思い出してみよう設定
星祭りも終わり、帰ってきたコード公爵家領地。
今更思い出した情報は、『本来お嬢さまは星祭りがお好きでない』というものだった。
本編中のコード家には、奥様はいらっしゃらない。
旦那様は奥様の生き写しのようなお嬢さまを、それはそれは偏愛される。
そして奥様がいらっしゃらない現実に耐え切れず、お嬢さまを突き放すということを繰り返していた。
お嬢さまは不安定な情緒と寂しさを埋め合わせるように、婚約者のリヒト殿下、そしてクラウス様に依存する。
お二人が離れようものなら、全力で阻んでいた。
これにより、クラウス様は浅い人付き合いしかしなくなり、リヒト殿下はお嬢さまを憐れむようになる。
また、本編内に『お嬢さまの侍女アーリア』という人物は存在しない。
その席にいるのはベルナルドであり、彼もまたお嬢さまから偏執を受ける。
全ては星祭りのあの日、皆の目の前で、暴漢に襲われたお嬢さまを守り、奥様が亡くなられるため起こる。
星祭りは忌むべき行事となり、最愛の母の命日となる筋書きだった。
恐らくアーリアさんはそのときに殺されたか、解雇されたか……想像するに、良い話ではない。
そしてお嬢さまはご婚約が決まっているので、コード家を継ぐ者として、旦那様は養子を取られる。
養子には厳しく接し、お嬢さまは甘やかすことにより、コード家の権力構造は確立する。
これにより生まれるのは、義姉弟の歪んだ愛憎だ。
本当に今更ながら、事件を防ぐことが出来てよかった。
破滅への一歩を大きく踏み出すところだった。
奥様が存命されている。ただそれだけで世界が違う。
本当に危なかった……!!
あれからお嬢さまも落ち着き、旦那様と奥様と一緒にいらっしゃるお時間が増えた。
アーリアさんも解雇されることなく、お嬢さまの侍女をされている。本当によかった。
領地に着いてすぐ届いた、リヒト殿下とクラウス様からのお手紙は、調子を気遣うものだった。
特にクラウス様には失態を見られているため、個人的に気まずかった。
お嬢さまが柔らかな笑顔でお返事を書かれていたので、よしとするが。
あのときの僕の視界は、僕の属性である闇に特化したものなのだろう。
あれから幾度かヒルトンさん監修の元、魔術を試してみた。
発動条件は夜や暗い場所であること、またゴリゴリ精神力を削られることがわかった。
個人の感想だが、使用前と使用後では、使用後の方が格段に視界が不良になる。
どうやら僕は、元々夜目が利く方らしい。
これは鍛えるべき性能だ。
襲撃者についてだが、調書には「雇われたもの」「根幹は不明」としか書かれていなかった。
「蜥蜴の尻尾切り」との、ヒルトンさんの言葉が脳裏に響く。
この件を受け、今回事件に関わった僕、アーリアさんには今後とも武術を磨くよう指示が下った。
現時点で護衛の新規雇用は、内部崩壊の危険性があるため、在職中の人員で補うとのことだ。
ヒルトンさん直々に、強化メニューを作ってくれた。
通常業務に加えて、勉学武術他学ぶものが組み込まれているため、目の回るような忙しさが保証されいる。
思いっ切り口許が引きつったが、全てはお嬢さまのため!
見事やり切ってみせましょう!
そんな目まぐるしい日々を過ごして数ヶ月。
お嬢さまの九つの誕生日も近付いたある日、旦那様が僕たちを書斎に呼んだ。
何事かと瞬くお嬢さまと、事情のわからない僕。
恐らく何も知らないだろうに表情ひとつ変えないアーリアさんと、事情を知っているであろう、落ち着いたヒルトンさんと奥様。
集まった面々を見回し、旦那様が静かに口を開いた。
「近々、養子を迎えようと思っている」
「養子、ですか」
きょとん、大きく瞬いたお嬢さまが、僕たちの心の声を代弁する。
不安そうにウサギのぬいぐるみを抱える彼女に、奥様が優しく微笑みかけた。
「ミュゼットちゃんに弟ができるの」
「弟、ですか」
「ええ。ひとつ下の弟よ」
「……はあ」
状況が読み取れないのだろう。
混乱したようにお嬢さまが頷かれる。
……奥様が存命である今、コード家は子を成そうと思えば成せる環境にある。
なのに何故、わざわざ養子を迎え入れる必要があるのだろう?
