舞台の袖が手招く

「ベルナルド!!!!!!」


 吹き飛ぶんじゃないかと疑う勢いで、教室のドアが開けられる。

 大音量で名指しされ、思いっ切り僕の肩が跳ねた。

 心臓がばくばくしている。


 さてはと振り返れば、クラス中の視線を集めた来訪者は、やっぱりというかギルベルト様だった。

 つかつかと僕の元までやってきた彼に、がしりと肩を掴まれる。ひえっ。


「エリーの仇を取るぞッ!!!!!!!!」

「ギル、お前、130デシベルくらいあんだろ、その声量……」

「うるさいぞクラウス!!! 誰が騒音だ!!!!!!」

「お前だ、お前」

「ぎ、ギルベルト様、もう少し、声量を……っ」


 ちなみに、全力フォルテッシモのトランペットで、120デシベルだ。

 ドラムで130デシベルだから、つまりギルベルト様は、ドラムだった……?


 驚きの声量を抑えてもらおうと進言するも、がくがく揺さぶられ、視界が揺れる。

 うぐぐ、と耐える僕に、お嬢さまがおろおろされた。

 耳をふさいだクラウス様が、半眼でギルベルト様をたしなめる。


 咄嗟に言葉を飲み込んだギルベルト様が、耐えるように息をつかれた。

 がしがし、乱雑に頭をかかれる。


 ……この方、見た目は繊細系美人なのに、びっくりするほど言動が粗野でいらっしゃる。


「……悪い。気が立っていた」

「いえ、心中お察しいたします」

「くそッ、今頃、エリーは……ッ」


 俯いたギルベルト様が、ふるふると肩を震わせる。


 ギルベルト様は、エリーゼ様のことがお好きだ。

 はじめて彼とお会いしたときも、エリーゼ様のことで揉めていた。

 エリーゼ様の御身に関わる今回の件に対して、ギルベルト様がお怒りになられるのも当然だろう。


 あれ……?

 待って。エリーゼ様が、服毒?


