03
校内の談話室には、ギルベルト様、坊っちゃん、ノエル様が揃われていた。
そこへ、お嬢さま、リズリット様、クラウス様、そして顔を引きつらせたエンドウさんが加わる。
ノルヴァ様もお嬢さまとご一緒され、赤くなったり青くなったりと急がしそうにされていた。
「……つまり、あれかい。おひいさん、毒食らったってぇ」
沈鬱に頷いたギルベルト様に、ふっと視線を逸らせたエンドウさんが、こちらを向いて首をふるふる横に振る。
彼女のお顔は、真っ青だ。
「……俺、ここにいちゃぁ、まずいだろ?」
「人手が必要でな。お前は信頼が置ける」
「そう言ってもらえるのはありがてぇが、俺が請け負ったのは、見舞いの品だぜ?」
「ははっ。見舞いの品はな、犯人の面って決めてんだ」
「おっと、そう来たか」
ギルベルト様の笑顔に、エンドウさんが肩を竦める。
ひらりと両手をあげた彼女は、降参したらしい。
席を立たれているギルベルト様が、テーブルに手をついた。
「まず詳細を教えてくれ。ノエルから粗方聞いたが、ベルナルド、リズリットからも確認を取りたい」
「あれで粗方!? ティンダーリアくん、俺から根掘り葉掘り聞いてませんでした!?」
「俺は! 何よりも!! エリーを優先する!!!」
「いっそ、潔いな……」
力いっぱいテーブルを叩いたギルベルト様が、ユージーンさんが広げた大きな用紙に向かう。
ペンを手にした彼が、視線でこちらを促した。
リズリット様が、はいはーい! と手を挙げる。
「王女様と会ったのは、保健室だよ。ベルくんが階段で倒れて、俺と一年くんで、慌てて保健室に運んだんだ」
「リズリット先輩、さては俺の名前、覚えてませんね」
「うん。でね、保健室は開いてたんだけど、先生まだ空中庭園から戻ってきてなくて、一年くんに呼びに行ってもらったんだ」
口許を引きつらせるノエル様を置いて、リズリット様が斜め上を見上げる。
思い出す声は、場違いなくらいにこやかだった。
「ベルくんのことベッドに寝かせて、その瞬間に飛び起きたんだけど、無理矢理布団をかけて、先生が戻ってくるまで待ってたんだ」
「保健室に、他に人はいなかったのか?」
「いなかったよ。ね、ベルくん」
「はい。気配も人影もありませんでした」
ふむ、頷いたギルベルト様が、用紙に筆記していく。
時折インク瓶にペン先が浸され、カリカリ線を伸ばした。
「で、一年くんが戻ってきて」
「ノエル様です、リズリット様」
「……ノエルくんがフィニール先生を連れて戻ってきて、ベルくんを診てもらって、それで一緒にサンドイッチ食べて、お昼寝させようとしてたら、王女様が来たんだよ」
「ここだけ聞くと、すっげぇ平和だな。保健室で飯食うなよ……」
渋面のクラウス様に、「だって先生がいいってゆったもん」リズリット様がふくれる。
僕は僕で居た堪れなくて、必死に下を向いていた。
ううっ、公開処刑……。
「で、王女様が先生から薬をもらって、それ飲んでから苦しそうにして、あの新しい従者の人が運んでいったんだよ」
「肝心の部分を!! もっと詳しく!!!」
「えー。だってベルくんもアルくんも関わってないんだもん。興味ないよー」
「リズリットお前、もっと歯に衣を着せろ……」
クラウス様が呆れるも、ぶーとむくれるリズリット様は、今は坊っちゃんの頭に顎を置いていた。
坊っちゃんは渋面だ。
リズリット様と坊っちゃんの間には、残酷なくらい身長差が広がっている。
「ええっと、フィニール先生が引き出しから、薬包紙に包まれた薬を束で取り出しました。枚数を数えてノアさんへ手渡し、ノアさんがエリーゼ様から預かったポーチへ薬を詰めています。そのポーチからエリーゼ様がひとつ選ばれ、先生がいれた水で服薬されました。グラスはノアさんが洗っています」
「そうだ! こういう説明を求めていた!!」
ギルベルト様が大きく頷かれる。
筆記する文字が、格段に増えた。
用紙を見詰めていたお嬢さまが、口許に指先を添えられる。
「……薬には、フィニール先生と、ノアさんと、エリーゼ様しか触れていないのですね……」
「そうでもないんです。先生はノエル様が呼び戻すまで、空中庭園にいました。保健室には鍵がかかっておらず、薬をおさめていた戸棚も、鍵をかけるものではありませんでした」
