05

 今一度、『対立』について纏めてみよう!


 寮の自室へ戻り、書き物机にヒルトンさんの民俗学書と、自分の日記とノートを引っ張り出す。


 同室の人がいなくて寂しいとか言っていたけど、ひとりぼっちで良かった!

 堂々と考え込める!

 これほどまでに、ひとりで部屋を使えることをありがたく思ったことはない。


 リヒト殿下の本は、その場でお返ししてきた。

 確かに欲しい情報が載ってそうだけれど、余り目立った行動は取れない。

 違和感を持たれては困る。


 僕の所有している情報は、基本的に現在開示されていないものばかりだ。

 そして相手は、洞察力の鋭いリヒト殿下。


 詰問されたら、確実に言葉に窮する。

 相手が悪過ぎだ。


 分厚い書籍の表紙を捲る。

 一応は読破したそれだけど、なんというか、わざわざ話を難しく捏ね繰り回している感じがして、とっつき難かった。


 読んだ時間帯も、寝る前だったというのも悪かった。

 睡眠導入にうってつけという、何とも残念な印象しか残っていない。

 がんばって、僕!

 全てはお嬢さまのためなんだから!



 さて、『対立』であるが、これは創世記の延長線上にある。


 世界は、五つの天秤で出来ている。

 天秤の均衡は崩れてはならない。

 均衡が崩れた世界は、調停される。


 この『調停』するために現れるものが、『対立』と呼ばれるものだ。



 書籍によれば、最後に対立戦があったのは、今から10年前くらいになるらしい。

 思っていたよりも最近だ。


 当時の僕は、5歳くらいになるのかな?

 お嬢さまに拾われたのが6歳だから、スラムにいる頃かな……?


 ……駄目だ、その頃を思い出そうとしても、それらしい記憶が引っ掛からない。

 断片的に思い出せる部分もあるけれど、なんというか……こんなにも幼少期って、覚えていないものだっけ?


 ヒルトンさんは「あやふや」と称していたけれど、本当にあやふやだ。


 自分の記憶力の役立たなさを脇に置いて、資料を捲る。


 調停は第三者であるため、均衡が崩れた中、僕たちは『何か』と争わなければならない。それが『対立』だ。


『対立』それ自体については、『対立』としか表記されていなかった。

 ただ倒さなければならない、人間側の敵だと。


 対立は、不文律を犯した末の結末であるため、忌避されている。

 口外することを良しとしない。


 対立戦に駆り出されるのは、未成年の子どもたちだ。

 幼過ぎると戦力として成立せず、年を取り過ぎると戦力から外される。


 大体15歳から16、辛うじて18歳までだろうか。

 丁度ユーリット学園に通う年頃が対象だ。


 これには諸説理由がある。

 実際に過去これまでの対立戦では、大人が戦闘してきたそうだ。

 しかし死亡者が多く、生存者の心身の損傷も激しかったらしい。

 試しに子どもを送り込んでみれば、死傷者の数が前例を下回ったそうだ。


 ……この調書が事実かどうかはわからない。

 けれどもその年以降、対立戦には子どもが起用されている。


 成熟した精神と、未成熟な精神との対比や、慣例に倣う知識量の差。

 対立に反映される象徴の差異など、参考資料は多い。


 要は子どもは大人に比べて未熟なため、対立から受ける影響が少ない、という話だ。

 反論するならば、リヒト殿下など、膨大な知識量を抱えている人物も、『子ども』と一括りに送り込まれることについてだが。


 そこで、はたと思い出した。


 ゲーム上で、『対立』は影として表現されていた。

 調停が行われる時間までに、より多くの『対立』を狩らなければならない。


 しかし一体屠るごとに、正気度だったか、ゲージが減っていく。

 ゼロになると正気を失い、しばらく操作が利かなくなった。


 そしてヒロインが回復するまでに一定の時間がかかり、正気度が回復すると、再び操作が可能となる。

 ……そんなシステムがあったような気がする。


 正気を失った際の動作は、各キャラクターごとに異なる。


 リヒト殿下は、操作をなくしても、近くの敵へ攻撃し続けていたと思う。

 クラウス様は、回復まで動けなくなるタイプだった。

 アルバート坊っちゃんも、無差別攻撃型だったはずだ。

 ベルナルドは、よっぽど無茶な操作をしない限り、正気を保ち続けていたように記憶している。


 正気度を強い順に並べれば、ベルナルド、ギルベルト、クラウス、ノエル、アルバート、リヒト。

 戦力を高い順に並べれば、リヒト、クラウス、アルバート、ノエル、ギルベルト、ベルナルド。


 こんな順になっていたと思う。


 正気度高いベルナルドくん、戦力弱過ぎません?

 通りで負かされる回数が多いと思った!

 素早さと回避だけじゃ補えない問題があるんだよ!? 直訴するよ、直訴!


 あと、リヒト殿下とアルバート坊っちゃんの正気度の低さ!

 確かに操作していたときも、すぐ無差別攻撃に走っていたような気がするけど……。


 大丈夫ですか、お二方! そんなにお心を磨耗されていたんですか!?


 この中で、不確定要素がギルベルト様と、まだお会いしていなノエル様だ。

 ギルベルト様は、ゲーム中とは正反対のご性質になられたし……。

 どんな特性だったっけ、ギルベルト。

 術師枠だったと思うんだけど……。

 んーっ、この辺曖昧だ! 記憶が薄い!



 何よりこの戦いで、リズリット様が命を落とされる。

 ……どうやって防げばいいんだろう……?


 それに第一、僕たちが確実に生き残る保証もない。

 現に、亡くなっているはずの人が存命しているのだから、その逆だって起こり得る。

 ……そう思うと、つくづく深刻な問題に直面している。


 僕たちが誰一人欠けることなく生き残らなければ、今後の展開が大きく狂ってしまう。

 お嬢さまをお守りするためにも、まずは対立戦を無事に終わらせなければならない。

 誰かが死ぬところなんて、見たくない。


 不安を挙げればきりがないが、僕たちの精神がどこまで磨耗するかもわからない。

 万が一お嬢さまが正気を失えば、その時点で僕は行動を変えなければならない。

 身代わりとして。



 ため息をついて、本を閉じる。

 何よりもわかったことは、『わからないことがわかった』ことだった。

 僕はこの世界の仕組みについても、自分自身についても、わからないことばかりだ。


 取り出した白紙の便箋に、万年筆を乗せる。

 宛先はヒルトンさんだ。


 拾われてからこれまで、僕の教育は養父が行っている。

 ……もしかすると、僕が忘れてしまっている昔のことを、覚えているかも知れない。

 とにかく今のままでは、余りにも記憶が覚束な過ぎて使えない。

 少しでも手掛かりが欲しい。


 入学祝いのペン先が、思い出話をねだった。

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