04

 ノッカーの音に辺りを見回す。

 王都別邸の玄関ホールには僕しかおらず、お待たせしてはいけないと慌てて扉を開けた。


 玄関にいたのは、年若い郵便屋さんだった。

 僕へ視線を落とすと、人懐っこい笑顔で帽子を上げる。


「コードさん、今年もこの時期にお越しなんですね」

「はい。恒例なので」


 収穫祭とお誕生会ですもんね~。

 にこにこ笑いながら、郵便屋さんが肩掛け鞄から手紙を取り出す。


 次から次へと溢れるように湧き上がるそれに、あっという間に僕の両腕が埋まった。

 手紙に埋もれる僕を見て笑った郵便屋さんが、白手套に包まれた手で、ぽすり、僕の頭を撫でる。

 子どもの目線まで屈んだ彼が、微笑みを深くした。


「最近良くないニュースが多いから、君も気をつけるんだよ?」

「ご心配ありがとうございます」


 僕も笑顔で答え、じゃあね、手を振る郵便屋さんが馬に跨る。

 慣れた仕草で走り出した彼を見送り、首許から侵入する冷たい風から逃げるように、お屋敷へ戻った。


 仕分けテーブルに抱えた手紙の山を乗せ、一枚一枚宛名を確認していく。


「ベルナルド」

「ヒルトンさん、先程郵便屋さんが来られました!」


 仕分けから顔を上げ、こちらへ近付く人物に笑顔を向ける。

 微笑みを携えたヒルトンさんが、ポケットから懐中時計を取り出した。


「そろそろお嬢様方のお茶の時間だ。準備なさい」

「わかりました!」


 ヒルトンさんがメイドさんをひとり呼びつける。

 彼女は心得たようで、僕の代わりに手紙を仕分けてくれた。

 礼を残し、お嬢さまと坊っちゃんがお待ちの談話室へ脚を向ける。


 そこで鳴った玄関を叩く音。

 ヒルトンさんが出迎えたそこには、護衛のお兄さんをつけたリヒト殿下がいらっしゃった。


「これはこれは、王子殿下。丁度お茶のお時間でございます」

「ありがとう。忙しいのにごめんね」

「ベルナルド、ご案内を」

「はい」


 ぱっと僕と目が合った彼の碧く澄んだ瞳が、くるりと大きくなる。

 あっと思った頃には突撃されていて、ぐえっ、変な声が出た。


「ベル、ぼくのこと褒めて。ミュゼットのこと褒めるときくらい褒めて。頑張ってるって褒めて」

「ええええええっ」


 僕の首を絞めたいのだろうかと疑うほど、首に腕を回され、ぎゅうぎゅうと抱き締められる。


 逃れようにも拘束はきつく、助けを求めてヒルトンさんを見遣るも、彼は涼しい微笑で静観していた。ちくしょう。

 護衛のお兄さんが、慌てた顔をしている。


「殿下! ご友人が窒息されてしまいます……!!」

「ひとまず、談話室へ向かっては如何でしょうか」

「ベル、連れてって」

「近距離すぎませんか!? リュックですらもっとゆとりがありますよ!?」


 僕の身体を方向転換させ、またしても首にかじりついた殿下が、だらりと圧し掛かる。

 引きつりそうな口許を必死で整え、リヒト殿下の腕を掴んでずるずる引き摺った。


 この人、偉い人じゃなかったら捨て置いたからな!


 大体彼は何処から情報を仕入れているのだろう?

 コード家が王都の別邸に到着したのは、昨日だ。情報が早過ぎるだろう。


「殿下! 王族としてのご自覚をお持ちになってッ」

「ヒューイにはわからないんだ。誰かに癒してもらいたいこの気持ちが」

「そういえばリヒト殿下、クラウス様はご一緒でないんですか?」

「ベルはいつも、いーっつもクラウスばっかり……」

「どんな誤解ですか!?」


 僕のいっつもは、お嬢さまと坊っちゃんです!


 護衛のお兄さんが色々と殿下を説得してくれるが、離れる気配が微塵も見当たらない。


 ……新しいファッションなんです。

 リヒト様そっくりで、動くんですよ。

 ……売れそうだ。


 談話室を開けたら、既にお揃いだったお嬢さま、坊っちゃん、アーリアさんの表情が固まった。

 主人の前で粗相は出来ない。

 にっこり、笑みを浮かべる。


「遅れてしまい、大変申し訳ございません。すぐ、お茶をご用意いたします」

「ベルっ、背中……! リヒト様……ッ!!」

「お嬢さま、新しいブローチでございます」

「等身大のブローチの素材が何かは知らんが、重量が凄まじそうだな」

「筋トレ用です」

「ベルがひどい……」

「離れる気になりましたか?」

「褒めてもらえるまで離れない」


 お嬢さまの動揺はかわすことが出来たが、リヒト殿下が益々僕の肩で拗ねている。


 僕は早急にお茶をお作りしないといけないので、このコアラさんを早いとこ椅子に座らせなければならない。

 ぽんぽん、肩口の頭を叩いた。


「殿下、頑張ってますね。偉いですね」

「……中身がない」


 しょんぼりとした声で落ち込んだリヒト殿下が、僅かに抱擁を緩める。

 肩越しに振り返ると、至近距離で金の睫毛が見えた。


 伏せられその下に、くっきりと浮かんだ隈が存在を主張している。

 良く見れば、殿下の整ったキラキラフェイスの顔色も悪く、髪にも艶がない。


 あれあれ? 結構深刻な状態でしたか?


 慌てて椅子を勧めるも、腕の位置が首から腰に変えられただけで、再び圧を戻された。

 くっ、お茶が淹れられない……!!


