番外編:嘘吐きたちの箱

 ぼくの周りには大人ばかりいる。

 窮屈で退屈で、優しくて甘い言葉ばかりを吐く、口だけで笑ってる大人たちだ。


 友達にクラウスがいたのは幸いだった。

 けれども彼とぼくは立場が違うから、ぼくの見えないところで、彼はいつも叱られていた。



 ミュゼットと出会ったのは、僕の誕生会のときだった。

 みんなまだまだ小さいのに、ゴテゴテに飾り付けられて、甘ったるいにおいをさせて、派手なデコレーションケーキが蠢いているように見えた。


 なのに狩人みたいに目が鋭くて、こんなに小さいのにみんな大人みたいに口だけで笑っていた。

 こわい。年々知識が増えていくから、率直にそんな感想を抱いてしまう。


 そんな中、クラウスがひとりの女の子と話していた。

 珍しい程度にしか思わなかったけど、親しげな様子に興味が湧いた。


 こんにちは。顔を覗かせると、女の子は小さな声でお辞儀したが、すぐにクラウスの後ろに隠れてしまった。

 そんな姿が妹と重なった。


「今日はアルキメデスがいないから、調子出ねーんだと」

「誰それ」

「ウサギのぬいぐるみ」

「…………」


 大層な名前だなあ……。

 女の子を覗き見る。俯いていて緑の旋毛しか見えなかった。


 それから少しして、女の子は侍女を呼んで帰ってしまった。

 あーあ。クラウスが苦笑している。

「ちょっと内気でなー」彼が慰めるようにぼくの頭をぽんぽん叩いた。


 女の子に見捨てられたのは初めてのことだったから、中々に衝撃的な体験だった。



 それからクラウスにお願いして、件の女の子、ミュゼットの別邸を訪問した。


 彼女の侍女は少し年上の物静かな女の子だったけれど、今回の傍仕えは、ぼくと年の近そうな男の子だった。

 何というか、細っこくて、……チビだ。


 簡単な挨拶を済ませて、改めてまじまじとミュゼットを観察する。

 若草色の髪に、真っ赤な目。

 膝に乗せられている白いウサギのぬいぐるみに、こいつがアルキメデスか。しみじみ感想を得た。


 もじもじしている彼女の隣で、お行儀良く控えていた傍仕えが、ぽそぽそ何かを囁く。

 ぱっと顔を上げたミュゼットが、困ったように微笑んだ。


「あのね、ベル。王子様みたい……じゃなくて、王子様なの」

「そうだったんですか!」


 弾んだ声は対岸のこちらまで聞こえていて、思わず苦笑してしまう。

「僕、王子様は絵本の中にしかいないと思ってました」続いた言葉がこれなのだから、ついついおかしくて笑ってしまった。


 クラウスがあちゃーと天井を見上げる。


「えっとな、殿下。ベルナルドは最近引き取られた子で……」

「ここだけの話、……ぼく、本当は絵本から出てきたんだ」

「そうなんですか!?」


 殊更潜めた声でそう告げれば、男の子の青い瞳がぱっと輝いた。

 慌てたようにミュゼットが彼の袖を引くも、「アルキメデスさんも動きますもんね!」純真無垢な笑顔が彼女を窮地へ追いやる。


 堪らず笑ってしまった。

 俯いて必死に手で口許を隠して、けれども肩は震えて。

 一頻り笑ってから、ふー、呼吸を整えた。


「ねえきみ、名前なんていうの?」

「ベルナルドです」


 にこにこ、嬉しそうに、幸せそうに、「お嬢さまがお名前をつけてくださいました」無邪気に微笑むものだから、長らく強張っていた身体から力が抜けた。


 うんうん相槌を打つと、ベルナルドは如何にお嬢さまが素敵で素晴らしい人なのかを教えてくれた。熱弁だった。


 隣のミュゼットの顔は真っ赤になっていて、ウサギのぬいぐるみから顔を上げられそうもない。

 クラウスが笑った。


「ベール。そのくらいにしないと、またミュゼット嬢が口利いてくれなくなるぞ?」

「そ、それは困ります……!」

「……もうっ、ベル」

「申し訳ございません、お嬢さま!」


 あたふた慌てたベルナルドが、叱られた犬みたいに小さくなる。

 丸まった尻尾が垂れる幻覚が見えた気がした。髪が黒いから、黒色の仔犬かな?

 おかしくてまた笑ってしまった。



 それから何度かクラウスと一緒にコード邸へ遊びに行った。

 四人で談笑する日々は楽しかった。


 ミュゼットも徐々に喋られるようになり、彼女の見せた微笑みがベルナルドそっくりで、羨ましく思った。


 彼等が領地へ帰る日は寂しくて堪らなかったけれど、彼等が王都へ来たときは何度も遊びに行った。

 領地宛てに、手紙も出した。


 ミュゼットの字は、細くて小さくて彼女らしい。

 ベルナルドの字は初めはよれよれだったけど、回数を重ねる毎に上達していった。


 それが何だか微笑ましくて誇らしくて、クラウスに自慢したら、クラウスも手紙をもらっていた。ちぇー。

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