 今更ながら思い当たった事情に、ざあっと血の気が引いた。


 ――このゲームには、対立戦後にエリーゼ様が服毒されるイベントがある。

 それが最終イベントで、この事件をきっかけに、お嬢さまはどのルートでも、ほとんど死亡されてしまう。


「血気盛んだねぇ。リーダーの兄ちゃん」

「……ああ、エンドウか。すまん、騒がせた」

「おひいさんが、どうかしたのかい?」


 ひょいとやってきたエンドウさんが、軽やかに片手をあげる。

 ギルベルト様が僕やクラウス様へ視線を向け、罰が悪そうに額を押さえた。


「……そう、だな。ユージーン、談話室を取ってくれ」

「畏まりました」


 青褪めてあわあわしていたおつきのユージーンさんが、素早く一礼して立ち去る。

 ……今更だけど、学園内で王女殿下が暗殺されかけたなど、他生徒に知られてしまえば大事だ。


 重たく息をついたギルベルト様が、頭を振った。


「……エリーが、風邪をこじらせてしまってな。見舞いの品を一緒に考えてほしい」

「ああ、なるほどな。おっさんで良ければ、協力するぜ」


 ギルベルト様の誤魔化しに、エンドウさんがさっぱりと笑う。

 お嬢さまやクラウス様も、「季節の変わり目ですもの」「冷えたんだろうなあ」素知らぬ顔で相槌を打った。


「部屋が取れ次第、ユージーンに伝えさせる」


 行きの勢いがうそのように、弱々しく片手をあげたギルベルト様が、教室を出て行く。

 ひらひらと見送ったエンドウさんが、僅かに首を傾げた。


「大丈夫かい? リーダーの兄ちゃん」

「ちーっと参っちまってな」

「ほーん?」


 爽やかにうそぶくクラウス様を見上げ、エンドウさんは不思議そうにしていた。




 *


 対立戦で死亡者が出なかったため、うっかりしていたけれど、この世界はゲームの筋道を辿っている。


 病気がちなエリーゼ様は、対立戦後に体調を崩され、次第に衰弱していく。


 この体調不良、なんとエリーゼ様が自ら服毒されたための症状だった。

 ご自身から兄王子のリヒト様と、依存先であるギルベルト様が離れていかないよう、進んで体調不良に陥るんだ。


 ――ミュンヒハウゼン症候群、というのだろうか。

 自ら率先して病気を重篤にさせ、最終的にはこれが原因で、エリーゼ様は死に至ってしまう。


 エリーゼ様が亡くなられてしまう前に、毒薬の送り主をつきとめる。

 このような内容だった。


 この物語は共通して、毒薬の送り主をミュゼットお嬢さまに設定してある。


 ヒロインは対立戦で、攻略対象と親密な仲になる。

 収穫祭に起こるこのイベントの頃には、個別ルートに入っていたはずだ。

 それを面白く思わないのが、ミュゼットお嬢さまだ。

 ヒロインの幸せを妬み、自暴自棄に走られる。


 攻略対象ごとに視点や開示される情報が異なるため、周回することで、プレイヤーは全てのピースを回収することができる。


 この全体像だが、……残念ながら記憶にない。

 多分僕のことだから、全ルート攻略とか、していないと思う。


 だ、だって、攻略対象だけで、6人いるんだよ?

 ここからさらにエンディング分岐なんて、何周しないといけないんだろう……。

 何回お嬢さまの痛ましいお姿を見なければならないんだろう。……気が触れそう。


 そもそも、記憶力がふんわりとしか仕事していないんだよなあ……。

 もっと頑張って、僕の記憶力。



 この物語のバッドエンドは、エリーゼ様の死亡だ。

 その場合、主犯であるミュゼットお嬢さまは、後日変死体として発見される。


 かといって、エリーゼ様が存命中に真実を突き止めても、犯人はミュゼットお嬢さまであるため、お嬢さまは処刑されてしまう。


 ……いや、でも、そんな。今回のエリーゼ様の件に、お嬢さまは無関係のはずだ。

 お嬢さまに、エリーゼ様を毒殺する理由がない。


 ヒロインであるエンドウさんも、特別誰かと親密な関係には……。

 そういえばこの方、アルバート坊っちゃんとご婚約されてるんだった!!


 よりにもよって、お嬢さまと旦那様へ復讐を企てる坊っちゃんと、親密な仲になってるんだった!!



 ゲーム内のアルバート坊っちゃんは、崩壊しつつあるコード家の養子となり、お嬢さまより歪な愛情を受ける。


 これにより、長年蓄積された愛憎が一気に放出され、アルバート坊ちゃんはお嬢さまと旦那様への復讐を計画される。

 見事成就されたそれは、お二方を処刑させ、彼はしがらみから解放される……というものだった。


 アルバート坊っちゃんの、お嬢さまを追い詰めたときに放った「愛してくれますか?」の台詞と、処刑後に呟いた半笑いの「愛しています」と、ヒロインへ向けて尋ねた「あいしてくれる?」が、重過ぎて笑えない。


 だ、大丈夫だ。大丈夫……。

 うちの坊っちゃん、そんなヤンデレ重症者じゃないもん。

 坊っちゃんのお口から、「愛してくれる?」なんて聞いたことないもん。


 きっとヒロインのエンドウさんとも、清らかな関係を築いているはずだ。

 だってエンドウさん、こんなにも洗濯物がよく乾きそうな、カラッとスマイルしてるんだもん……!


「あ、……あの、エンドウ、さん」

「おう? どうしたんだ、従者の兄ちゃん」


 談話室へ向かう道中で、エンドウさんにこそりと話しかける。

 さっぱりとした明るい笑みを返してくれた彼女に、『大丈夫』の言葉を胸中で繰り返した。


 だ、大丈夫。大丈夫!

 現在の坊っちゃんに、ゲーム内の坊っちゃんのような復讐心なんて、ないはずだ……!

 惑いながら、エンドウさんへ確認を取った。

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