「じゃあ、これからぼくが頑張ってる内容話すから、改めて褒めて。いっぱい褒めて。アルバート褒めるくらい褒めて」

「何で僕を引き合いに出すんだ」

「と、とりあえずリヒト様、……お茶いかがですか?」


 憮然とした坊っちゃんが、胡乱な目を殿下へ向ける。

 お嬢さまが慌てたようにティーポットを手にし、空の茶器に温かな琥珀色を注いだ。


 ああっ、お嬢さま自らお茶をお淹れになるなんて……ッ!

 あと用意したのはアーリアさんですね!


「ありがとう、ミュゼット。きみは優しいね。

 あのね、来月ぼくの誕生会でしょ? 元々収穫祭だったところに、ぼくがうっかりその月に生まれてしまったがばかりに生誕祭にされたやつ。名称だけ変わった中身収穫祭のままなやつ。そのまま収穫祭っていえばいいのに祭りがあるでしょ?」

「は、はい……」


 普段リヒト殿下はのほほんとされているため、ご自身の誕生会についてそのような思いを抱いているとは知らなかった。


 ちなみに国王陛下と姫殿下は、真冬にお生まれだ。

 王誕祭は「六花祭」、エリーゼ王女殿下ご生誕祭は「春待祭」と呼ばれ、地方領主は自主参加制となっている。

 それぞれ、行きも帰りも保証されていない雪に対する配慮だ。


 六花祭の内容は、王都内で雪像を作って競い合うらしい。


 春待祭は宮廷楽団による演奏会がメインで、芸術、文化の助成に一役買っているそうだ。

 文化祭のようなものだろうか?


 一度でいいから見てみたい。特に雪祭り。


 よしよしとリヒト殿下の頭を撫でて続きを促す。

 深呼吸した彼が、ため息とともに早口で言葉を吐き出した。


「収穫祭は絶対にやらなきゃいけないんだ、収益のために。これから冬へ向けて節制を強いられるから、国民も楽しみにしている。

 なのに、なのにだよ? 何処かのウカレたお祭り野郎が盛大にやらかしてくれたせいで、治安悪化が囁かれて、出店数も見込み客も激減してるの。

 おまけに犯人が捕まってないせいか根も葉もない噂が横行してて、対策部としても頭を抱えてるの。

 そんな中、騎士団と自警団がバチバチし出してお互い情報譲らないとか。

 皆仲良くしよ? ここでいがみ合っても仕方ないでしょ?

 ぼくも問題対策で駆け回ってるのに、『子どもはすっこんでろ!』って言われるんだよ? ぼくのこと追い出す前にそのプライド追い出してよ。平和、一番!」


 僕の肩に額をぐりぐり押し当て、リヒト殿下が鬱憤不満を連ねる。

 込み上げてきた哀れみの念に、わしわしその頭を撫でた。


「殿下は板挟みの中、よく頑張られています! ですけど9歳の身体に睡眠不足は大敵です。お食事はちゃんと召し上がられていますか?」

「ベルだいすき」

「このまま不健康な生活を続けたら、最近成長期なベルナルドくんに抜かされますよ。今までされてきたちびっ子扱い、きっちり仕返しさせていただきますね。ふふんっ」

「ちょっとぼく、ベルのベッドで寝てくるね。おやすみ」

「どこの王子様が使用人のベッド使うとか言い出すんですか、やだーッ!!!」


 僕を引き摺りながら談話室を出ようとする殿下に、口頭で抵抗する。


 手足使ってお怪我でもさせたら、頭と胴体がさよならしかねない。

 本当は軽口叩いちゃいけない相手なんだって、知ってるんだ。


 護衛のお兄さんに押し留められ、殿下がむっすりする。

「ベルのこと抱き枕にしてベルの今日の予定を全部潰す。そしてミスターに怒られている様を間近で指差して笑いながら見る」

 言われた内容に、悪魔か。背後の存在が恐ろしくなった。


「……それは殿下も一緒に怒られるのではないのか?」

「その考えはなかった」

「……リヒト様、お疲れでしょう、休憩なさってください」


 坊っちゃんの一言に、はっとした顔でリヒト殿下が考え込む。

 その隙にお嬢さまが平和的に友好的に椅子を示し、殿下を座らせることに成功した。


 流石はお嬢さまと坊っちゃん! ベルナルドは鼻が高くございます!


「……何でベル、ぼくの膝に座ってくれないの? そういう流れだったでしょう?」

「それ確実に不敬罪で僕捕まりますよね。嫌ですよ。少し休まれてください、殿下」


 よしよしと金糸を撫で、大変お待たせしてしまった坊っちゃんにお茶をお淹れする。

 最近ようやくアーリアさんのお茶にも慣れてきたのか、においを嗅ぐところまでは出来るようになった。


 未だ慣れ切っていない原因は、お嬢さまにお茶をお淹れしたい一心の僕がいるせいなんですけどね!

 僕が出来るお嬢さまのお世話が、限りなく少なくなってますからね!

 お手紙届けるのと、お茶だけは僕にさせてください!!



 その後リヒト殿下は僕の腰から腕を放さず、僕の背中に顔を伏せてぐったりとされていた。

 僕が動く度にそれに合わせて身体を動かすのだから、休めないだろうに。


「殿下、クッキー食べます?」尋ねると、「食べさせて」と返された。

 ……僕はいつから二羽目のひな鳥を育てていたのだろう?


 坊っちゃん用のクッキーと混じらないように、右手と左手を分けて給仕した。

 腕が二本あってよかったね!!

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