

「二日で返ってくる!」

「速達ですか!?」


 エリーゼ様、筆まめですね!?


「大体いつも、返事は『ええ』とか『そう』のひと言なんだ!!!」

「クールですね!? それ、文にしたためる必要ありましたか!?」

「エリーの綴った文字に、不要なものなんてあるわけないだろッ!!!!!!」

「し、失礼しましたっ!!」


 ギルベルト様の肺活量に、ひえっと肩をすくめる。

 我に返った彼が、僕から離した手で頭を抱えた。


「こうしている間にも、エリーは……ッ」

「えっと、……エリーゼ様にも、なにかご事情があるのではないでしょうか?」

「代筆も頼めないほど、具合が悪いのかッ!?」

「あわわ……、あっ。あの石の小鳥! 小鳥さんを飛ばしてみてはどうでしょうか!」

「できたらやってるわ!! あの鳥、城を囲ってる魔術防壁に弾かれるんだわ! 直接城行くんだったら、そのまま会ってるわ!!」

「魔術防壁とか、はじめて聞きました……」


 肩を掴まれ、がくがく揺さぶられ、うぐぐと耐える。


 さすが防衛の拠点。

 お城にそんな機能があったなんて、知りませんでした。

 今度リヒト殿下に聞こう。


「えっと……! では、お城にご用事のあるお嬢さまに、小鳥さんを預けられてはいかがでしょう!?」

「ミュゼット!! どこだアルバートの姉貴ぃいいいい!!!!!」

「ああっ、そんなおきれいなお顔で『姉貴』だなんてッ、あっ! お待ちくださいギルベルト様っ、……いっちゃった……」


 怒涛の勢いで部屋を飛び出したギルベルト様へ、伸ばした手が空しい。

 ここに坊っちゃんかクラウス様がいらっしゃれば、きっと『猪突猛進』といっていただろう……。


 そして咄嗟にお嬢さまのお名前を出してしまったけど、お嬢さま、大丈夫かなあ……?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る