03

「本日の訓練より、真剣の使用を許可する! 扱い方には細心の注意を持て!

 目出度くハッピー野郎の仲間入りを果たした奴には、棺桶まで忘れられねぇような最悪の一日をプレゼントしてやる。

 くそくだらねぇお説教を聞きたい奴は三歳からやり直せ! いいな、全員心してかかれッ!!」


 ジル教官のいつもの調子に、内心泣きそうなくらい震える。

 大きく明瞭な「はい」の声が、訓練場内に響き渡った。


 隣のクラウス様が、真っ青な顔色をしている。

 着実に彼の中のトラウマが抉れている……。


 実技Aクラスの中に、教官へ逆らうような無謀な生徒はいないだろう。

 他の実技クラスと異なり、Aクラスは30名ほどと、こじんまりしている。

 目が届きやすいことも一因だと思う。


 また、僕たち2年生が1年生だった頃、在籍者はみんな先輩だ。

 この教官たちと渡り歩いてきた熟練者だ。

 教官に目をつけられる行為をわざわざ働く人物なんて、いなかった。


 そして僕たちの学年は、顔見知りの4人しかいなかったため、混乱も少なかった。



 さて、4年生が卒業し、新1年生が入学して、Aクラスにも混乱が訪れた。


 何せ生徒のほとんどは、プライドの高い貴族の御子息御息女だ。

 無礼だと声を荒げる姿に、何故だか感慨深い思いを抱いた。


 そういえば入学したばかりの頃、保健室でも似たような台詞を聞いた気がする。

 ……いつの間にか聞かなくなっていたため、これがこの学園の春の風物詩か何かなのかも知れない……。


 ジル教官も、「お前らの学年はいい子ちゃん過ぎたから、活きの良いのが来たと思っている」とにやにやしていたので、教官って本当、豪胆だなと思った。



 閉鎖的な空間で集団生活を強いられているため、他にも問題はある。

 遅れを取っている生徒や、僕など見た目に魔術のわかりにくい生徒に対して、揶揄する行為がある。


 特に僕は使用人であるため、そういった面からも目をつけられやすい。

 絡まれてもある程度は対処出来るけれど、それでも憂さ晴らしというものはしつこかった。


 ……ノエル様の件は脇に置く。

 あの方のは、完全な僕個人への私怨であるようなので、今回のケースとはちょっと違う。


 ――ただ、僕の場合は、状況がちょっと特殊だ。


 僕以上の学年の人は、リズリット様の伝説を身にしみてご存知だ。

 その荒れていたリズリット様を僕が手懐けた、と専らの噂で、不本意ながら周囲から恐れられている。

 ……誤解です。


 なので消去法から、僕に喧嘩を売るのは、リズリット様の伝説をご存知でない下級生となる。

 ……うん。改めてリズリット様って、すごいな……。


 さて、実技で真剣の使用許可が下りたが、まだ生徒同士では手合いに臨めない。


 レプリカから慣らすのかと思っていたけれど、思えば西洋剣は日本刀とは異なり、鎧を叩き切るとか、突き刺すとかいう構造だもんなあ……。

 レプリカであろうと、鉄の塊だもんなあ。

 振り下ろすのに、大した違いもないもんなあ……。


 ほとんどの生徒が貴族の子どもであるため、教育の一環として剣を習っている人が多かった。

 個人で剣を所有している人も勿論おり、僕含めて武器を持参している生徒もそれなりにいる。


 まずは個人訓練を行い、順に教官と手合いを行う。

 その後の行動は、成績を見てから決定するという流れになった。



 配分された時間は、ひとり五分。

 その間教官へ打ち込むのだが、僕はフェリクス教官と当たった。

 顔に大きな傷のある彼は、腰に二振りの刀を帯刀している。

 長さから察するに、打刀と脇差だろうか?


 この世界観では見慣れない類の武器に、ナイフを構えながら訝しむ。


「……お前、刀がわかるのか?」

「あっ、いえ。……資料で見たことがあると」

「そうか」


 いつも仏頂面のフェリクス教官が、ほんのりと口許を緩ませた……!?


