03

 クラウスとリズリットは、騎士団の見学で仲良くなった。


 リズリットは明るく活発な少年で、大人達の練習の隙間を見ては、親しげな笑顔でクラウスへ稽古を持ちかけていた。

 年齢はクラウスよりひとつ上だったが、背丈はクラウスより少し低いくらいの身長だった。


 リズリットの笑った顔が人懐っこいことを、クラウスは覚えている。


 その後彼等は備品の木剣を用い、ちゃんばらごっこをした。

 大人達は微笑ましそうに野次を飛ばし、ふたりを見守っていた。


 勝敗はどちらだったか、クラウスは覚えていない。

 ただ、汗だくになって倒れた石の床が冷たくて心地好かったことと、清々しい気持ちでリズリットと握手したことは、鮮明に覚えている。



 今、クラウスの目の前にいる彼は、全くの別人になっていた。


 アリヤ家で保護することになったリズリットだが、素人目にも専門の医者に診せた方が良いと思うほど、精神を損傷している。


 膝を抱えて縮こまり、うわ言を呟きながら震える姿は、いっそ狂気的だ。


 暗闇から動かないリズリットは目を爛々とさせ、小さな物音にも呼吸を引きつらせている。

 恐怖で強張った身体には排泄まで気を回す余裕もないのか、その場で垂れ流す。

 食事も一切受け付けない。

 誰かが近付けば怯えたように絶叫を上げ、盆をひっくり返していた。


 素人が手を出す領分ではないのだろう。

 変わり果てた友人の姿に、クラウスも使用人も、精神的に追い詰められていた。


 引き取った張本人であるクラウスの父親はといえば、事件解明へ向けて、連日朝早くから夜遅くまで仕事に浸っている。


 団長という重役であるため、仕方がないとは理解している。

 けれど、他人を預かった上で、家庭の環境へ一切目を向けられない現状は、監督不行き届きではないか?

 聞き分けのいいクラウスが邪推してしまう。


 父上も、リズリットの状態を良く見て欲しい。

 少年は不眠続きの頭を抱えて、ため息をついた。


 クラウス自身も、母親へ救助の手紙を出したが、彼の実家は遥か辺境にある。

 そう易々と来られる距離ではない。

 クラウスは弱り切っていた。


「坊ちゃま、気分転換にお出かけされては如何でしょうか」


 疲れ果てているクラウスへ紅茶を注ぎながら、老執事が微笑む。

 でもなあ……。渋る彼に、コード家が王都入りしたことを好々爺が知らせた。


 クラウスにとって何とも魅力的な誘いに、一瞬表情が晴れる。

 しかし彼の意識に掠ったリズリットの存在が、再び気分を塞がせた。


 リズリットを残して気楽に遊びに行けるほど、クラウスの心は丈夫でない。


「でしたら、皆様にご相談されては如何でしょう?」

「相談?」

「はい。今坊ちゃまが抱えていらっしゃるお悩みごとを、それとなく相談するのです」

「…………」


 リズリットに纏わる事件については、緘口令が敷かれてある。


 やんわりとした好々爺の提案に、少年は真っ先にベルナルドの顔を思い浮かべた。

 あのトラウマ重傷者であるアルバートを手懐けた彼なら、何か妙案があるのやも。


 いやいや、相手は俺より小さな9歳児だ。

 クラウスが首をぶんぶん横に振る。


 それより食えない執事のじいさんや、コード卿に夫人。

 クラウスの無骨な父に比べて、柔軟な思想を持っている面々が揃っている。


「ありがとな、爺や。近日中に、コード卿や夫人の空いている日をお願いできるか?」

「畏まりました」


 頭を下げた老執事が静かに下がる。

 クラウスが息をつく。これで、少しはリズリットの心を取り戻せたらいい。


 交差させた指に額を預け、少年が胸中のわだかまりを、ため息として吐き出した。

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