当時の様子を振り返る。
リヒト殿下にも行った説明を思い返して、状況の詳細を辿った。
「薬包紙は分包紙のように連続しておらず、個々に分かれています。なので、学園にいる限り、誰にでも異物を混入させることは可能です」
「おっかねぇなあ。全員容疑者ってか」
僕の説明に、エンドウさんがげんなりと椅子に凭れられる。
彼女の一言で、この場にいる全員の顔色が悪くなった。
「……薬の成分結果だが、戸棚のもの含め、エリーの常用薬で間違いなかったそうだ」
「ほーん……? じゃあ、エリーゼ殿下は何を飲んだんだ? 毒か? 薬か?」
「わかんねーんだよ……。水もグラスも、きれいに流された状態だ」
ギルベルト様の沈んだ声に、クラウス様が首を捻る。
エンドウさんがきょとんと瞬いた。
「そもそも、何でおひいさんは一服盛られたんだい?」
「姫殿下だからじゃねーか?」
「暗殺されにゃぁならんほど、お世継戦争が起こってるのかい?」
いや、そんなことはない。
全員で顔を見合わせる。
クラウス様とギルベルト様は、見るからに虚をつかれたお顔をしていた。
お嬢さまが、悩み深そうにお声を発せられる。
「わたくし、王妃殿下の治癒のために、定期的に陛下と謁見しておりますの。……当初に比べて、穏やかになられておられるのがわかりますわ」
「マジか!? あの陛下がか!?」
「はい。……所感ですが、リヒト様の件とは異なると思いますの」
リヒト殿下に毒を盛ったのは、国王陛下だ。
傀儡となれないリヒト様を邪険にし、暗殺しようとしていたことが起点だ。
けれども現在の陛下に、その意思はない。
つまり、エリーゼ様暗殺の動機は、後継の問題ではないということだ。
じゃあ、どうしてエリーゼ様は、暗殺されそうになったのだろう?
「なら何だ? 痴情のもつれか?」
「アルバート!! 言っていいことと、悪いことがあるからな!?」
「こういう物事は、人間関係の不和と相場は決まっている」
「エリーに問題があるみたいに言うなよ! エリーのあれは、ちょっとニヒルなだけだ!!」
坊っちゃんの冷めた指摘に、ギルベルト様が食ってかかる。
ユージーンさんが必死に止めており、なんというか大変そうだった。
人間関係の不和か……。ううーん……。
「……例えばですけど、知ってはまずいことを、エリーゼ様は知ってしまったとかは?」
「口封じ系か?」
クラウス様の相槌に頷く。
ぴたり、ギルベルト様が止まった。
「例えば……どんなことだ?」
「そこまではわかりませんけど……。ギルベルト様って、エリーゼ様から七不思議を聞いたんですよね? ではエリーゼ様は、どなたからお聞きしたのでしょう?」
「……それ、関係あるか?」
真顔で尋ね返されると、正直つらい。
うぐぐっ、言葉に詰まらせた。
「その、七不思議を調べていて不思議に思ったのですけど、どうもマイナーといいますか、あまり知られていないようなので……」
まあ、尋ねた相手の噂の収集力とか、検証データは不足しているけれど。
「神話や伝承って、教訓なり戒めなりを、後世に伝えるために残されているじゃないですか。怪談として語られるエピソードの中にも、何かしらの意図があるんじゃないかなと思いました。エリーゼ様は、その何かに気づかれたのではないかな、と」
「……仮にそうだとして、何かって、何だ? 動く絵だぞ?」
「さすがにそこまではわかりませんー!」
ギルベルト様に詰められ、両手をあげて降参を訴える。
ひーんっ、ただの憶測ですー!!
僕の話に、ノエル様は真っ青だ。
リズリット様が、へらっと笑われる。
「でも、本当に階段で雨の音聞いたよね」
「ほーん。ちゃっかり怪現象に遭遇してんじゃねーか。スタンプもらったか?」
「もらってない。なかったよ、スタンプ」
「あるわけないでしょう!! ボケないでください、先輩方!!」
リズリット様とクラウス様の茶々に、ノエル様が噛みつく。
ううむ、唸ったギルベルト様が、ぽんと手を叩いた。
「わかった。エリーに手紙を出して、聞いてみる」
「わたくしも、お見舞いへ行けないかお尋ねしてみますわ」
お嬢さまも、ほんのりと微笑まれた。
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