 はわわと震える内情を置いて、教官の表情が射抜くものへ変わる。

 呼吸を落ち着け、開始の合図とともに駆け出した。




「オレンジバレーのナイフ芸、何なん?」

「何であんなに人格変えちゃうの? フェリクス教官、実は親の仇だった?」

「ナイフ生えてんの? 何処に仕舞ってるの? 重力感じてる? ちゃんと体重ある? なあ大丈夫?」

「は、はい……?」


 五分後、教官へお礼のお辞儀をしたあと。

 青褪めた先輩たちからそのような言葉を投げかけられ、動揺から首を傾げた。






 坊っちゃんは、余り剣がお得意ではない。

 細身の片手剣をお持ちになり、憮然としたお顔をされている。


 以前、「釘バット辺りの鈍器が使いやすそうだ」と零されていた。

 それは体裁から見てもよろしくないので、お考え直してくださいと、切々と訴えたことがある。


 どうやら坊っちゃんは、軽くて殴りやすい武器をお探しらしい。


「持ち手の短いどんきより、持ち手の長い鈍器の方が、振り回しやすいだろう?」

「剣のこと、鈍器って呼ぶの、やめてあげてください……!」


 淡々とした半眼のお言葉を、ぐぬぬと注意する。

 太刀筋を見てくれたフェリクス教官が、がしがしと頭を掻いた。


「コード。お前はロッドかメイスにしろ。軽量化された、すぐに振れる武器がいい」

「……わかりました」

「お前は術に集中し過ぎる。反応速度と、重量のあるものを振る速度が合っていない」

「それって、アルくんが筋力不足ってこ、いたッ!?」

「リズリット様……」


 ひょっこりと話に加わったリズリット様が、坊っちゃんによって足蹴にされている。

 手許の剣を使わず、脚を使っている辺り、優しさがある、のかなあ……?


 難しい顔をしたフェリクス教官が腕を組む。

 捲くられた袖から覗いた腕が筋肉質で、可能なら僕もこうなりたかったと、憧れの目を向けた。


「コードの反射速度は直感のものだ。剣が手足と同等に扱えるほどの技術がない限り、その鉄塊はただの足枷にしかならない」

「つまり、潔癖症が条件反射くらい、他人を拒絶してる、と」

「お前はそうまでして、僕を怒らせたいのか?」

「わああ!? アルくん待って! いたいっ、足いたいから待って!!」

「……僕、リズリット様のそういうところ、好ましいと思っていますよ……」


 踏みつけられた足をぐりぐりされ、リズリット様が悲鳴を上げている。

 毎回坊っちゃんから痛い目に遭わされているのに、彼の改めようとしないところは、さすがだと思う。


 フェリクス教官が僕を呼んだ。


「オレンジバレー。早急にコードの武器を見繕え」

「わ、わかりました!」

「注意点は先程述べた通りだ。いいな?」

「はい!」


 僕の返事に頷いたフェリクス教官が、手合いを終わらせたジル教官の元へ向かう。


 彼等の様子を目線で追い、ふと、何故『早急に』武器の手配をしなければならないのか、疑問に思った。


「……坊っちゃん。剣をお預かりいたします」

「ああ」

「ベルくん! 今日のアルくん、沸点いつもより低いよ!?」

「僕はいつも通りだ!」


 両手の使えるようになった坊っちゃんの、ピンポイントでお怒りを煽る言葉をリズリット様が零し、詰め寄られている。

 リズリット様のあれがわざとなのか、無自覚なのかはわからないけれど、平謝りする姿は必死だった。


 坊っちゃんからお預かりした剣を鞘へ納め、丁寧に持つ。

 僕にとっても使い慣れない長剣は重心の狂うもので、仲良くするのは難しいなと感じた。


「ねえ、ベル」

「お嬢さま! どうなさいましたか?」


 背後からかけられた声に、ぱっと振り返る。

 何事かお困りになられたお顔で、お嬢さまは言葉を選んでいるようだった。


「……あのね、アルの武器を見繕うのなら、わたくしにもひとつ、ナイフが欲しいの」

「お、お嬢さまにですか!? 何故そのようなっ、僕とアーリアさんが、御身をお守りいたします!!」


 お嬢さまの突然の訴えに、様々な憶測が脳裏を駆けた。


 僕たち護衛が心許ない。

 お嬢さまご自身が、危機をお感じになられている。


 護身の必要な状況下って、どういうこと……? 寝所とか?

 ま、まさか護衛の解雇!?


「落ち着いてちょうだい、ベル! 護身用……でもあるけれど、ほら、あの、治療のときに、服を裂くのに使えるでしょう?」

「あっ、あ……で、でしたら! ナイフなどという物騒なものではなく、ハサミではいけないでしょうか……?」

「そうね……わかったわ。ミスターを交えて、しっかりと話し合いましょう」


 震えながら行った提案を、お嬢さまの強い眼差しによって弾かれる。

「週末にお屋敷へ帰りましょう?」と微笑まれ、僕の視界がくらりと歪んだ。


 な、何故ですか、お嬢さま!

 お嬢さまはお嬢さまであって、お手を汚されなくてよろしいのですよ!?

 汚れ仕事は僕に一任してください!

 後片付けまできっちり行いますから!!

 完璧にこなしますから!! 染みひとつ残しませんからっ!!




 *


 アーリアさんと緊急会議を開き、お嬢さまの一件を報告する。

 すっと顔色を悪くさせた先輩が首を横に振り、ヒルトンさんへ直接伺う案件として回された。


 急ぎ馬から下り、厩舎にいたケイシーさんに、黒馬のグリをお願いする。

 驚くお兄さんはどうどうと馬を押さえ、僕へ向かって説明を求めていた。


 ……相手がロレンスさんだったなら、僕も立ち止まって説明していた。

 ごめんなさい、ケイシーさん! 事後報告にします!


