05

「やあランドルフ! 久しぶりだな」


 騎士団本部にある、団長室を開け放ったサマビオン・コードが、飛び切りの笑顔で入室する。


 対する執務机に座るランドルフ・アリヤは、その険しい眉間に更に皺を寄せ、重々しいため息をついた。

 机に肘を突いた彼が指を組み、じっとりとした目を客人へ向ける。


「……コード卿、本日は突然の呼び出しにお応えいただき、誠に感謝する」

「相変わらず君は堅苦しいな。その眼鏡似合ってるよ」


 自身の目許を指差したサマビオンが、勝手知ったる調子で来客用のソファに腰を降ろす。

 疲れたようにため息をついたランドルフが、重厚な椅子から立ち上がった。


「勝手な行いは慎んでもらいたい」

「様式の簡略化だよ。君と私の仲だ。流石に相手は選んでいる」

「公爵殿は御多忙なようで」

「ははは、君もだろう」


 対面のソファへ腰を下ろしたランドルフに、サマビオンが皮肉を返す。

 彼等の元に、制服をきっちりと着込んだ女性が茶器を置き、静かに頭を下げて退室する。

 短く礼を告げた客人が、カップを手に取った。


「それで、用件は?」

「悪いが相談だ。まずはこれに目を通してもらいたい」

「……部外者が内部情報に触れても良いのかい?」

「情報を規制している弁明だ。君の目から見て、意見を聞きたい」

「……わかった」


 自身の膝で肘をつき、組んだ手に顎を乗せるランドルフの表情は重い。

 サマビオンが慣れた調子で資料を捲った。


 無言の室内は紙が擦れる音以外、秒針の刻む音しかしない。

 部屋の外から聞こえる団員の喧騒が、微かに届いた。


 末尾の書類を見終わり、サマビオンが深く息をつく。

 手放した紙の束を卓上に、目頭を揉んだ彼は苦渋の顔をしていた。


「興味深い創作だったよ」

「事実だ」

「全く酷い話だな。夢に見そうだ」


 再度ため息をついたサマビオンが、一口紅茶を口に含む。

 それでも気分悪そうに眉間に皺を寄せていた。


「ランドルフ、君はこれをどう見ている?」

「『対立の子どもたち』の仕業だと考えている」

「まあ、もう『子ども』という年齢でもないがね。私もそう思う」

「では」

「調べる価値はあるだろう。しかし相手はここまで生き残った賢い子だ。心理テストなんて当てにならない」


 眼鏡の奥を光らせたランドルフの言葉を遮り、脚を組んだサマビオンが首を横に振る。


「それよりも、模倣者を出さないことだが……随分と自警団と揉めているそうだな」

「唯一の生き残りを危険な目に合わせたくないからな。……それが民衆の不興を買っているが」


 情報が流出すればするほど、敵対者にこちらの手の内が透けてしまう。

 特に今回救助した人命は、10やそこらの幼い子どもだ。


 またこの時勢、その手の病院というものは、一度入ると異常者の烙印を押されてしまう。

 未来ある子どもに、その成績表は重過ぎる。


 しかし情報を開示しなければ、憶測は加速するもの。

 騎士団のみが情報を掌握している現状も、自警団にとっては面白くない。

 民衆の意識も、騎士団は国を王家を守るもの、自警団は街を守るものと見られている。

 管轄違いだと不満は受けているが、街も国も住んでいるものは同じ国民だ。

 それもまた、ランドルフの頭痛の種だった。


「その生き残りの子だが、今どうしている?」

「我が家で様子を見ている」

「君はここで缶詰だから、実質面倒を見ているのはクラウスくんと使用人たちか」

「………」


 眼鏡越しの目付きの悪い顔が、図星とばかりにサマビオンへ向けられる。

 考えるように顎へ手を当てた公爵が、外見だけは整った笑みを浮かべた。


「私の妻と、使用人のベルナルド、それから息子のアルバートを向かわせよう」

「正気か?」

「それで持ち直さないようなら、残念だがその子には病院へ入ってもらおう。元々素人の仕事ではない」

「…………」

「ランドルフ。君の気持ちはわかる。だからこそ、使えるものは使うべきだ」


 深い声に諭され、ランドルフが重たいため息とともに瞼を下ろす。

「わかった」微かな答えだった。サマビオンが続ける。


「自警団への話だが、そういった情勢に詳しい人はいないのかい?」

「当たってみよう。……お前のおかげで視野が開けた。礼を言おう」

「報酬期待しているよ」

「……わかった」


 ため息と共に立ち上がったランドルフが肩を伸ばし、機密文書を抱える。

 お茶を飲み干したサマビオンが「ごちそうさま」席を立った。

 扉を上げる騎士団長へ、「見送りご苦労」口角を持ち上げる。


「クラウスくんの誕生会がなくて、娘が寂しがっていたよ」

「そうか。……すまないな」

「来年期待している」


 片手を上げたサマビオンが扉の向こうへ消える。

 一人きりになった部屋で改めて息をつき、ランドルフが自警団の名簿を手に取った。

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