旦那様もご健康であられる身。
取り急ぎ後継者を育たなければならない立場でもない。
疑問は深まるも、僕に発言権はない。
お嬢さまの肩を抱き寄せた奥様が、その御髪を梳いた。
「勿論、ミュゼットちゃんは大切な私たちの娘よ。決して蔑ろにしないわ」
「はい……」
「ただ、その子を弟として迎え入れて、仲良くして欲しいの」
お願いできるかしら? 優しく細められる目許を見詰め、お嬢さまがもじもじと首を縦に振られる。
旦那様が安堵したように小さく息をついた。
察するに、何かしらの事情がその子に絡んでいるのだろう。
「私の遠縁の子でね。少々気難しい性格なんだが、ミュゼットならきっと仲良くなれる」
「……はい」
膝をつき、お嬢さまと目線を合わせた旦那様の言葉に、眉尻を下げたお嬢さまがお返事される。
柔らかな御髪を数度撫で、旦那様がこちらへ顔を向けた。
「そこでベルナルド。君をその子の従者としてつけたい」
「…………はい?」
突然振られた話題に、ふんふんまとめていた考え事が霧散する。
間抜けな声を上げる僕を見詰め、旦那様が続けた。
「あの子には年の近い子が必要だ。それに、ベルナルドも我が家に勤めて二年経つ。先日の一件含め、私は君を高く評価している。……どうかあの子の良き理解者になっておくれ」
「か、畏まりまし……あっ」
ご当主様からの直接の労いに、体温が急上昇する。
しかし、はたと思い当たった事情に固まった。
あれ? それって僕の存在意義に関わってきませんか?
何だろう、苦しい。
一気に涙目にまで急降下してしまった様子は、正に情緒不安定に映るだろう。
僕の状態に旦那様は「あちゃー」といった顔をしていた。
「……それは、……お嬢さまのお傍に、……お仕えできない、と、いうこと、でしょうか……?」
「んんッ! んー、それはだね、ミュゼットの侍女は元々アーリアで、君はミュゼットのお世話係と遊び相手として関わってもらっていた。そこは変えなくていい。そのままでいい。大丈夫だ!」
何が大丈夫なのだろう?
焦ったように旦那様が言葉を重ねていく。
つまりそれは、貴様に暇を与えてやろうということですか?
僕はお嬢さまのお役に立てない屑野郎ということですか?
焼却炉に帰れということですか?
「その、だね……主体として従事する相手を、ミュゼットの義弟にしてもらいたい。君の主人は、ミュゼットの義弟、それからミュゼットだ」
「お嬢さまの、……お世話、は……?」
「できるとも!!」
「だ、大丈夫よ、ベル! そんなこの世の終わりみたいな顔しないでっ。わたくしはここにいるわ!」
お嬢さまに肩を揺すられながら、噛み砕かれた言葉の意味を咀嚼する。
つまりは僕の主人はお嬢さまの義弟に変わるが、今後ともお嬢さまのお世話は続けて良いと。
お嬢さまへの忠誠心が、ガタガタ震えて訴えているが、これが奥様とアーリアさんを助けた代償だろうか?
いやでも、改変させたことに後悔はない。
アーリアさんもお元気なのが一番だ。
大丈夫だ、お嬢さまのお世話はこれまで通りできる。お許しをいただいている。
僕は僕で義弟殿のお世話を焼こう。うん、うん!
「お嬢さま。今後とも、お茶の準備は僕にさせてください」
「ええ、わかったわ! だからベルッ、目に光を宿して……!」
必死なお嬢さまへぐるんと首を向け、嘆願する。
そのまま旦那様へ顔を向け、にこり、笑みを浮かべた。
「畏まりました。お許しいただき、ありがとうございます」
「……ヒルトンの言う通りだったよ」
ぐったりとした様子でため息をついた旦那様が、小さく呟く。
ヒルトンさんはにこにこ変わらぬ笑みを浮かべているが、アーリアさんは心底引いた顔をしていた。
いやだって、お嬢さまから引き離されるなんて、死ねと同義語じゃないですか!
危うく手首に巻いてる暗器で、自分の頚動脈をさっくりいくところでしたよ!?
奥様はのほほんと「ミュゼットちゃん、モテモテね」微笑んでいた。
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