 大急ぎのまま、ヒルトンさんのお部屋を開けた。


「ヒルトンさんっ、すみません! 事後ノックします、聞いてください!!」

「随分騒々しいね、ベルナルド。一度深呼吸したまえ」

「あのっ、あの! お嬢さまが!」


 執務机にいた養父が顔を上げ、苦笑いを浮かべる。

 見慣れた姿に安堵感が胸を占め、ぜいぜい肩で息をしている状況に気がついた。


 立ち上がったヒルトンさんが、優雅な仕草でグラスに水を注ぐ。

 こちらへ差し出されたそれに、お礼を述べた。


「少しは落ち着いたかね?」

「……はい、すみません。お見苦しいところをお見せしました」

「話は何かな? 今は授業中だと思うのだが」

「欠席の手続きをしています。それより、報告がふたつあります」


 弾んだ息をつき、先に坊っちゃんの武器の件を伝える。


 軽量なロッドかメイス。

 坊っちゃんの咄嗟の判断で振り回せるような武器を、至急用意したいこと。


 そして僕の慌てた議題、お嬢さまがナイフの所持をご希望になられたこと。


 治療のために衣類を裂くなら、ハサミでも充分事足りるはず。

 なのにお嬢さまは、あえて武器になるナイフをご所望されている。

 これまでお嬢さまから、そのようなお話はされてこなかった。

 だからこそ、余計に衝撃が大きい。


 何故帯剣されたいなどとお思いになられたのだろう?

 週末のお話で、明かされるのだろうか……?


「なるほど。話はわかったよ」

「どうしましょう、ヒルトンさん……っ。お嬢さまは、僕たち護衛が不要なのでしょうか……!?」

「君も相変わらずだね。お嬢様にもお考えがあってのことだろう。お話をお伺いしてからでも遅くはないよ」

「で、ですが……っ」

「君こそ、お嬢様が帯剣することで、何か不都合を感じているのではないかね?」


 ヒルトンさんの指摘に、どきりとする。


 お嬢さまはその行く末で、ご不幸な思いをされる。

 ナイフが関係していたかどうかは思い出せない。


 けれども手軽な武器は、ご自身を害することにも、他者を害することにも使えてしまう。


 ……不安の芽は摘んでおきたい。

 わかっている。これは勝手な僕のエゴだ。


「……そんなこと、ありません……」

「では、君の成すべきことはわかるね?」

「……お嬢さまのご意思を尊重し、お怪我のないよう、お守りすることです」

「ははは。しょぼくれた犬のようだ。近く、旦那様がお帰りになられるよ。お嬢様の件は、そのときまで保留にしておこう」

「旦那様が……?」


 俯けていた顔を持ち上げる。

 カレンダーを見遣るも、新緑の季節は遠征の時期でも、ましてや会議の月でもない。

 近い会議の月は、この二ヶ月先、星祭りの時期だ。


 疑問に瞬く僕を、執務机に戻った養父が見詰める。

 何処か皮肉気なそれは、何かを諦めているようにも見えた。


「……私は対立戦の経験者でね。以来、魔術を使うことが恐ろしくなった。この歳までろくに使えた試しがないよ。……君が壊れないことを願っている」

「!?」


 いつも通り優雅な頬杖の仕草で、ヒルトンさんが緩く微笑む。


 彼の言葉が上手く飲み込めず、けれども直感が答えを弾き出した。

 震える唇で、何とか音を作る。


「いつ、……ですか?」

「さてね。……星祭りの会議では、間に合わないのだろうね」

「ッ、」

「坊ちゃまの武器はこちらで見繕おう。週末で間に合うかね? もっと早くに必要なら、君が直接武器屋へご案内するんだ。コード邸の制服ならば、子ども相手であろうと多少は話を聞いてくれるだろう」

「……わかり、ました」


 与えられた情報と、続けられる日常業務。

 激しい懸隔の話題はひどく現実味がなく、喉がひりつくように渇いた。


 ヒルトンさんが苦笑を浮かべる。

 立ち上がった彼がこちらへ回り、僕の肩を叩いた。


「もっと動揺を隠せるようになりなさい。これでは、私も纏めて嫌疑にかけられてしまう」

「……すみません」

「君は王子殿下のところで世話になっていたね。……あらかじめ打ち明けている方がいい。彼は特に、君に対して厳しいからね」

「厳しい……ですか? むしろ殿下、お優しい方だと思うのですけど……」

「そう感じるなら、彼も本望だろう。彼は君の嘘を許さないよ」

「……あ、……はい」


 ヒルトンさんに見抜かれた、リヒト殿下とのこれまでのスナイプ案件。

 好意的に見れば、謎だった現象に名前がついてよかったのでは……? 意識が逃避した。

 緩く頭を振って、引きつりそうな口許を懸命に正す。


「わかりました。……折りを見て、殿下にご相談します」

「ああ」

「あと、坊っちゃんの武器に関してですが、教官に相談して直接購入へ向かいます。ご希望に添えなかった際は一報入れますので、手配をよろしくお願いします」

「わかったよ」


 微笑を浮かべた養父が、僕の頭を撫でる。

 二回滑らされた皺の刻まれた手が、ゆっくりと離された。


「……学園へ戻りなさい。君の健闘を祈っている」

「ありがとうございます」


 目礼し、扉へ向かう。

 振り向き様、いってきます! 前までは当たり前だった挨拶を口にした。


 緩く振られる手を横目に、養父の部屋を後にした。

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