番外編:ゆきまつり
王都にも雪は積もる。
踏み固められる足許を今一度見下ろし、マフラーがずれないよう結び直した。
吐息が白く濁り、悴む手をぐっぱと開く。
「いっくよー!」
鼻の頭を赤くしたリヒト殿下が大きく手を振り、手袋が握る雪玉が投げられた。
同時に、坊っちゃんが押し固めた雪玉を全力送球する。
僕も足許の雪を掬い、固めて投げた。
「わあっ! クラウス様、手でっかいの反則です!」
「ははは! わるいな!」
顔面すれすれに通り過ぎた白色に、ぞっとしながら送り主へ苦情を叫ぶ。
一面の雪景色と青空に挟まれたクラウス様は、遺憾なくその爽やかさを発揮していた。
うっ、笑顔が眩しい……!
「それっ、あー! ベルの動体視力、もう少し精度落としてよー!」
「嫌ですよ!!」
「わっるい、アルバート! 派手にいっちまった!!」
「坊っちゃああああああん!!!!」
ぱあん! 隣で被弾した坊っちゃんが、頭に雪を貼り付けた状態で静止する。
言葉通り派手に弾けた雪玉に、被害者がうっすらと笑みを浮かべた。
……何故だろう、体感温度がぐっと下がった気がする。
「……正直乗り気ではなかったが、本気を出す。貴様等、豪雪地帯育ちを舐めるなよ」
「わ、わあ……! アルバートがちょっと見たことない顔してるー!」
「はははっ、お手柔らかに頼むわー!」
「坊っちゃん、頼もしいです!!」
「お前も貢献しろ!!」
ぶん! 投げられた雪玉が、リヒト殿下の顔面に炸裂した。
僕たちは今、雪合戦を行っている。
事の発端は、雪が積もったことにはしゃいだ、リヒト殿下の一声からだった。
場所は、騎士団前の外壁庭園。
いいのかという疑問に対して、緩いリヒト殿下と、緩いクラウス様が、「まあいいんじゃない?」と言ったことでこうなった。
率直に申し上げれば、僕は怯えている。
だってもう少し歩けば、そこは王城だ。
雪に埋もれた花畑は、一面平たく真白で、雪合戦や雪像作りに向いている。
そろそろ国王陛下のご生誕祭である、六花祭が開催される。
市街地の方では、雪像作りの場所取りや制作と、寒さに負けず賑わいを見せていた。
ここへ来る途中にも、街の様子を見ることが出来たので、期間中は必ずお嬢さまをお誘いしようと心に誓った。
お嬢さまは、アーリアさん、リズリット様とご一緒に、騎士団の軒先にいらっしゃる。
にこにことご声援をくださるお嬢さまの隣で、もこもこに着膨れしたリズリット様が凍えていた。
どうもリズリット様は、寒さに弱いらしい。
ここへ来る途中も、「寒い」「正気じゃない」と縮こまられていた。
今も顔の半分をマフラーに埋め、両手をコートのポケットに突っ込んでいる。
雪合戦は、二人一組で対決している。
リヒト殿下とクラウス様の組と、坊っちゃんと僕の組だ。
坊っちゃんへ暴挙を振るうだなんて無理だと訴えたところ、この組み分けになった。
みんなの優しさが身にしみます。
「だあらッ!!」
「あれだな。アルバートの速球を避けたあとに、ふわっと降ってくるベルの玉に当たんだな」
「え? ぼく、ものっすごくアルバートの雪玉食らってるけど?」
「その分当ててんじゃないすか、殿下」
爽やかな笑顔の隣で、鮮やかに雪玉が弾ける。
もー! 頭を振ったリヒト殿下が、即座に応戦する。
振り被られた雪玉が、僕の隣で破裂した。
しかし坊っちゃんの闘志は揺るぎない。
完全に滅するといった気合いで、固めた積雪をぶん投げていらっしゃる。
恐らくリヒト殿下は、余り雪に慣れていらっしゃらないのだろう。
普段軽快な動作も鈍くなっており、時々転ばれている。
そこを容赦なく狙う辺り、坊っちゃんのえぐさを垣間見てしまった気分だ……。
「おい、ベルナルド。お前、壁になれ」
「はい?」
「主人を守ることが仕事なんだろう? さっさと壁になれ」
「あ、ここで適応されるんですね? 畏まりました?」
「ベルがちょろい件について」
「これでベルも、俺たちとお揃いだなー!」
これまで動体視力と反射神経で避けてきた雪玉を、真正面から浴びる。
ぎゅっと固く閉じた瞼の向こうで、衝撃と冷たさにふるふる首を振った。
つめたっ、うわっ! マフラーの中に入った!!
「あはは! やっとベルに一発入った!」
「今の殿下ですか!? 熨斗つけてお返しします!!」
「わあ!? ベル、今までの緩い球、どこ行ったの!?」
「はははは!」
坊っちゃんの速球に合わせて、高く弧を描くように投げていた雪玉を、直線を描くようにぶん投げる。
即座にクラウス様の方から飛んできた雪玉に被弾し、ついでに後頭部にも衝撃が走った。
「……あ、すまん。手が滑った」
「坊っちゃん!? 中々に殺傷能力の高い送球ですね……!」
「はははっ! ベル大丈夫かー?」
「えっ、これを全力で食らってるリヒト殿下、大丈夫ですか!?」
「おい。人を殺戮兵器のように扱うな」
「服の中に入って、つめたいー」
「大丈夫そうですね!!」
わあわあ騒いで、互いに雪玉をぶつけ合い、寒さも忘れてはしゃいだ。
すっかり身体中、雪まみれの水浸しだ。
それでもけらけら笑って、びしょ濡れの手袋で雪を掻き集める。
いつの間にかお嬢さま方がいらっしゃる軒下には、観客が出来ていた。
仕事の合間なのだろうか、騎士団員の男性等が楽しげに野次を飛ばしている。
お嬢さまとリズリット様はマグカップを両手で抱えており、どうやら彼等が用意してくれたらしい。
御礼申し上げます……!
始めに息を切らせたのは坊っちゃんで、次に僕とリヒト殿下だった。
ぜいぜい膝に手をつく僕たちに、頬を上気させたクラウス様が終了を告げる。
アーリアさんへマグカップを預けたお嬢さまが、こちらへ駆けて来られた。
僕の髪についた雪を、ぽんぽん払い落としてくださるお嬢さまが、やんわりと表情を緩められる。
「ふふっ、皆さん楽しそうでしたわ」
「うん、楽しかった! アルバートは大穴だったね~」
「さすが坊っちゃんです!」
ふん、と鼻を鳴らした坊っちゃんが、はたと何かを思いついたようなお顔をされる。
にんまり、口角を持ち上げられた彼が、リズリット様へ向けて両腕を広げた。
「リズリット」
聞いたこともないような優しいお声と、優しいお顔だった。
呼ばれたリズリット様が唖然とされ、手にしたカップを取り落としそうになる。
後ろの騎士団員へそれを返し、彼がふらふらと坊っちゃんへ近付いた。
「……えっ? アルくんから? アルくんから誘ってもらえてるの? え、どうしよう、凄く嬉しい……。俺の人生始まって以来の出来事なんだけど……!
あっ、だけどアルくん物理的に冷たい。びしょびしょしてる冷たい! でもこの機会を逃したら、多分きっとアルくんからのお誘いなんて二度とない……!!」
「そうだな。二度とない」
「弄ばれてる感がすごい……!! アルくんの小悪魔! いいよ今の内に堪能するから!
あっ、やっぱりびしょびしょしてる冷たい……! 抱き締めてるのに凍えるって、新感覚だね?」
「生存本能と生理的欲求の戦いかな?」
「リズリット……」
苦笑を浮かべるリヒト殿下と、諦め切った顔のクラウス様を置いて、リズリット様が吸い込まれるように坊っちゃんへ腕を回す。
ぎゅうぎゅう抱き締めるも、リズリット様の身体は小刻みに震えていた。
いい笑顔で手袋を外した坊っちゃんが、冷え切った両手を、リズリット様のマフラーの中に突っ込まれる。
即座に上がった悲鳴が、雪原に反響した。
それでも坊っちゃんを放さない両腕に、何だか尊敬の念を抱いてしまう。
「ぐすっ、アルくんが意地悪だよ~」
「むしろ優しい方だが」
「アルくんの優しさの基準って、どこかな!?」
「さて、暖を取りたい。離してくれ」
「わたしのことは遊びだったのね???」
要望通り解放された坊っちゃんが、何事もなかったかのようにすたすたと歩かれる。
……中々に鬼畜の所業ですね、坊っちゃん。
残されたリズリット様が、悲しそうな顔でますます震えられる。
ぐすぐす俯く彼が、ミュゼットちゃん……。微かな声で呼んだ。
「一緒に飲んだ紅茶、おいしかったね……」
「リズリットさん、しっかりしてください。すぐそこですから」
「さっさと行くぞ、リズリット。俺らが風邪引く」
「ぎゃあ! やめろ触るなクラウス! 冷たい、濡れる! 助けてベルくん!!」
「僕もずぶ濡れですが……」
「そうだった!!」
先に騎士団のストーブに当たっていた坊っちゃんに、リズリット様が泣きそうな顔で突撃する。
されるがままの坊っちゃんは、変わることなく熱源へ手を翳していて、ははーん、さてはリズリット様も暖代わりなんですね。閃いた。
坊っちゃんが策略家への道を歩いているようなのですが……。
お腹の中を白くする方法を、どなたかご存知ではありませんかー!?
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